第3話 俺たちのラブコメはこれからだ!
放課後。
ゲームの世界だからなのか、昼休みの出来事で何か先生に言われることもなく、また涼岡くんは何事もなかったかのように保健室から戻ってきて授業を受けていた。不自然さが半端じゃない。
それはともかく。
わたしは昼休みの出来事を涼岡くんに謝りに行く。ついでに攻略してやろう。すでに勝ち筋は見えているぞクソメガネ!
「すずおかくーん!」
「ああ、水無月」
「昼休みはごめんね! だいじょうぶだった?」
「ああ、気にするな。なんかすぐ治ったしな。それに怖がらせた俺も悪かった。すまなかった」
なんかすぐ治った、って・・・・・・その発言はNPCとしてどうなんだ。メタ過ぎると思うんだけど。
「よかった~。それで涼岡くんは昼休みわたしに何をするつもりだったの?」
わたしはきらきら輝く笑みとともに首を傾げる。
わたしの予測するこれからの流れはこう。
涼岡『なにって・・・・・・』
わたし『なぁに?』
涼岡『・・・・・・キスだよ(頬を染めて明後日の方向を見ながら)』
わたし『へっ!?(一瞬で赤くなる)』
涼岡『・・・・・・(ぽりぽり)』
わたし『涼岡くんがしたいなら・・・・・・いいよ?(もじもじ)』
涼岡『えっ!? で、でも――』
わたし『・・・・・・(キス顔)』
涼岡『っ・・・・・・(ごくり)』
そして涼岡くんの唇がすぐそこまで来たところで、人差し指で押さえます。
わたし『なーんてね! わたしのファーストキスはそんなに安くないよっ(たたっと少しだけ走ってから満面の笑みで振り向く)』
・・・・・・わたしはわたしがおそろしい。きっとわたしのような女の子を魔性の女とかつての人々は呼んだのだろう。
涼岡くんはわたしがそんなことを考えているとは少しも思っていない様子で口を開く。
「なにって・・・・・・」
「なぁに?」
「糸くずを取ろうとしただけだが」
「へっ!?(一瞬で赤くなる)・・・・・・へ? なに? いとくず?」
「あぁ。今はもう付いてないから安心していいぞ」
「そ、そっか・・・・・・」
あはは、と勘違いをしていた気恥ずかしさもあって空笑い。なら壁ドンはしなくてもよかっただろうがクソメガネェ・・・・・・。
「それで、勉強を教えて欲しいんだったか?」
そんなわたしに涼岡くんは構わず続ける。
「そうそう! いいかな?」
てっきり涼岡くんは私に勉強を教えるなんて面倒だと思っていると思っていたのだが案外違うらしい。
「ああまぁ、昼休みは水無月に悪いことしたからな」
涼岡くんは本当に申し訳なさそうに言った。・・・・・・なんだそういうことか。わたしのかわいさに惚れたわけじゃないのか。
「ありがと!」
と、思いながらもおくびにもださず、わたしはにこっと笑っていそいそとかばんから教材を取り出し机の上に広げていく。二人っきりの勉強会スタートである。
*
「おまたせ!」
わたしは言いながら熱々の手作りグラタンを運ぶ。
「あぁありがとう。だが食べ終わったら勉強だからな」
「あはは・・・・・・」
わたしの頬をたらりと汗が伝う。
驚いたことに、勉強会イベントでのわたしの学力はリアルなわたしの学力に依存するようなのだ。リアルのわたしは高校一年生で、ゲーム内のわたしは高校二年生だから勉強が分かるはずがない。授業、テストはわたしのゲーム内知力にしたがったAIがやってくれるしこのような勉強会イベントははじめてだから知知らなかった・・・・・・。
そういうわけでわたしの学力があまりに低いために下校時間になっても指導は終わらず涼岡くんの家で続きをやっているというわけである。わたしは勉強が分からなさすぎて、下校時間になると涼岡くんを惚れさせるという目的も忘れ帰りたくなっていたのだが涼岡くんが案外スパルタで『今日はお前を帰さない(キリッ)』と言われてしまった。当然指導がすぐに終わるはずもなく小腹も空いてきたため、わたしが手料理を振るうことにしたというわけである。惚れさせるには胃袋を掴むことが肝要と言うからこれはチャンス。リアルのわたしは料理が超得意なので、学力がリアルのわたしに依存していたことから料理力もリアルのわたしに依存しているはずなので余裕である。
「いただきます」
涼岡くんは合掌すると湯気の立ち上るグラタンをすくい口元に運ぶ。
エプロンを着けたわたしはにやにやと涼岡くんのリアクションを正面に座って心待ちにする。
はむ。
「・・・・・・」
「どうかな?」
しばらくもぐもぐと無言で味わっていた涼岡くんの感想がまちきれず聞いてしまった。
「ぁ・・・・・・」
何か言おうとした涼岡くんの顔から血の気が引いていく。
「・・・・・・?」
「・・・・・・うっぷ」
ほっぺたをいっぱいにふくらませた涼岡くんは口元を抑えて立ち上がったかと思うと台所へダッシュ。
「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
「涼岡くん!?」
びちゃびちゃびちゃと涼岡くんがゲロを吐いた!
