第5話 消滅する宇宙 後編

 やがて学園祭の季節がやってきた。カオル達のクラスは〝今年も〟美人喫茶と闇鍋喫茶開催に決まり、担任は肩を落としていた。もちろん美人喫茶担当は男子である。「お前ら~問題だけは起こすなよ~」担任の言葉には力がない。


***


 文化祭当日、「俺は客になりたかったぜ」そう嘆いている涼太に、メイド姿の男子生徒が「闇鍋なんかのかよ?」と言った。

 

「バーカ、あっちは暗闇で女子と親睦が深められるだろ?」すると「こっちだってカオル居るぞ?」と突っ込みが入るのだが、セーラー服姿の涼太は不貞腐れて、「奴はチートなの! 第一、俺ノンケだからな!」と言った。「美人喫茶で喜ぶのは何も知らない一般客か怖いもの見たさの腐女子くらいのもんだろっ!」と、イスに足を投げ出して、まだ嘆いている。涼太は諦めが悪いようだ。


 カオルたちのクラスは、教室を厚いカーテンで二つに仕切り、薄暗い部屋で男子生徒が女装して客の相手をする美人喫茶と、暗い部屋で女子生徒たちが接待する闇鍋喫茶の二本立てが定番だった。担任の元気がなくなるのもお察しである。毎回、客と生徒の間でトラブルが頻発ひんぱつする厄介やっかい企画きかくなのだ。





「みんな、そんな態度じゃお客さんが逃げちゃうよ、頑張って、給仕さんたち!」ダラダラとして、ぶう垂れている男子達に、ロリータメイド服姿のカオルが檄を飛ばした。日頃からカオルに慣れているクラスメイトたちは勿論もちろん、カオルがどんなに上手く化けていても、喜んだ素振りなど見せたりしない。しないけれど、ところが――「ん? この声はアニマ……さん?」涼太だけはすぐに異変を感知していた。流石、カオルとは幼稚園時代からの幼なじみである。

「あら、早速ばれたちゃった? でも、翔太君の顔ったら凄い、お客さん見たら怖がるよ! ケッサク!」カオル(偽)はクスクスと笑った。

「俺、こっちで良かったわぁ!」急に笑顔になった涼太は、お行儀よく座りなおしていた。


 やがて客が訪れはじめた。客は入り口で飲み物と軽食代金を支払い、二つの店を自由に移動できるようになる。美人喫茶の客は美人二人の間に座るシステムになっていて、両手に華……を満喫できる幸せ仕様しようだ。





 涼太とカオル(偽)のテーブルに、スケベそう~な一般参加のオヤジが座った。毎年学園祭に訪れている常連客のようだ。今年の売りであるカオル(偽)のテーブルに座った客はラッキーだった。薄暗闇の中でもオヤジの鼻の下が像のように伸びるのがわかる。

 ペラペラと喋りが止まらない涼太が場を盛り上げようと孤軍奮闘している隣では、カオル(偽)が黙々とドリンクを勧めたり、たこ焼きを「あーん」してイイ雰囲気にしてゆく。すると、カオル(偽)の衣装のヒダヒダにいやらしいお手手がサワサワと伸びて、潜り込むと――捻り上げられた。


「お客様、当店は健全サービスのお店ですのよ、ごめんあそばせ。お~っほほほほっ!」と、甲高い女王様カオル(偽)の勝ち誇ったときの声が教室の暗闇に響き渡った。

「イテテテテテッ!」と痴漢、もといお客様も慣れたもので、闇に紛れ逃亡を図る。脱兎の如くに駆け出すとウナギのように跳ねたりぬるぬると生徒の間を縫って逃げてゆく。ついに、出口に到達したうなぎオヤジが勝利を確信したそのとき、LEDライトに照らされた、涼太の必殺顔面アタックが炸裂した。





***


 闇鍋喫茶、こちらは出された物や座った相手の顔が一切わからぬように、厚いカーテンで四方を締め切り、照明は一切ない。キャストの手先を照らすLEDライトだけが暗闇でキラキラと光を放っている。 

