告白

紅野 小桜

 ネ、私の話を聞いてくれる?今日こそは聞いてくれるのよね?ネ、ネ、そうよね?約束したものね?あぁ、よかった。あら、疑ってなんかないわよ。これっぽっちも。だってアナタは約束を破るような人じゃあないもの。だけどね、不安になるのよ。女って、ネ、そういうイキモノなの。仕様がないのよ。信じていても変に勘ぐっちまって、どうしようもなく不安になるの。ネ、わかるでしょう?えぇ、えぇ、わかってるわ。こうやって直ぐに話が逸れちまうのも私の悪い癖よね。あぁ、もう。そんな顔をしないで頂戴。謝ってるじゃないの。わかったわ、本題に入れって言いたいんでしょう。そうやって、ネ、急かさないで頂戴よ。お願いだから……ネ、どうか約束して下さらない?えぇ、私が今から何を言っても、決して怒らないって約束して欲しいの。…ありがとう。アナタなら、そう言ってくれると思ってたわ。…答えがわかっていてお願いするだなんて、狡い女だって思わないで頂戴ね。私が今から話すのもアナタへのお願いなのだけれど、きっとアナタは首を縦に振らないんだもの。私はそれをわかっていてお願いするのよ。だから、ネ。これくらいは許して頂戴。えぇ、えぇ、前置きが長くってごめんなさい。あのね、アナタはとっくに知っていて、今更言う必要も無いと思うのだけれどね、私ね、アナタのことが好きなのよ。もうどうしようもないくらいにアナタのことを好いているの。あら、素っ気無いのね。もう少し違う反応をして欲しかったわ。ちょっとくらい嬉しそうにしてくれたっていいじゃないの。ふん、いいわ。どうせアナタがそんな態度をとるんだってことくらいわかっていたもの。アナタがそういう人だとわかっていて、それでもアナタを好きなのよ。…ネ、アナタ私のことを好きだと言ったわよね。あら、それは恥ずかしいって言うの?言われるのは平気な顔してるクセに、随分と勝手なのね。ごめんなさい、アナタが余りにも素っ気無いものだからほんの少しだけ揶揄ってやりたくなったのよ。えぇ、これが本題なの。あら、アナタはまたそんな呆れたような顔をするのね。何も私はお互いの気持ちを確かめたかった訳じゃあないのよ。だけど今から話すことにはとても大事なの。だから、ネ。確認しておきたかったのよ。…ネ、アナタは、私との子供が欲しいと思ったことはある?あぁ、違うわ。違うのよ、安心して頂戴。紛らわしい言い方をしてしまったかしら。ごめんなさいね。……そう、そうなのね。ふぅん。…私はね、考えたことがあるの。アナタとの子供ができたとして、その子の魂は何処から来るのかしらって。ムツカシイ哲学だかの話なんかは持ち出さないで頂戴ね。私にはてんでわかりやしないもの。そう、それでね、私思ったのよ。アナタと私の子供だって言うのなら、その子の魂はきっと私とアナタの魂が半分ずっこなんだわって。アナタの魂が私の中で私のと混じり合って、私達の子供になるのだわ。そう考えたらね、アナタとの子供が欲しくって堪らなかったの。だってアナタと魂が混ざり合うのよ。素敵だわ。素敵よね?だけどね、きっと私はその子に嫉妬してしまうのよ。だって私は私の魂しか持っていないのに、我が子は他でもないアナタの魂を持っているんですもの。それもその子の持つ魂の半分がアナタの魂だなんて!半分よ、半分。そんなのってないわ。酷いじゃない。だからね、私は子供なんか要らないの。子供なんか作らなくたって、アナタと私の魂を混ぜ合わせて一つの魂にしてしまえばいいんだわ。…違う、違うの。私とアナタを少しずつ混ぜ合わせたんじゃ駄目なの。そんなもの要らないわ。私と、アナタが、混ざり合うの。二人で一つのイキモノになるのよ。