「残、100発!」 

低迷アクション

第1話



 「第3ボークス騎士団にご連絡。南サワーティ地区が“ガビ”の群れが接近していると

斥候ドレイク隊より、報告あり。どうしますか?」


顔面を覆った鉄甲冑の耳元で“伝令妖精”の“ハーニィ”が不安を露わにした表情で

報告を入れてくれる。騎士団の一兵卒“ボック”は周り同僚である“銃甲騎士”達と

自身の相棒である、かつては“剣”今は“連続銃”となった銃身を確認した。


「ボック、俺は、残りは無し、カンバンだ。」


「私も。」


「同じく。ボック、君は?」


「俺の残りは…残、100発。」


自身の言葉を聞き、全員がきまり悪そうに、踵を返し、“輸送ドレイク”を待つ動作に入っていく。1人視線をさ迷わせたハーニィのつぶらな瞳がボックに集中するが、彼としても

目を逸らしたかった…



 そもそも、自分達、騎士が銃甲騎士に転用されたのは5年前の事だ。大陸各地、

人間界、亜人、魔界に関わりなく、あらゆる場所に黒い軟体質の怪物群が襲来する。


これに対し、各勢力は剣と弓矢、魔法に腕力と言った既存の武器と戦術で戦った。

結果は全勢力の人口を4割も失う形となり、世界は既存の争いを止め、結束する事を

決め、共通の敵を“ガビ”と名付けた。


疲弊した連合勢力に、やがて対抗策が1人の男からもたされる。


「せめてもの罪滅ぼしだ…」


異大陸からの旅人と話す男が、ガビを倒せる“武器”と“装備”の技術提供を行う。

それが、ボック達の使う連続銃と銃甲甲冑だ。これらの大量生産と配備のため、

各勢力はそれぞれの特異を活かし、新兵器の準備と戦略を確立していく。


鉱山、鉄を作る事に長けたドワーフ、ゴブリンは対抗武器となる連続銃と仕様する銃弾、

銃甲甲冑の製造を担い、魔界勢力からは、魔術と人間の錬金術を合体し、

銃弾に用いる火薬、炸薬を作る。


手先の器用なエルフやホビット達は治癒薬や、銃弾を束ねる皮の弾帯を縫った。

ドレイクなどの怪物は騎士達を戦地へ迅速に運ぶための輸送手段。各戦線の

伝令として、妖精やハーピィ、人魚が活躍の場を得ていく。


最後にボック達、人間が異種族達の技術によってガビとの戦闘で生き残った騎士団や人間達は銃甲甲冑を身に纏い、ガビとの戦闘に従事する。


今まで、剣も魔法も通じなかったガビ達がボック達の放つ銃弾によって、いとも簡単に

駆逐されていく。これにより、大陸は滅亡を何とか免れた。だが、ガビの発生率は年々、

増加しており、銃甲騎士達の任務と、それに伴う負傷や死亡率も同様に増えている状態だ。


「サワーティの担当騎士達は?」


「同じく弾切れで引き上げている様子。」


ハーニィの声に同僚達も肩を落とす。戦いが進むにつれ、一区画のガビ達の発生に対し、

どの程度の弾と人員が必要か?それらが全てわかるようになってきた。


1人の騎士が持てる弾の数は500発。これを装備した10人の騎士達が一つの地区を

担当する。総弾数5000発があれば、1回のガビ発生状況に対応が出来る状況だ。


ボック達は既に1回のガビ発生を殲滅している。2回目を行うとなれば、騎士団の駐屯地に戻り、弾の補給を受けなければいけない。


だが、それをやれば間に合わない。南サワーティの地区は確かエルフ達が住む村だ。人口100人規模の小さな村が一瞬で壊滅する。ガビに襲われれば、

骨も残らない。呼吸をする者達は全てそうなる。後に残るのは建物などの人口物…


今より数刻と経たない内に、サワーティの村は、その光景で彩られる事が予想された。

銃装甲騎士になる前から、いや、なった後も、見てきた景色だ。何度も…何度も!


(あれが、また繰り返されるのか…?)