 訪れる客には、女子目当ても居るにはいるが、〝ハズレ〟を警戒して物好きな客しか訪れないので、閑散としていた。もちろん〝当たり〟はアニマと波多野の二人の美少女なのだが、二人に当たる確率は一割程度しかない。


 隣りの、男子のブースからは『うぁぁ!』であるとか『ケケケッ!』であるとか、悲鳴のような、奇声のような不気味な声が聴こえてくる。

 アニマと入れ替わったカオルは今、波多野の隣に座っていた。廊下の一件以来、波多野はアニマと目を合わせられなくなっていた。気恥ずかしさもあったし、同性を意識して熱くなった自分の気持ちが信じられず気持ちの整理がつかなかったからだ。





 やがて客が訪れ二人の間に座ると、到底食べ物とは思えない軽食と割とまともなドリンクが出される。暫くすると、なにやら急に波多野がモゾモゾと落ち着かなくなっていた。波多野の目がカオルに助けを求めている。暗闇で目では見えないのだけれど、カオルには波多野の只ならぬ異変が感じられていた。カオルは意を決して、波多野の胸の辺りに手をやると、かんじょうごつごつとした、オッサンの手と接近遭遇した。

「お客様!当店は健全なサービスのお店death!」

 カオルは会心の一撃をオッサン急所である、たるんだみぞおちへピンポイントで繰り出され、スケベオヤジは美人喫茶に続き闇鍋喫茶もコテンパンにされて摘み出された。これ以降、毎年現れる、『学際名物変態痴漢オヤジ』は都市伝説となっていった。


 痴漢から助けてもらったお礼を言う波多野に、カオルは「この前はごめんね」そう小声で謝った。

「代りに謝っといてよ」とアニマに頼まれていたのだ。

「あたしこそごめん、変な意味じゃなくてその、突然で驚いただけだから。あたしノンケだから、男の子の方が好きだし」下を向き目が合わせられない波多野の頬がほんのりピンク色に染まってゆく。





「だよね、ねぇ好きな人居るの?」カオルはいつもと違い、緊張せずに波多野と自然に話せていると感じていた。

「カオル君にもっと自信があって、フランクだったらいいかなとは思うよ。でも、そしたらカオル君格好いいから、あたしなんて振られちゃうだろうけどね、ハハッ。でもこれカオル君には内緒だよ」と、波多野は屈託のない笑顔をカオルに見せてくれた。カオルは波多野の本心に触れられて、今まで以上に彼女が好きになっていた。

「そんな事ないよ、自信を持って。波多野さん凄くかわいいから……」

「ありがとう……」


***


 学園祭が終わり、後片付けあとの帰り道、アニマはカオルに「闇鍋どうだった? 楽しかった?」と尋ねた。

「うん。おかげさまで楽しかったよ、そっちは?」

「こっちも、涼太君が少しウザかったけどね!」と微笑んだ。 


 夕闇の夜空に浮かぶはハーフムーン、半身を失えど彷徨うことも許されぬさだめ。満ちる日を待ちわびながら、今夜も夜空に浮かぶ。





 アニマも次第にまわりの人々と打ち解けてきていた、そんなある日、異世界の通信機がカタカタと鳴った。予期せぬ通信にアニマはしばらく小声で話している。「これからですか?! 」『事態は切迫している、急げ!』「は、はい、わかりました大佐……」


 戦争である。

 ある時、アニマの世界で月の半分が消えた。それは明らかに時空を超える技術を兵器に転用して、他の平行宇宙に向け巨大な物質を送り込む攻撃の実験としか解釈できなかった。どの国が科学を悪用したのか、アニマが生まれた世界の緊張は最高潮にまで達していた。月を送り込まれた宇宙は壊滅的被害を被ったことが予想される。地球へのダメージは計り知れないだろう。次に異変が起きた時、もしかするとカオル達の住む宇宙が消滅するかもしれない。


 その日の夜、昼間の疲れによって、深い眠りに落ちていたカオルは何者かの気配を部屋に感じ目を覚ました。

「誰? 」常夜灯の薄明かりに目を凝らすと、それはアニマだった。

「来て」そういうアニマのもとへ、寝ぼけ眼を擦りながらカオルは近付いた。アニマはカオルの手をとり自らのからだにいざなうと、掛けていたていた布をその場に脱ぎ捨てた。アニマは下に何も身に着けていなかった。アニマの白く美しい肌があらわになり、カオルは一瞬目覚めからだが硬直していた。

