第2話 イケメン怖いよぉ

 なんか涼岡くんに壁ドンされた。


「・・・・・・」

「な、なにかな!? 涼岡くんっ!?」

 結構怖いので逃げようとするのだが、右手ががっちり壁に固定されていて振りほどけない。その上顔が近い。きっと二人のあいだにはリンゴ三個分もない。わたしの顔がすっぽりと彼の影に収まるほどである。

「・・・・・・」

「・・・・・・!」

 涼岡くんは無言でわたしの目をのぞき込んでいる。美少女なわたしに何を要求するつもりなのだろうか・・・・・・食べてしまうつもりなのかもしれない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 しばらく動かない状況にわたしはだんだんと落ち着きを取り戻してきた。せっかくなので涼岡くんを観察しする。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、というやつ。

 まず始めに顔から。

 近くで見ると今までとくに意識はしてこなかったのだが、長いまつげにきめの細かい白い肌。眼鏡の奥では知性の光を湛えた切れ長の瞳が濡れている。そこには逸らしたくても逸らせない、不思議な力が備わっているようで思わず見入ってしまう・・・・・・イケメンだ。霧島くんをしのぐほどの。

 ぽっ。

 ・・・・・・って、そうじゃない! 涼岡くんがこんなガッツリ系だなんて知らなかった! 頬を染めている場合じゃない! とにかく何か行動しないと! 

 ガッツリ系はえてしてプライドが高いもの。というわけで唇を奪ってやろう。

「・・・・・・なぁ」

「ひゃ、ひゃい!?」

 顎クイ! 顎クイだ!

 浮かんでいた打開策が彼の唇の動きと、耳朶をくすぐる声音に吹き飛んでしまいました。えぇと、たしかこいつをぶっ殺せばいいんだったか!? ・・・・・・無理だが!

「・・・・・・」

 現状の把握に努め、最適解を導き出そうと空回りする思考はまとまらずなぜか涼岡くんの顔がどんどんわたしの顔に近づいてくる。

「ちょ、な、な、な――――――!?」

 声にならない声を出したわたしは、それでも止まらない涼岡くんの唇に覚悟を決めてぎゅっと両目をつむるっ――!

 ずるっ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・ぇ?」

 いつまで経ってもそのときがやってこないのでおそるおそる目を開けると目の前に涼岡くんはいなかった。

「・・・・・・?」

 代わりに見えたのは廊下を歩いている生徒達の向けられてもすぐに逸らされる奇異の視線。どうやらみなさんはわたしの足下を見ているよう。

 そこでわたしもその先にあるものを確認するために視線を落とす。

 すうううぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・はあああぁぁぁぁぁぁぁあああ。

「はうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう!?」

 その瞬間、スカートの中に潜む何者かの呼吸により、背筋に何かがゾクゾクと走るのと同時にわたしの口から無理矢理押し出されたかのような息が漏れる。人によっては官能的。

 そんな風にぎゅっと身体を縮こめながら背中を反らしているわたしのスカートの中から犯人がもそもそと出てきた。

「・・・・・・(メガネクイッ)」

 先ほどかっこよく壁ドンを決めたクソメガネである。私の下着に鼻を押しつけたくせに頬は少しも赤くなってない。

「涼岡くんのばかあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっっ!」

 私はこみ上げる羞恥に顔を真っ赤にしながら怒りの咆哮とともにラッキースケベをやらかした涼岡くんの頬にこんなふうに><目をつむったまま全力でビンタをかます!

 ばちぃぃぃぃぃん!

 ヒュンッ!

 ドゴォォォォォオオオオン・・・・・・。

 パラパラパラ・・・・・・。

「・・・・・・あれ?」

 そろそろと目を開けたわたしの正面に涼岡くんはいなかった。ショックのあまり逃げ出してしまったのだろうか・・・・・・しかしそうだとしても悪いのは涼岡くんだ。勝手にキスをしようとするなんてビンタをされて当然、というかお縄についてしかるべき行いであるクソ野郎め。・・・・・・だがそれほどショックを与えてしまったのなら多少は悪いかなと思わなくもない。やっぱりもう少しやさしく応えてあげた方がよかったかもしれない。『警察通報するね。人生終わり。おつかれさまです☆』みたいな。そうおもったので謝るために涼岡くんの背中をさがしてきょろきょろと首を振る。

 涼岡くんが壁にめり込んでいた。

「え・・・・・・なに・・・・・・どういうこと?」

 全く意味の分からない状況にわたしは目を白黒させる。涼岡くんのほっぺたについているかわいらしい小さな紅葉はわたしのビンタのあとだろうか・・・・・・そういえばさっき謎の轟音が聞こえた気もする。つまり、わたしのビンタで涼岡くんは吹き飛び壁にめり込んだ、とそういうことだろうか・・・・・・ありえないだろう。わたしは非力な女の子なので。   

 原因はともかく。

 ここで看病すればポイントが高いので、私が看病をしてやろう。

 そう思って涼岡くんの方へ歩を進めたとき。

 ピロン。

 電子音が鳴りました。

 視界の端で【スキル】の文字が明滅しています。新しいスキルを獲得したようです。わたしは思わず立ち止まって確認します。


【スキル】

 ・運命の出会いLv2・・・・・・あらゆる場所における攻略対象との遭遇確率に上方補正。

 ・美男子遭遇イケメンエンカウントLv2・・・・・・攻略対象の顔面偏差値を上方補正。

 ・??????????

 ・暴力系タイラントヒロインLv1・・・・・・攻略対象の行動に起因する怒り、羞恥・・・・・・などの感情が一定数値を上回った場合に自動発動。一時的に筋力を超強化する。


 なんだこのスキルは・・・・・・。

 初めの二つは初めからありったから知ってたけど『暴力系ヒロイン』って何・・・・・・異世界転生ものの主人公の能力ならおもしろいかもしれないがいまわたしがやっているのは恋愛シュミレーションゲーム。必要性皆無では??

 わたしは深い深いため息を吐き出して、なんだなんだとざわつく生徒達に天使の愛想笑いを振りまき、涼岡くんの介護に向かうのだった。

 ・・・・・・ちなみに、当たり前ですが『暴力系ヒロイン』で強化されていないわたしの筋力では涼岡くんを運べなかったので先生方に運搬してもらいました。

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