「あのね、ボック。騎士団本部から入電があるんだけど…」


「話してくれ。」


装甲面のおかげで顔は見えない事に感謝する。目の前で瞬くハーニィが言いにくそうに

言葉を発していく。


「じゃぁ、言うね。現状では、どの区域でもガビの発生が多発している。第3ボークスにも

次の任務地がある。南サワーティの村は残念だけど、見捨てろ…そう本部は言ってる。


勿論、これは騎士道に背く事ではない。将来的なガビ掃討戦略を見据えた上での本部決定。だから、貴方達が責を感じる必要はない。任務を忠実に遂行してだって…」


最後の方は消え入りそうな声になるハーニィ。彼女の気持ちは

よくわかる。異種間同士が連合を結び、協力する世界になっても、差別は色濃く残っていた。本部の言い方を直訳すればこうだ。


“100人規模のエルフの村など見捨てろ”


それを亜人である妖精に、伝えさせる人間の残酷さ…全く上の、クソ役人連中は

何にもわかってない。この戦いで一体、何を学んできた?結局は自分達の事だけか?

馬鹿どもめ…


「ま、まぁ、確かに本部の言う事も一理あるね。」


「そうだな。助けに行きたくたって、肝心の弾は残ってない。」


「ボックの100発だけじゃ、とても足らない。無理だな。」


同僚の騎士達が言い訳のような会話をする。数年の戦いの後、激減した騎士に変わり、

職工や大工などが甲冑を身にまとってきた。重い装甲とデカい銃を扱える体力と腕力が

あれば誰でもなれる。


(だが、騎士道は持ってない。)


何かを決めたように、

ボックは静かに装備の点検を始める。そうしながら、

目の前で落ち込む小さな妖精に声をかけた。


「ハーニィ、迎えのドレイクをもう一基寄越してくれ。斥候連中が使う、軽い奴でいい。」


「えっ?」


「おい、ボック…」


「いつから騎士は役人になった?領地と民を守るのが、俺達だ。」


「しかし、そんな小さなエルフの村…」


「民だ。連合が決まった時からな。例外などない。あってはならない。皆は次の

任務地に備えろ。俺1人で行く。」


「無茶だよ…」


「ガビの殲滅は目的じゃない。村人の逃げる時間を稼ぐ。それでいい。」


あえて不可能という言葉は使わなかった。勿論、彼等の躊躇や説得はいらない。

そんなモノはとっくに心の中で終わらせた。後は役目を果たすだけ…


巨大な風と轟音を引き起こし、大型の輸送ドレイクが降り立つ。その背中に乗り、

何度も自分を見つめる同僚達に手を振る。


「本当にやるの?ボック」


「今できる最善の策だ。ハーニィは彼等のサポートを頼む。」


「わかった。ボック…」


「帰ってきてね?必ず」

「・・・・・」


可愛い妖精の涙零れる顔は正直見たくない。しかし、約束は出来なかった。だから、

厚い鉄の装甲胸に片腕を当て、旧時代の騎士風に返礼する。


ハーニィの光が淡くなり、完全に消えた後、幾刻も経たない内に小型のドレイクが目の前に降下した。竜の操縦士であるハイランダーがゴーグルを上げる。操縦士間では

珍しくはないが、女だ。尖った耳と勝気そうな表情をこちらの顔を覗き込んだ後、ニカッと笑う。


「妖精ちゃんから聞いたよ。アンタかい?片道確定の死地に赴こうってのは?」


「そうだ。急いでくれ。あまり時間がない。」


「ハッハァ、良い度胸だね?気に入ったよ。行こう!」


ハイランダーが差し伸べた手を握りしめ、ボックはドレイクに飛び乗った…



 黒い群れのガビが村境の草原を滑るように向かってくる。村の娘であるエルフの少女は

その光景を呆然と眺めた。あれが来れば、逃げ場はない。どんなに早く走る馬だって、


竜だって、ガビが来れば、全て無意味だ。村の長は、騎士達は来ないと言った。あれを倒せる弾が無いからだそうだ。


少女は二つの手を重ねた。彼女達が本来信仰する神に祈る。

救いはこない。それはわかっている。でも、信じたい。大切な家族を、村の人達を救ってくれる存在を、ただ信じたい。


(誰か、誰か…)


