Final chapter Tower of qliphoth ⑥
正面玄関エントランスに侵入した二人はまずエレベーターを確認した。やはり予想通り使用不可となっている。当初の予定通り侵入経路は階段にすることとした。途中、何度か防衛にあたっている傭兵と遭遇したが、前衛を務めている夕夜がAAー12の散弾で難なく倒していく。
美月の足が止まったのは数階分の階段を昇った時だった。
「どうした?」
夕夜が訊ねる。何か気に留めるものでもあったのだろうか。ショットガンを背部キャリーアームに収め、両のファイアボールを構える。
美月は案内板を見つめていた。案内板によれば現在のフロアは経営管理部財務管理部門と記されていた。美月は決意したかのように、そのフロアに踏み込んだ。
「おい、何があったんだ!」
夕夜の声を無視し、美月はオフィスのID認証の扉を力づくで蹴り開ける。
中にはまだ社員と思しき者達が残っていた。突如現れた、白銀のDAEに皆恐れ慄いた。
「なんでまだ残ってるんだ……こいつら馬鹿じゃねえのか……!」
後から続いてオフィスに入り込んできた夕夜が呆れ果てる。この日、シマダ武装警備が強襲してくることを末端の社員は知りようもなかったのか。そうであっても、外の騒ぎに気がつけば逃げ出そうと考えはしないのだろうか。あるいは、その程度の頭すら回らないのか。もしかしてこいつらは、上司に逃げろと指示されるまで逃げないつもりだったのか。
あるいは自分だけは死なないとでも考えていた脳足りんか……。
社畜どもめ、夕夜はマスクの下で侮蔑を込めてこぼす。
「待ってくれ! 我々は非戦闘員だ。一般の職員だ」
一人が両手を上げて悲鳴に近い声で訴えかける。だが美月はそれがどうした、とでも言うように鬼の面の首をかしげてみせた。
「影山総悟、この名前に聞き覚えはある?」
言うと同時に美月はXM8・SharpShooterを社員達へ向けた。
問われた社員達は互いに顔を見合わせては、相手に顎をしゃくったり目配せなどをしていた。明らかに質問されたことについて知っている様子ではあった。だが答えようとはしない。
あるいは、答えなくとも助かるとでも思っているのか。
美月は手っ取り早い手段を取った。XM8のセレクターを単発(シングル)モードに切り替えてトリガーを引く。目についた一人がYシャツに赤い染みを作って倒れた。
耳をつんざくような金切り声の悲鳴が上がる。その悲鳴を黙らせるように、美月はもう一発、今度は天井に向けて撃つ。悲鳴が止み、銃声だけが薄く木霊する。
「質問に答えて。影山総悟。ニッタミの経理をしているお前らがこの名前を知らないわけがないでしょう? 我来の背任行為、横領を見て見ぬ振り、あるいは率先して協力してきたお前らなら東京地検特捜部に目をつけられるということは、どのような意味を持つのかわかるはず」
「……そうだ。知っている」
美月はマスクの下で目を眇める。
「知っているってことは、我来のやっていることも見て見ぬふりをしてきたのね。あるいは率先して協力してたとか」
美月は質問に答えた一人に銃口を向ける。
「わ、私は違う! 知らなかった! 無関係よ!」
「……無関係? 無関係なわけないでしょう。お前達は我来臓一の関係者だ。それだけで十分関係している。抵抗しようが無抵抗だろうが知ったことではない。ニッタミの人間は全員、私の敵だ」
美月、セレクターをフルオートに切り替える。
「そんな……理由になってない!」
「そう理由なんか無い。お前らを殺すのに理由なんか必要ない。どうせあなたたちみんな、それなりの生命保険に入ってるんでしょ。ならそれでいいじゃない。理由も無くわたしに殺されてよ」
そう言うと、美月のライフルが主の憤怒を代弁するかのように咆哮した。
フロアの外、階段の踊り場で夕夜は待機していた。部屋の中から轟く銃声にもそれが当たり前のことのように驚くことは無かった。
銃声が轟いてしばらくした後、美月は事務所から退出してきた。
「気は済んだか」
夕夜が問う。
美月は何も答えることはなかった。無言で二人は再び階段を駆け上り始めた。
その同時刻。ニッタミ本社社屋正門。
