Final chapter Tower of qliphoth ⑧
〈ティーガーシュベルト〉のバレットによる銃撃を回避しながら、夕夜は思考を巡らせる。
敵が手にしているのはバレット・107CQ。銃身の短い対物ライフルを選んだあたり、まだこの男はそれなりに考える頭があるようだ。だがその程度で覆される戦況ではない。
夕夜の視界にアラートと弾道予測位置が表示される。敵のバレットから次々と吐き出されていくNATO弾を、夕夜は高周波ブレードで叩き落とし、そして斬り飛ばしていった。
両者がブレードの間合いに入る。フンセンはバレットを盾にするが、それもいともたやすく斬り飛ばされてしまった。どうにかブレードの斬撃を回避するフンセン。〈モビーディック〉の装甲ですら容易く斬り裂かれるのだ。第一世代よりも装甲の薄い〈ティーガーシュベルト〉で斬られれば一巻の終わりだ。
だが夕夜も斬撃が空振る度に舌打ちし、毒づいた。〈ティーガーシュベルト〉の性能が夕夜の斬撃を回避させているのだ。
第二世代型DAE。敵に回すとこれほど厄介なのか。夕夜はマスクの下で目を眇めた。
フンセンも攻撃を回避しながら、自らが纏った新型DAEの性能に驚く。慣熟作業は不十分のほとんどぶっつけ本番に近い状態で装着したため、この〈ティーガーシュベルト〉の性能を身を以て把握することができなかったが、今のこの実戦の中でその性能の高さに心躍っていた。これほどまでに身体から軽くなり、言うことを利くようになるのか。〈モビーディック〉のような野暮ったさは無い。システム面においても視界に表示される網膜情報投影、装着者にとって必要な情報を必要なものだけ表示するその精度はミクスや第一世代型とは比にならない。
これなら勝てる。マスクの下でフンセンは愉悦に表情を歪ませる。素早い動作でキャリーアームが保持していたもう一挺のバレットを手にし銃撃。
発砲された大口径のNATO弾を夕夜はヴァイブロブレードで斬り飛ばしていく。
フンセンのの動きが明らかに良くなり始めていた。このまま長引けば、完全に〈ティーガーシュベルト〉を自分のものにするだろう。その前に決着をつける。ヴァイブロブレードの使用により、〈黒瞥〉のバッテリーも湯水のように使えるものではなくなっている。
夕夜はさらに踏み込んで間合いを詰めた。逆袈裟にブレードを斬り上げる。フンセンのバレットの銃身が切り落とされた。
夕夜、トドメに打って出る。真正面に振り下ろす縦斬り。だがフンセンはこれを待っていた。すぐさまグルカナイフを抜きながら夕夜の斬撃を回避、そしてカウンターでグルカナイフを振るう。
狙いは〈黒瞥〉本体ではなく、先程から尻尾のように揺れるケーブルである。〈黒瞥〉の背面から尻尾のように伸びているケーブルはヴァイブロブレードと接続されている。高周波振動を発生させるための電源供給ケーブルをフンセンが断ち切った。
「マジかよっ!」
エネルギー源が断たれ、ヴァイブロブレードは輝きと切れ味を失う。夕夜の視界上にヴァイブロブレードとの接続が不意に断たれたことによるエラー表記が網膜投影で表示されるが、すぐに消された。AI側が装着者は既に現状を把握していると判断したのだ。
だが高周波振動が消失しようとも刃には変わりは無い。夕夜、ブレードをフンセンの喉元目掛け突きを繰り出す。〈ティガーシュベルト〉の装甲が比較的薄い箇所である。
だがフンセンもその刺突を見切り回避。そして突き出された刀身を腕で絡め取ると、もう片方の腕で掌底をそのヴァイブロブレードを叩き折った。
折られたブレードに引っ張られバランスを崩す夕夜。そこにフンセンの蹴りがクリーンヒットする。夕夜は蹴り飛ばされ、床に転がった。
こいつ、完全にDAEを自分の物にし始めやがった……! マスクの下で夕夜は今日初めて焦りの色を露わにした。
立ち上がる間も与えずフンセンは馬乗りになり〈黒瞥〉のマスクを殴りつけていく。夕夜も前方に両腕を突き出し、どうにかガードして直撃は防ぐ。
