Final chapter Tower of qliphoth ⑦
美月と夕夜は階段を全速力で階段を駆け上っていた。途中何度か防衛の傭兵とも遭遇したが、難なく撃破していく。
問題となる地上二十階へと到達する。
ニッタミ本社ビルは東京都庁舎を模し一回り小さくしたような全三十階建ての構成となっており、二十階から上階はA棟とB棟の二股に分かれている。このフロアは二十一階まで吹き抜けとなっており、中央のエントランスから左右二箇所のエレベーターホールに分かれていた。
A棟とB棟のどちらに我来が鎮座奉られているかは既に把握済みであった。先程、美月が経営管理部財務管理部門の人間を鏖殺する前に夕夜が情報を引き出していた。
そしてその答え合わせのように、B塔エレベーターホールへ繋がる経路に敵が待ち構えていた。
数機の〈モビーディック〉がひしめくなかに、一機だけ違うDAEが佇んでいる。
二人には見慣れた姿だった。〈ティーガーシュベルト〉が敵意を孕んだコバルトブルーのカメラアイを二人に向けている。いつもは味方として共に肩を並べていた機体が今では敵意を向けている。
「俺が道を切り開く。そうしたら美月、先に行け」
夕夜、キャリーアームのくびをもたげさせると高周波ブレードの柄を手元に持ってこさせる。柄を握り込み勢いよく引き抜いた。〈黒瞥〉のシステムによる命令で高周波伝導が開始される。高周波の反応によってブレードにエメラルドグリーンの輝きが灯った。
一機の〈モビーディック〉を見定める。ターゲットがロックオンされ、夕夜を走らせんとばかりに内壁の人工筋肉が蠢く。
まるで狂奔だ、と夕夜は思う。機械が人殺しを推奨し、人間を突き動かす。
夕夜、一瞬でターゲットの〈モビーディック〉の懐に姿勢を低くして懐に潜り込んだ。
敵〈モビーディック〉、七四式重機関銃を構えるものの既に足元に〈黒瞥〉の侵入を許していた。
高周波ブレードを斬り上げる。鋼鉄製の重機関銃がまるで豆腐のように両断される。
返す刀で〈モビーディック〉が袈裟に斬り裂かれた。斬撃は中の装着者にまで余裕で到達したようで大量の血の雫があたりに迸った。そして仕上げと言わんばかりに〈モビーディック〉の首から胴を斬り飛ばす。
事切れた〈モビーディック〉を邪魔だと言わんばかりに蹴り倒し、夕夜は敵集団の方へ振り返りブレードを構えた。
「今だ、美月!」
陣形が崩れた。美月がバレット・M107CQを連射しながら突撃すると、高くジャンプし敵集団を飛び越えた。着地しエレベーターホール脇にある階段へと向かう美月の背後に、敵の銃口が殺到する。だがその敵の背中を夕夜が横薙ぎに一閃した。
やはり、こいつら傭兵としては三流だ。夕夜はマスクの下で口端を釣り上がらせる。
今も美月にばかり気を取られ、こちらに全く意識を向けていなかった。それに加え、自分達が二十階に到達した際もこのフロアの形状なら包囲、挟撃が可能だったはずだ。だというのに、我来への道筋を守ることしか考えていなかったようだ。
舐められているのか。それとも、我来に傭兵を見る目が無かったのか。あるいは金をケチって、この程度の連中しか集められなかったのか。
だが何であろうと自分のやるべきことは変わることは無い。夕夜はブレードに付着した血と脂を肘の内側で拭う。
「来いよ、ドサンピンども。まとめて相手にしてやるよ」
夕夜の日本語は理解できなかったが、〈ティーガーシュベルト〉の着用者は侮辱されていることだけは理解できたようで、夕夜にとって聞き慣れない言語で喚いていた。
だがそれは一度聞いたことのある言語だった。キルジナ語だ。その声にも覚えがあった。長野の清勝館学園合宿所で対峙した〈モビーディック〉。事前に資料で目を通した二人のキルジナ人の片割れ。おそらく若い方だろう。名前はフンセンといったか。
「よーう、土人。久しぶりだな。美しい国(ジャップランド)にも慣れてきたかよ? あとせめて英語で話せ。それとも英語わからんか? キルジナってのはそんなにアホなのか?」
挑発しながらも、夕夜の中に一つ疑問が浮かぶ。長野での合宿所での戦闘では夕夜はこの男の背中から腹を貫手でぶち抜いたはずだ。土手っ腹をぶち抜かれて、まだ生きているのか? もし生きていたとしても、DAEを着込んで戦えるような状態ではないはずだ。夕夜は一つの疑念を持つ。もしや、こいつもゾンビ化ナノマシンを打たれたか? 面倒なことだと、マスクの下で嘆息する。
「人のものパクった上に勝手に使ってんじゃねえよ、原始人。それとも何か? キルジナには人のものを盗んじゃいけませんって最低限の倫理観も無いのか?」
「黙れ。やはり日本人はクズだな」
たどたどしい英語だった。夕夜は馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「お、気が合うな。俺も常々そう感じてる。日本人やってて自分でも反吐が出るくらいだ。次生まれ変わるならセレブで美人の飼い猫あたりがいいね。毎日だらだらして暮らしたい」
「貴様、馬鹿にしてるのか!」
フンセンがグルカナイフを手にし突進してきた。
「馬鹿にしてなきゃ、他になにがあるんだよ」
夕夜、後方に飛び退りフンセンと間合いを取った。
まずは他の有象無象からだ。
距離が離れたところで重機関銃の火線が夕夜を襲う。だが襲いかかる銃撃の瀑布を、夕夜は当たり前のことのように風に揺れる柳のような柔らかな最小限の動作で回避していく。
