異世界をモニター越しに見ているあなたへ

ちびまるフォイ

感情移入できないなら見る価値もない

「なんで俺が異世界に!?」


夏休みを通じて異世界にやってきた主人公は

さっそくファストパスを購入して異世界を謳歌しようと意気込んでいた。


「ふふふ。事前にチートも持たされているし、

 ご多分にもれずに俺の顔もそこそこイケメン。

 異性にわーきゃーいいながら涼しい顔で暴れてやるぜ!」


浅ましい野望をクソデカい独り言で漏らす主人公の前に

棍棒を持った歩くエロ同人のシンボルことゴブリンが現れた。


「ふっ。この程度の魔物。俺の魔法の練習台にしてやるぜ」


主人公が詠唱を始めると万物流転の流れをも断ち切らんばかりの

凶悪な魔法がその手のひらに集約されていく。


「爆ぜろ!!」


魔法を放ったとたん、魔法は手のひらから消えてしまった。


「え!? うそ!? 不発!? なんで!?」

「ゴアアアア!!」


主人公はあえなくその貞操を散らし心に深い傷を負った。

怒りの矛先はゴブリンではなく転生窓口の女神へと向けられた。


「おいどうなってる! チートだと聞いていたのに魔法使えないじゃないか!!

 "あれ? やりすぎちゃいました?"とかドヤりたかったのに!」


「いやあんたこの異世界にはギャラリーがいますから。

 あなたの魔力もギャラリーが供給しているんですよ」


「ギャラリー?」

「観客席のみなさーーん」


女神が中継をつなげると横に長いプラスチックのベンチにたくさんの人が集まっていた。


「いまや異世界も当事者以外が見て楽しむ時代です」

「そんなゲーム実況を見るみたいな感覚で……」


「あなたの活動もギャラリーの出資が支えていますから。

 ギャラリーに見限られればあなたの異世界ライフは終わりですよ」


「全然楽しめねぇ!!」


とはいえ、せっかく異世界に来たからには手ぶらでは帰れない。


「とにかくギャラリーを盛り上げればいいんだな?」

「まあそうですね」


再びゴブリンのもとへ向かうと、アツいリベンジマッチにギャラリーは湧く。

観客席のボルテージに合わせて力が満ちていくのがわかる。


「うおおお! すごい! 力が溢れてくる!

 これならいける!! 必殺!! ファイアバーースト!!」


あれだけ苦労したゴブリンを一瞬にして消し炭にした。


「はははは。やった! これでギャラリーも……あ、あれ? あれれ?」


主人公は急速に体の力が抜けていくのに気付いた。

観客席が盛り下がるとそれに対応してこっちも弱まってしまう。


「な、なんでだよ……今の戦いの何がいけなかったんだ……。

 戦いが始まるまではみんなあんなに盛り上がってたじゃないか……」


観客席を確認すると、すでに異世界に飽きているのか

ポップコーンをつまみながらスマホをいじり始めている末期。


「瞬殺だったねーー」

「クソつまんね」

「見ごたえなかったな」


「ぐっ……。そ、そうだったのか……!」


チートで瞬殺すれば自分は気分いいが観客は盛り下がる。

「どうせ勝つ」の前提は勝負の熱を奪ってしまうのだと知った。


「くそ……このまま見限られたら異世界ライフができなくなる。

 観客に逃げられないようにしなくては……!」


主人公はそこそこ力をセーブしながら戦うようになり、

普通の戦いでもいちいち因縁ふっかけてドラマチックになるように演出した。


「出たな! 父のいことの友達を殺した敵め!!」


戦っているのは敵なのか観客なのか。

主人公の興行努力のかいあって観客は一定数がキープされるようになった。


「ふぅ、だいぶ落ち着いてきたな。

 今までは観客ファーストで異世界してたから楽しめなかったけど

 これからは自分の好きなように動いてもいいかもな」


定着した観客には多少自分の好き勝手行動しても離れることはないだろう。

主人公はかねてから夢見ていた異世界ライフを謳歌し始めた。


とくに用もないのに冒険者ギルドにやってきたり、

自分のステータスを読み上げてその能力値の高さを暗に自慢したり、

汗をかかない程度の修行などを行った。


けれど、そんな退屈パートでも観客が減らないことに安心した主人公はますます自由度の強度を上げていった。


「おい姉ちゃん、俺達と一緒に遊ぼうぜ」

「や、やめてください……!」


確率調整により街にエンカウントした不良がか弱い女の子へと言い寄っていた。

主人公はそこそこ苦戦しながらヒロインを助けた。


「ありがとうございます……! これからは御主人様と呼んでいいですか?」


「ふっ……勝手にするんだな」


ついに夢にまで見た異世界ヒロインを獲得した。

これから待ち受けるハプニングと称したエッチな展開に鼻の下が伸びる。


はずだった。


「ご、ご主人様!? どうしたんですか!?」


「な、なぜだ……急に体から力が抜ける……」


体から力が失われる原因はひとつしかなかった。

観客席を見るとヒロインを手に入れた辺りでベンチを立ち始めていた。


「帰ろ帰ろ……」

「リア充は死ね」

「目を汚された」


客の吐き捨てる言葉に主人公は絶句した。


アニメやゲームで憧れている設定を目の前で実在の人間が行うと

それはリアリティの伴った現実を見せつけるショウになる。


客からすれば「俺の彼女超かわいいだろ」と見せつけているようなもの。満足するのは本人くらいなものだった。


「おい待ってくれ! まだこの先があるんだ!

 ハーレムでえちえちな展開が待っているんだぞ! みんな好きだろ!?

 だから……だから見限らないでくれ! 俺に異世界を続けさせてくれ!!」


しかし一度できてしまった流れは簡単には止められない。

観客たちは呆れてひとり、またひとりと席を立ってしまう。


主人公から才能が奪われ顔はみるみるブスになり体は衰える。


「お願いだ。まだ見ていってくれ。俺に異世界を……異世界を……」


主人公は観客席に向けて手を伸ばし最後の魔法を放った。


 ・

 ・

 ・


「あの御主人様、頭をなでてもらっていいですか?」

「いいよ。なでなで」

「はわわっ、嬉しいですぅ」

「ずるい! 私もお兄ちゃんになでてもらってないのに!」

「ふんっ、うらやましくなんかないんだからっ」


量産されたヒロインたちは憧れのハーレムを作っていた。


「いやあ、こんな思いができるのなら観客席に来てよかった!!」


主人公の魔法で異世界から逆転送されたヒロインは

観客席を夜の蝶のように回りながら接客を続けていた。


飲み物を飲みながら異世界主人公にパワーを送る。


「ようしいけいけ。頑張れーーわはは」


モニターの向こうでは異世界主人公が血の涙を流しながら敵と戦っていた。



「異世界なんて……全然楽しくないーーー!!」

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