「どうした! 土人にマウントを取られて随分と無様だな!」
「はしゃいんでんじゃねえよ!」
夕夜、殴りかかる拳を何度か振り払う。
すると、フンセンは〈黒瞥〉の肩部に装着されている単分子ナイフを引き抜くと喉元に突き立てた。だが夕夜もフンセンの手首を掴み単分子ナイフを寸前で食い止める。
「また人のもん盗ってんじゃねえよ、クソ野郎!」
夕夜、フンセンの股間部を蹴りつける。わずかにフンセンの腰が浮いたところを膝を折り曲げ畳むと相手を蹴り飛ばした。そして、すぐに立ち上がり体勢を整える。
「お前みたいな土人がそれ着けてるあたり、やっぱり低能なんだよ……!」
夕夜、拳を構え低姿勢でフンセンの元へ潜り込むと連打を浴びせた。ワン・ツーのコンビネーション。生身の相手なら通用するが、DAE同士の殴り合いでは牽制にしかならない。重量のある質量攻撃で無い限り、DAEに殴り合いの打撃戦はあまり有効では無い。
無論、夕夜としてもそんなこと承知の上である。フンセンも反撃を行おうと拳を振り上げる。
それこそが夕夜の目的だった。ガラ空きとなるフンセンの懐。その顎に夕夜は本命を叩き込んだ。
ぐらりとフンセンの顔が、視界が、そして意識が揺れる。
夕夜はすかさずアッパーを顎に打ち込んだ。
「さっきとお返しだ!」
フンセンが怯んだ所に夕夜は顔面にラッシュを叩き込んでいく。フンセンもどうにか持ち直すと、夕夜の殴打をガードする。しかし、今度は土手っ腹が空いていた。
夕夜、足刀蹴りをフンセンの左胸に突き刺す。
だが大してダメージは無い様子だった。フンセンも夕夜の蹴りを腕で絡め取る。
「馬鹿がっ!」
マスクの下で夕夜は嗜虐的な笑みを浮かべた。
次の瞬間、火薬が炸裂するような音が轟いた。フンセンは全身を撃ち貫くような衝撃を受け、よろめき数歩下がった。
突き出された〈黒瞥〉のヒールからは杭(パイル)が伸びていた。夕夜がその足を戻すと同時にパイルも引っ込む。
〈ティーガーシュベルト〉の左胸には大穴が穿たれていた。装甲から人工筋肉、さらには装着者のフンセンの胸にまで穴は至っている。流れ出る人工筋肉の保護液の中に赤い血潮も混ざっていた。
格闘戦に特化した〈黒瞥〉にはそのための機能も持ち合わせている。ヒール部分に備えられたパイルバンカーが装備されていた。
胸に大穴を空けられた激痛か。それとも自らの心臓を穿たれたにも関わらず、まだ意識と戦意を保てていることでの驚きか。フンセンは獣の如き絶叫を上げた。
次の攻撃に備えながら夕夜は疑念を確信へと至らせた。
おそらく、こいつも千原姉妹と同じようにゾンビのようになるような措置を受けている。あれではいくら心臓をぶち抜いたところで、性懲りも無く起き上がってくるだろう。
今の所、対処法は頭部を破壊すること。あるいは頭部と胴体を切り離すこと。ますます本当にゾンビ染みてるなと胸の内に吐き捨てる。
フンセンが咆哮を上げ続けながら、再度突進してくる。ナイフが鋭く突き出されるが、夕夜は紙一重で回避。同時に左腕でフンセンのナイフを持つ腕を絡め取り、その肘に右手で掌底を叩き込む。
「それは俺んだ! 返せ!」
フンセンの持つナイフが取りこぼされた。
夕夜、鉄山靠の如く足を強く踏み出し、背中と肘を叩きつける。よろめくフンセン。いくらゾンビの如き耐久力を得ているとはいえ、胸を穿たれてダメージになっていないわけではない。
その大きな隙を逃す夕夜では無かった。取りこぼされたナイフを拾い上げると同時に、残ったもう片方の肩部のナイフを引き抜くとフンセンの懐に踏み込む。
フンセンの両脇はがら空きだった。DAEの数少ない弱点。夕夜、両のナイフを順手に持ち、フンセンへの脇へ突き刺した。
痛みに絶叫するフンセン。
畳み掛ける夕夜。これで勝負を決する。