こんな閉所で、しかも機敏に動き回る相手に重機関銃なんて取り回しの利かない得物を選んでいるあたり、この場にいる傭兵の腕が知れた。敵〈モビーディック〉の七四式の火線が〈黒瞥〉を追う。というよりも振り回されていると言ったほうが正しかった。至近距離においては銃器よりも格闘攻撃の方が優れている。ましてや機動力と運動性能に優れている〈黒瞥〉と取り回しの利かない七四式重機関銃を抱えている〈モビーディック〉ではその結果は明白である。
壁を走り、床を滑り縦横無尽にその火線を掻い潜りながら、夕夜は次々と敵〈モビーディック〉をヴァイブロブレードで踊るように切り伏せていく。高周波を纏った刃は鋼鉄を紙のように次々と切り裂くも、刃こぼれ一つ起こさない。近接格闘攻勢防御銃術弐式が刀剣による斬撃攻撃を攻防両面でより効果的なものにする。
粗方の敵の首を斬り飛ばし、重機関銃の咆哮も無くなる。夕夜は最後に残った一体に視線とブレードの切っ先を向ける。
「大したことなかったな。我来みたいなアホだと雇う傭兵もアホなのか? よう、後はお前だけだ。どうしてまとめてかかって来なかったんだ、おい。それともビビっちまったか? そいつにオシメは搭載されてねえぞ?」
挑発するように向けたブレードの切っ先を揺らすと、二、三度奮って血糊を振るい払い言葉を続けた。
「さっさとくたばれ、永遠の開発途上国の土人が」
「貴様とて、衰退国の蛮族だろうが!」
フンセンの怒声に夕夜は鼻で笑い、そして吐き捨てた。
「つくづく気が合うな! 俺も自分で日本人やってると思うと時たま吐きたくなってくるぜ!」
背後に響く戦闘の音を背後に脇目も振らず美月は階段を駆け上っていった。
やはりと言うべきか、上り階段はすぐに終着点へと到達した。まだ上層階というわけでは無い。美月は仕方なくフロアに出る。
幹部達の憩いの場なのだろうか、そのフロアにはバーカウンターとラウンジが広がっていた。ラウンジ側は前面窓ガラスとなっており、A塔と大鳥居の夜景が広がっている。
アラートが響いたのはその時だった。
バーカウンターに潜んでいただろう〈モビーディック〉が数機姿を現す。
美月は手にしている武装を交換する。マークスマンライフル・XM8・SharpShooterをエクスアームに持たせ、代わりにバレット・M107CQを手に、そして構えた。挨拶代わりに一発撃ち込む。だがシールドを構えた〈モビーディック〉が前に出て銃撃を防ぐ。対物ライフルの一撃が弾かれ、美月はマスクの下の表情を歪める。
厄介なことになった。〈シンデレラアンバー〉は〈黒瞥〉のように強力な格闘武器は持ち合わせていない。
行く手を阻む〈モビーディック〉の陣形の奥から、別のシルエットが現れたのはその時だった。上層階へと続く階段から 真紅のDAEが姿を現した。
〈エアバスター〉だ。
驚きの呆けた表情を再び苦悶に歪める。ぎりり、と音が鳴る程に歯を食い縛る。
「ふざけるな……! お前らがそれを使うか……! それは辛島さんのものだっ!!」
満腔の憎悪を込めて、美月は叫んだ。
ニッタミ本社社屋B棟。
社長室が存在するフロアにもラウンジが存在し、そこでは我来と昵懇のVIP達がシマダ武装警備のメンバーの足掻く様を肴にしていた。
それは夕夜と美月が本社内に侵入し、警備の傭兵達をなぎ倒し、そして美月が一般の社員を無為に殺戮しても変わらなかった。むしろそれすらも彼らにとっては想定内だったのか、あるいは本気で夕夜と美月は決してこの場にまで辿り着かないとでも考えているのか。自分達の足元は戦場と化しているという現実感が欠損しているのか。決して自分達に危険が及ばないと根拠の無い自信に満ちあふれているのか。
美月が経営管理部財務管理部門のフロアを血の海にした時など、歓喜の大喝采だった。他人死すらもエンターテイメントとして消費する特権階級の者達。飽食の果てとされる上級国民である彼らは、自らに危険が及ぶかもしれないというスリルでなければ愉悦を感じることができない。ただし、それは自らの安全が絶対なものであると保証された上でのスリルである。
そのスリルである危険が実際に自らに襲いかかるという現実感を、彼らは持ち合わせていない。
皆一様に、同じような顔でラウンジの天井から吊るされているホロスクリーンを見つめていた。シマダ武装警備のメンバーが映し出されている。耳にまで届きそうな程に口の端を釣り上がらせ、楽しくて楽しくて仕方が無いといったように品無く細めた目をホロスクリーンに向けている。皆同じ仮面をつけているかのように歪み、細めた、おぞましい笑みを張り付けている。
その中の一人、元厚生労働大臣の二階堂康稔もまた同じような笑みを浮かべている。甘美な支配欲と優越感に取り憑かれた笑みだった。今、彼が味わっている享楽は、手にしているグラスの中身よりも遥かに美味なものであろう。
そしてこの中で最も享楽と優越感に満ちていたのは、この場を提供した我来臓一であった。VIPよりも一段高い壇上に立っている我来は、物理的にも心理的にも最も高みに存在している。
ホロスクリーンには〈黒瞥〉と〈ティーガーシュベルト〉、そして〈シンデレラアンバー〉と〈エアバスター〉が対峙している姿が映っていた。
かつて同じチームに所属していた新型兵器が、今ここでは敵対しこれから互いに殺し合いをする様を、この場にいる上級国民達は今か今かと興奮を抑えきれない様子でホロスクリーンを見つめていた。
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