二人が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、自我なんてものがどうなるか知らないけれど、でも混ざり合ったまま抱き締め合って二人だけでお話しするの。ネ、想像しただけで震えるでしょう?素敵でしょう?これ以上ないくらいに、笑っちまうくらいに、素敵でしょう?魂が一つになっちまえば、ずっとずっと一緒なのよ。泣くのも笑うのも怒るのも、食べるのも寝るのも全部一緒。夢みたいな話でしょう?夢の話なのだけれどね。夢みたいな夢って、きっとこういうことなんだわ。…なぁに?どうやって魂を混ぜるのかって?そう、そうよね。私もそれを考えたの。考えて考えて考えて考えて、思いついたのよ。ちゃんと考えついたから、こうしてアナタにこの話をしているんだもの。あのね、考えてみれば存外簡単なことだったのよ。私達が生まれ変わる時に、神様だか仏様だかが分からなくなっちまうくらいに魂をぐちゃぐちゃに混ぜてしまえばいいんだもの。え?えぇ、わかってるわ。ちゃんとそこまで考えているったら。ネ、知っているかしら?飛び降り自殺ってあるじゃない。あれね、飛び降りた先に人がいたら、どうなると思う?上手くいくとね、ぐちゃぐちゃになるんですって。えぇっと、何て言ったかしら。そう、飛び降りた勢いがあるもんだから、飛び降りた人と、その先にいた人との骨なんかがもう一緒くたになって、どっちがどっちのものだったのかすっかりわからなくなるんですって。勿論私はそんな場面に出くわしたことなんてありゃしないわ。これは何時か誰だったかに聞いたのよ。ほら、女の子ってお喋りが好きじゃない?何って、つまりね、そんな具合にカラダが混ざるんだって言うのなら、魂だってきっと混ざり合うに違いないって言いたいの。魂を選別する誰かさんも、きっとわからなくなってそのまま一緒くたにしちまうわ。ネ、お願いよ。私があの建物の屋上からサッと身を投げるから、アナタはその下で待っていて頂戴?それで、私を受け止めて下さらない?ネ、お願いよ。後生だから、その首を縦に振って頂戴。私と一つになることを、アナタも望んでいるって言って頂戴。ネ、お願いよ、お願い。後生だから。ネ、お願い…そんな顔をしないで頂戴。…ネ、ほら、私の言った通りでしょう。アナタは決して首を縦に振ってくれやしないのよ。それをね、私だってわかっていたの。それでもね、アナタと、アナタと生きたいって、そう思ったから、思ってしまったから、だから…。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。そんな顔をしないで。いっそ怒って頂戴よ。何を馬鹿げたことをと怒って頂戴。その方が幾分かマシだわ。ネ、この馬鹿な私を、アナタがそうするとわかっていてこんな話をした私を、アナタは許してやくれないのね。そうなのね。あぁ、ぁあ、私が馬鹿だったわ。えぇそうよ、私は馬鹿な女よ。ごめんなさい。アナタがそんな顔をすることはわかっていたの。でもね、そんな顔をして欲しくなんかなかったのよ。もしかしたらって、思ってしまったの。馬鹿ね、本当に馬鹿。ごめんなさい、ごめんなさい。アナタが好きで、好きで好きで、一緒に生きたかっただけなの。この馬鹿な私をどうか忘れて頂戴。ネ、これが本当にさいごのお願いよ。もうこれ以上アナタにお願いなんてしないわ。だから、ネ。私のことは、もう知らないフリをして。アナタの記憶から私が消えるまで、私に関わらないで頂戴ね。どうかお願いよ。嗚呼、だけどこのお願いも、アナタにはもう聞こえてやしないのね。ごめんなさい、ごめんなさい。私ね、アナタのことが好きだったのよ。好きだったの。だから、ネ。これで左様なら。

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