「カオルまだ童貞だよね? いいんだよ、あたしなら」と、アニマはカオルの手を自らのからだへ導きその柔らかな肌へとさそってゆく。





「急にどうしちゃったんだよ? 」カオルは訳がわからず、アニマのからだから逃れようと、もがいた。

そんなカオルを逃すまいと、アニマは強くカオルを抱きしめ接吻する。

「何するんだよ! 気持ち悪い! 近寄るな!」カオルに突き飛ばされたアニマの手から〝あの銃が〟こぼれ落ちた。


 裸のまま床に横たわるアニマが言う。

「そうだよね、無垢なカオルと違って、薄汚いあたしなんて嫌われて当然だよ」


「アニマ! 急にどうしちゃったの? 僕にもわかるようにちゃんと説明してよ!」アニマを見下ろし、必死に説明を求めるカオルにアニマは語りはじめた。


「大佐に命令されたんだ。家族全員を抹殺しろって。もうすぐ、平行世界から侵略がはじまる。あたしは、この世界を侵略する為に送り込まれたスパイなんだから、皆を騙し油断させて、重要な情報を送って、皆を殺す計画を進める為のスパイなんだ。あたしが殺さなくても、もうすぐあたしの世界から奇襲部隊がこの世界へとやってきて、皆殺しにされるんだよ。だから、カオルとお父さんお母さんだけはあたしの手で楽に殺してあげたかった。死んだことさえわからないように殺してあげたかった、死を迎える恐怖を感じないように……」





「お父さん! お母さん!」両親の安否あんぴを案じるカオルにアニマは、「殺せるわけないじゃない! あたしにとっても大切な、大切なお父さんお母さんなんだから! やさしいお父さんお母さんを殺すなんて、身代わりになれるものならあたしが死ねばいい! あたしなんて赤ちゃんと一緒に死んでしまえばよかったんだ!」泣き崩れるアニマの、涙の声が訴えた。


 部屋にアニマの嗚咽おえつだけがただよう。

 その時、異世界の通信機がカタカタと音を立てた。それに涙声で応えたアニマに、大佐の声が語りかけた。

『命令は遂行したか? カオル』

 アニマが涙声で答える。

「申し訳ありません。大佐、あたしにどうしてもできません!」

 それを聞いた大佐が言う。

『そうか、良い人達に囲まれたのだな』

「ばい゛!」

 アニマの返事は既に、言葉にさえなっていない。


 大佐はアニマに、確実に伝わるように、確かめるように、ゆっくりと話しはじめた。

『カオル、よく聞くのだ、我々の世界では既に全ての最終兵器が作動をはじめている。例え、いくばくかの時間的猶予ゆうよがあったとしても、助けられる人々の数はほんの一握りだろう』

 それを聞きアニマが叫んだ。

「ならば、大佐とご家族だけでも!」

 暫くの時を置き、大佐の落ち着いた声色が無線機から聞こえる。

『手遅れだ。もういい、我々は我々の世界で最後の時を迎えよう』

 アニマの声が絶叫へと変わる。

「大佐ぁ!!! 」





『カオル、今まで無理をさせてすまなかった。どうかお願いだ、君だけは生きのびてほしい』 

「大佐!!! お願いです! あたしを見捨てないでください! あたし大佐の為なら何でもします、だから、だから大佐も生きてください!」


 通信機からはすでに、ノイズだけがむなしく流れ続けるだけだった。


***


 朝焼けの静寂につつまれた住宅街に、学生達の元気な声が響いている。


「カオル、いくよ!」

「うん! すぐいく!」

「二人とも、気をつけていってらっしゃい!」

「はい、いってきます!」「いってきます!」


 少年と少女はアスファルトの大地を蹴り、住宅街を駆けて行く。

 この広い宇宙にひとつしかない僕らの星。今日もここで、僕たちは生きてゆく。


ハーフムーン 逆転世界 〈了〉


© 2017 宮崎亀雄

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ハーフムーン 逆転世界 宮埼 亀雄 @miyazaki3

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