「ど、どうしたの!? もしかしてアレルギーとか!? 救急車呼ぶ!?」
「おろろろろろろろろろ」
返事のかわりにゲロを吐いた!
「み、水を・・・・・・・!」
そういって焦ったわたしはコップに注いだ水を涼岡くんの元へ運ぶ。
そのとき。
ピコン。
電子音が鳴りました。
視界の端で再び【スキル】の文字が明滅している。新しいスキルを獲得したようだ。けれどゆっくり立ち止まって確認している場合ではない。さらっとだけ確認します。
【スキル】
・運命の出会いLv2・・・・・・あらゆる場所における攻略対象との遭遇確率に上方補正。
・
・new
・
「えー・・・・・・」
またスキルのせいか・・・・・・わたしの前途がおもいやられる。こんなことでクラスの男の子全員の攻略なんてできるのだろうか。・・・・・・いや、やってやる。ゲーマーとしてどんな難易度でも攻略して見せるっ!
そんなふうにわたしは決意を新たにしながら涼岡くんの元に向かうのだった。
・・・・・・あ、ちなみに涼岡くんのゲロの臭いは桃の香りだった。
Side:M in F
「はぁ・・・・・・つかれた」
言いながら俺は自室のベッドへ仰向けの身体を投げ出した。
ばふん。
綺麗に整頓された部屋に少しだけほこりが舞う。
俺は本物のようにふらふらと電気を反射するそれをぼんやりと眺める。
「ゲームのヒロインならイケメンに壁ドン、顎クイを決められれば一発だと思ったんだがな。そんなに甘くはないということか」
思わずため息が漏れる。
その後スキル『
放課後も勉強を教えてやったらクソほどまずい飯を喰らわせられる。
・・・・・・まあどちらも『
流石にゲーム的演出が過ぎるだろうとは思う。
まあでもしかし。
「あの水無月とかいうヒロイン、絶対俺に気があるよな・・・・・・とりあえずはクラスの女子全員攻略の肩慣らしに水無月を攻略するのが良さそうだ」
そう呟いた俺、涼岡翔吾は『らぶまっくす』からログアウトした。
Side:M and F
いまどき珍しい紙の匂いが漂う静謐な空間。
聞こえてくるのはページを繰る音と、極限まで抑えられた空調の稼働音。窓もカーテンも閉め切られているために、真夏の日光が本を焼くことも、ぬるい微風にカーテンがゆらめくこともない。
そんな空間――図書室の机に二人の生徒が座っていた。互いに長方形の机の対角線に位置しているのを見ると知り合いではないのだろう。
そんな二人はしかし、全く偶然に二人揃って本を読むポーズを取り、同じゲームの攻略に思考を割いていた。
すなわち。
『涼岡翔吾・・・・・・! 今日中にキュートな俺に惚れさせてやる・・・・・・!』
『水無月桜・・・・・・どうやって私の虜にしようかしら・・・・・・?』
一方は一年男子、他方は二年女子。
二人のカッターシャツには同じ校章が刻まれていた。
無双@女の子 ~美少女な俺がクラス全員を虜にします~ にょーん @hibachiirori
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