先頭のガビ達が彼女の元にたどりつき、その軟体質の全身をくねらせ、体から生えた幾本の触手を伸ばす。少女の目から涙が落ち…


る事はなく、逆に驚きで大きく見開かれる事となった。


「騎士様…?」


派手な銃声が何発も響き、全身を別の意味で蠢動させたガビ達が弾け飛ぶ。


「皆を早く、遠くまで逃げろ!」


短い指示を伝え、幾千もの黒群に、ただ一人立ち向かう銃騎士。それを見つめ、

エルフの少女は奇跡というモノを確かに見た気がした…



 (残弾は残り40発…やはり、無謀だったか…?)


本来、銃甲甲冑のようなモノを人間が着れば、あまりの重量に動きがとれない。加えて

大型の連続銃を持てば、尚更だ。それを動けるようにしたのは、王都の錬金術師達が作った

圧縮スチームタンク。これを背負い、定期的に放出する事で高速の移動を可能にする。


黒いガビが繰り出す触手を巧みに躱し、村を背にした形で弾幕を張るボックだが、この

攻勢も長くは持ちそうにない。連続銃の上部に空いた覗き口からは弾帯が見えるようになっている。


通常100発で一本の弾帯は20発ごとに、赤、黄、青、白、黒と弾の色が変わっており、それを見る事によって弾の残り具合がわかる仕組みだ。ちなみに現在の色は青を通りこし、


まもなく白が見え始めるだろう。景気の良い銃声はまもなく止み、ボックの死、完全な敗北が訪れる。


一発弾を喰らえば弾け飛ぶガビだが、いかんせん、弾が足りない。勿論、

わかりきっていた事だが…


(だが、この状況…万に一つだが、可能性はある)


ボックは一つの可能性に賭けていた。ガビ達が過ぎた後は何も残らない。それは生存者、

つまり目撃者がいないという事だ。


自分達に武器をもたらした男の言葉が蘇る。騎士団に所属していたボックは彼と

最初に出会い、共に戦ってきた。その過程の中で敵の倒し方や特性について話す機会があったのだ。彼が言うには…


「そもそも、ガビは私達の世界…いや、大陸に現れたモノだった。初めは100体程の個体から始まり、環境の適応を図り、それに合わせ、数を増やしていく。その原料は酸素だ。