二体の鋼鉄の一つ目の巨人が、鉄屑の山の上で首をもたげ、その紅い一つ目を怪しく煌めかせていた。社屋正面に控えていた敵部隊の〈モビーディック〉の残骸の山だ。鉄屑の中に粉砕された肉片と血潮とオイルがないまぜになっている。その鋼鉄の屍山血河の中、血とオイルの中に〈赤のモビーディック〉も頭部に大穴を穿たれて膝から崩れ落ちている。
キリカの〈キュクロプス〉が構えるバレット・XM109ペイロードの銃口は頭部を粉砕された〈赤のモビーディック〉に向けられたままだった。
「やっぱり、こいつもナノマシン打ってたみたいだな。頭ふっ飛ばしたら素直に死んでくれた」
「いや、普通頭ふっ飛ばせばナノマシン関係無く死ぬからな」
対策を把握し、それを実行可能な状況なら対処は容易い。念の為、キリカ達は他の〈モビーディック〉の頭部を粉砕して回る。
「ほんと、こいつら何がどうなってんだよ……」
既に死体となった敵を更に破壊するという行為に、さしものキリカもテンションは下がっていた。
「さて、俺達の次の仕事場は地下だったな」
言って村木はキリカと共にニッタミ社屋正面玄関へと向かうと〈キュクロプス〉の前部装甲を開放し、〈キュクロプス〉を脱いだ。ここから先は〈キュクロプス〉を着装したままでは社屋内部に侵入することは不可能だった。
「それじゃ私は退路を確保しとくね。それと途中で足止め喰らってた三係と四係ももうすぐ来るって。もうちょっと待機したら?」
〈キュクロプス〉と〈モビーディック〉の戦闘による流れ弾から逃れるために、トレーラーに退避していた葵が顔を出した。
「だが急いでやらねえと上のガキ二人がしんどいことになるからな」
「そうだぜ。」
そう言って二人は〈キュクロプス〉のキャリーアームに保持させていたマグプルマサダとそのマガジンを抱えてエントランスへと侵入していった。階段の方を見やると、美月と夕夜の仕業と思しき傭兵達の死体が転がっている。
二人はその死体がある方とは逆、地下に潜る下りの階段を駆け下りていった。
現在ビル全体が電波暗室となっており物理的な有線によるネットワークも遮断されている。朝海の仕事場をこじ開けるのが二人の役割だった。
ライフルを構え警戒を保ったまま、階段を降りていく。目的は地下四階ニッタミ本社サーバールーム。
その途中、地下三階に差し掛かったところでキリカは足を止めた。
「どうした?」村木が訊ねる。
「いや、このフロアってマップには資料室ってあんだろ? でも見てみろよ、資料室って言えるか?」
キリカはそのフロアに足を踏み入れ、周りを見渡す。そこは資料室というよりも、医療施設と称した方が正しかった。死を彷彿とさせる寒々しい不気味な空気に満ちている。
「居酒屋の新メニューを開発してるようにも見えねえなあ」
「気になるが、寄り道してる暇はないぞ」
そう言って村木達は再び階段を降りると目的のサーバールームに辿り着いた。セキュリティ認証の扉を「ほれ、マスタキーだ」とキリカがマグプルマサダで粉砕しこじ開ける。
サーバールーム内はけたたましい機械の駆動音で満ちていた。サーバーを冷却するためのファンとサーバールームそのものを冷却するための空調の音である。
「えーっと、こういうとこにはサーバーを直接操作するためのラップトップがあるって朝海言ってたよな」
サーバーの盗難防止用のラックの鍵をナイフでこじ開けながら、目的の物を探す。「お、これかな」と目当てのラップトップ型の端末を見つけ出した。キリカはラックを引き出し、ラップトップを開く。
「どうだ? いけそうか?」横から村木が覗き込みながら訊ねる。
「わかんねえけど、朝海の教えてくれた通りにやればいけんじゃん?」
端末を開くとログインパスワードを求める画面が表示される。朝海謹製のメモリを刺すとパスワードを安々と突破することができた。次に文字とインジケータしか表示されない黒い画面、CUI画面が表示される。コンピュータに明るくない二人からすれば目眩がしそうな画面っだが、ここでの作業は朝海の指示した手順通りにコマンドを打ち込むだけだ。
キリカの視界の片隅でメモアプリが起動し、朝海が記した手順書が投影される。キリカはその手順書に従って端末のキーを叩いていった。
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