希望の行方

第4話 旅の同行者

「だから、何度言えばわかってもらえるのかなっ!? 君を旅に同行させる訳には行かないんだ!」


 森の中に響き渡るような声を発したのはユゥリィルムだった。

 彼が相対しているのは少女と呼んで差し支えない年齢のヘネシーだった。


 彼女はユゥリィルムの話を聞き、元々カケラもなかった元いた場所に戻ると言う選択肢を完全に思考から除外し、目の前の男について行くと言い出したのだ。


 しかしそれを許す程ユゥリィルムは無慈悲ではなかった。自身と一緒にいれば間違いなく過酷な戦いに身を置くことになる。そればかりか守るべき人々から化け物呼ばわりされる事など戦う数より遥かに多いほどだった。彼自身はその事を気にしていないのだが、その出来事が本来辛く悲しいものであると言う事は理解していた。

 だからこそユゥリィルムはヘネシーの同行をなんとしても断りたかった。

 それが彼なりの守り方であり、救い方でもあったからだ。


「……あなたは確かに強い……ひょっとするとこの世界の誰よりも強いかも。だけどそんなあなたを守る人は誰がいるの?」


 そして、この言葉にユゥリィルムは答えられなかった。

 正確に言えば、答えを知らなかった。


 だからこそ彼は「私は強いから守られなくても大丈夫なんだよ」と言ってしまった。


 それを聞いたヘネシーは途端に笑みを浮かべ、こう続けた。


「守られ方を知らない人が人を守れると思う?」


 ———と。

 ぐうの音も出ないとは正しくこの時のユゥリィルムを指すであろう態度で狼狽えたユゥリィルムに対し、ヘネシーは同行を再び申し出た。


 そしてそれをユゥリィルムは断りきれず、辛いと感じたのなら直ぐに言う事を条件に動向を認めた。


 この1つの出会いが数万年後の後に再び数奇な運命を巡る2人の出会いに繋がり、そして別れにも繋がるのだが、それはまた別のお話……。





「あなたの名前言いにくい……もう何度も舌を噛んだ」


「そう言われてもね……そう簡単に名前を変える訳にもいかないし、何より私はこの名を気に入っているからね……慣れてもらうしか……」


「面倒、あなた今日からユリルムに改名するといい」


「それは流石に酷くないかな? それを巨人の言葉に直すと“卑怯の旗”になってしまうんだけど……」


 その言葉を聞いたヘネシーは流石に目の前の清廉潔白を絵に描いたような男をちらりと見た後に腕を組んで悩み込んでしまった。


 若干の気まずい空気が森の中に漂う事数分。漸く彼女はポンと手を打った。


「じゃあユゥリ。からならとても言いやすい」


「ううっ……まさかそこを残して来るとは思わなかったよ……ちなみに巨人の言葉でその名前はね、“卑怯者”と言う意味でね……?」


「もう決めた。今日からユゥリと呼ぶ」


 すでにその響きを気に入ってしまったのか、ヘネシーは確固たる決意を持ってユゥリィルムを睨みつけた。


「はぁ……どうか巨人の前ではその名では呼ばないでくれると助かるんだけど……」


「善処する」


 ヘネシーが鼻息を荒げながら胸の前に両拳を持ち上げた直後、茂みの中から50センチほどの太さを持つ蛇が飛び出してきた。


 その蛇の太さは50センチほどだったのだが、茂みから飛び出して尚、体の終わりが見えない程の全長を持っていた。


「……ヘネシーちゃん、今日は美味しい蛇をお腹いっぱい食べられるよ」


 だが、そんな蛇であろうとこの男を前に何か出来るはずもなく、たかだか討伐ランク80“程度”のザコなど、音速の数倍で飛び掛かってこようと容易に首根っこを掴み取り、反対の手で頭部をねじ切るなど“話しながら”であろうと何も問題なかった。


 唯一問題があるとすれば、今の一連の動作を視認できていなかったヘネシーが腰を抜かしてしまった事だけだろうか。


「そう言う時は……言ってっ!!」


「仕方がないじゃないか。声よりも早く動くんだから。言ったところで結果はあまり変わらなかったと思うんだけど」


 少し困りながらもそう言ったユゥリィルムに対し、ヘネシーは憤慨したように拳を握りしめそれをユゥリィルムに何度も叩きつけた。


 ポカポカと可愛らしい音を奏でる彼女の拳を一層困った表情でユゥリィルムは見つめていた。


「それでも……っ! 言わなきゃダメっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

始まりの浪漫遊譚 不可説ハジメ @abcabcabc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