夕夜、飛び上がりローリングソバットをぶち込む。同時にヒール部分から再びパイルを撃ち込み一瞬固定すると、さらにもう片方の足でも蹴り上げる。サマーソルトキックの形で両足が離れ、夕夜の身が宙に踊る。
「ロケットォ……!」
《ロケットアーム起動。ターゲットロックオン》
AIの音声が新た武装の起動を知らせる。
空中を舞う夕夜は身を捻り、左腕をフンセンへ向けて突き出した。
視界に投影されているターゲットサイトがフンセンの、〈ティーガーシュベルト〉の頭部を捉え固定される。
左腕義手の付け根付近のカバーが開き、四つの突起が現れる。さらにその四つの突起のカバーが解かれ、中からノズルが姿を現した。
「死ねっ!!」
《発射(ファイア)》
そのノズルが火を吹き、推進力を得る。爆発するように持ち主の元から飛び出していった。
即ち、ロケットパンチ。
猛然と飛び掛かる鋼鉄の左腕にフンセンは混乱し呆然とするしかなかった。それが致命となった。
左腕は勢いよくフンセンの頭を掴む。リミッターがオフになった握力が〈ティガーシュベルト〉の頭部パーツの装甲に手指をめり込ませていく。
フンセンは喚き散らしながら、夕夜が飛ばしてきた左腕を引き剥がそうとする。だが左腕の指がそれに抗うようにさらに指を強く突き立てていく。
夕夜は視界上に投影されるエラーとアラートをスキップしていく。全て自分の義手にまつわるものだ。
目の前で踊るように慌てふためいているフンセンを、夕夜はマスクの下で愉悦に歪んだ笑みで見ていた。敵のその無様さを嘲笑うかのように。そして自らの勝利を確信し見せびらかすかのように。
「ゾンビは焼くに限るよなあ!!」
そして夕夜の義手が〈ティーガーシュベルト〉の頭部もろとも炸裂した。
爆風と爆圧をまとった無数の義手の破片が〈ティーガーシュベルト〉の頭部装甲を引き裂き、爆炎が剥き出しにされたフンセンの頭を焼く。
獣のような叫喚を上げてフンセンが悶える。炎は穿たれた胸の穴の隙間から〈ティーガーシュベルト〉の内壁に回る。やがてフンセンは床に倒れ込み釣り上げた魚のように極まった苦痛にのたうち回り始めた。
やがて炎が喉に回ったのか、苦痛に悶える叫び声は壊れた楽器のようにおぞましいものに変わりつつあった。その内、のたうち回っていたフンセンの動きが鈍くなり、わずかに痙攣するだけとなった。
ひゅーという息。肺も焼け爛れ、もう少し経てば呼吸も止まるだろう。
だが、夕夜はトドメを刺すためにホルスターからハンドガン・ファイアボールを抜いた。決してそれは介錯などといった慈悲では決して無い。あるのは念には念をという傭兵としてのプロ意識だ。
ファイアボールのアイアンサイトを、火の勢いが弱まりぶすぶすと燻るフンセンの顔面に向ける。
左目は焼けた瞼で塞がり、もう片方は瞼がめくれあがり丸々とした眼球が露出している。唇は吹き飛ばされ、食いしばった歯茎と歯が食いしばられて、下卑たにやけ面に見える。皮膚が焼けただれ頬骨が覗き、頭髪はちりちりと焦げている。そのような姿で悠然と近寄ってきてこちらを睨めつけているのは、以前ブラックウェブの個人アーカイブで見た九十年代のパニックホラー映画かなにかとしか思えなかった。
ぎょろりと、充血しきった右目が夕夜を睨む。
まるで怪物だ、と夕夜は胸の内に吐き捨てる。吸血鬼ですら胸を杭で穿たれれば消滅する道理はあるというのに。さらに頭を焼かれても、なお敵意を向けられるほどの意識を持つか。
まずはその癪に障る右目を撃ち、その後に喉から額にかけてファイアボールのマガジン全弾叩き込んだ。
〈黒瞥〉のシステムが完全にフンセンの死を示した。
「人のものパクって散々好き勝手暴れまわりやがって、終いには往生際が悪いときたもんだ。ふざけやがって。クソが……」
そう吐き捨てたところに、まるでビルに落雷が襲ったかのように雷鳴が轟き、衝撃がフロアを襲った。
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