私と君が呼吸する、つまり、生物が生きていく上で必要なモノを、ごく僅かの触媒とし、

生まれる。


そして、その酸素を無駄に消費する生物達を完全に消滅させ、地球環境、いや、世界のバランスを保つために活動するんだ。」


何処か遠い目で話す彼の言葉の半分も、ボックは理解できない。それに気になる事は

一つだけしかなかったからだ。


「なるほど、だが、どうやって倒す?方法はあるのか?」


「方法はある…難しい、難しいが簡単かな。メインのAI、いや、最初の原種であるマスターを倒せば、そいつが生み出したガビ達は全て消滅する。」


「つまり、大元を倒せばいいのか?100体の…」


「うん。ただ、難しいと言ったのは、理由がある。マスターは賢い。自分達を

殺せる銃を持った相手を見れば、なかなか姿を現さない。アイツをどう誘い出すか…

勝機はそこにある。」


そのボックに、ガビを教えてくれた男はもういない。連中との戦闘時、給弾を行う隙をつかれたのだ。穴だらけの装甲甲冑を身に着け、死を悟った男は全てを自分に話した。


「すまないボック、奴等は連れてきたのは私だ。私達の世界では、連中は脅威となり、駆逐されつつあった。元々は平和利用のために生み出されたモノだったのに…


私は納得できなかった。だから、別の世界で研究をしようと…それが、この結果に…

本当にすまない…」


後悔の涙を流す彼にボックは静かに頷く。おおよその話はわかった。

だが、死にゆく者を責めて何になる?それは騎士のやる事ではない。


「すまない、私は…わた…」


なおも謝罪を口にしようとする男をゆっくり遮り、言葉をかけてやる。


「もう言うな。世界を、民の事を考えた選択だろ?お前も立派な騎士の1人だ。

誇りに思え。」


「…ありがとう、ボック。ありが…」


ゆっくりと目を閉じ、穏やかな表情を浮かべる男。今、彼の残したモノを証明する時だ。

残弾マーカーの黒はとっくに通り過ぎた。20、19、13、9、8、7、6、5、4、3、2…


「いーちっ!」


叫ぶと同時に、スチームの放出を止める。同時に銃声も止む。待っていたとばかりに

襲い掛かるガビ達の触手が装甲に突き刺さり、激痛と共に、後方に立つ家に吹き飛ばされた。


甲冑内の呼吸音が激しくなる。それを止めようと、いくつもの黒い群れが飛びかかってきた…



 銃甲騎士の呼吸が、完全に止まるのを待って、そいつは姿を現した。

通常のガビより一回り大きく、赤黒い腫瘍のようになった頭部を持つガビは、男の言っていたマスターだ。


配下のガビ達が自身の進む道を開ける。目指す先は鉄くずとなった銃甲騎士だ。完全な死を確認し、逃げ惑う生き物たちを殲滅する。それが自分達に与えられた役割だった。


甲冑に触手を伸ばし、ゆっくりと砕いていく。途端に、彼等が敵を見つける合図である空気が甲冑内からあふれ出し、がらんどうとなった甲冑内を曝け出す。


疑問に訝しむマスターは、同時に全てを理解する。配下のガビ達は内部に放出されたスチームにおびき寄せられた事を…目の前の甲冑は、自分を表に出す囮に使われた事を…


一発の銃声が響き、マスターの体に死が叩き込まれる。


「あやうく窒息する所だったぞ…」


周りの配下が塵になり、薄れゆくマスターの意識である思考回路は急激に呼吸を始める

1人の生物の姿を捉えていた…



 「本部からの入電を伝えるねサワーティの件はご苦労。騎士ボックは、たった今から

48刻(48時間)の休息に入る事を命ずる。だって!お疲れ様だよ。ボック。」


村人からもらった薬布を体に貼るボックの周りをハーニィが嬉しそうに飛び交う。


「ああっ、何とかなった。連中との戦いも先が見えた。後は99体だ。」


「うん、あの~…それとねっ、えーとっ…」


しばらく翔潤した後、ボックの頬に、ハーニィが突進する。

柔らかい感触が少し顔に広がった。いや、彼女的には、恐らくキスをしたつもりなのだと

思う。


「に、人間はこーゆうの好きだって聞いたから。皆を助けてくれたお礼…ありがと」


ほんのりピンク色の淡い光を瞬かせるハーニィに笑顔を見せる。騎士は全ての婦女に対し、

真摯であるべきだ。ボックの言葉に嬉しそうに瞬くハーニィ。だが、その光がすぐに緊急性の色を帯びた。


「はい、えっ?西のモースーでガビが発生!?わかりました。はいっ!すぐに

銃甲騎士達に連絡を。」


「俺が行こう。」


「えっ?」


「それが騎士の務めだ。」


ボックの声に、ハーニィが驚きの声を上げる。だが、覚悟を決めた彼の表情に

すぐに頷く。


「近くの斥候ドレイクに銃甲甲冑と弾を運ばせてくれ。」


「わかった。ボック、気を付けて。」


「任せてくれ。」


ハーニィに返礼を返すボックの前に、先程のハイランダーとドレイクが降り立つ。


「また、片道志願?懲りないね。アンタも。」


「そーゆうお前もな!だが、助かる。ありがとう。」


「ハハッ、だけど、残念なお知らせ。新しい甲冑は揃えてきた。だけど、弾があまりない。

何処も撃ちまくり、絶賛品薄でね。」


渡された甲冑を身に着けながら、ボックは尋ね返す。口元に笑みが広がり始める。


「了解だ。で、何発残ってる?」


「残100発。」


「充分だ!」


力強く頷き、ボックは自身の相棒に弾を込め始めた…(終)








  

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