Final chapter Tower of qliphoth ④

 ニッタミ本社社屋、社長室。

 リモートでも済むような部下からの報告を、我来はわざわざ自分の目の前に呼び寄せて行わせていた。そうでなければ、心が込もっていない仕事だなどと我来は癇癪を起こすからだ。

「田淵氏の消息はどうなっている」

 我来は報告にやってきた職員を職務机の前に立たせ訊ねる。その様子はまるで詰問のようでもあった。

「トレーサビリティを解析したところ、長野県から一旦豊洲へ移動し、その後に千葉県市川市に入った形跡を最後に途絶えています。場所は市内郊外の工場跡地です……おそらくはもう……」

「……構わん」

 諦めのため息をつく。我来からすれば新型DAEかナノマシンユーザーのどちらかを手にすることが出来れば十分に上等と言えた。これらを手に入れるために田淵を『勉強会』に推薦するなどと唆したのだが、当の本人が消えても我来からすれば何ら痛手にならない。むしろ『勉強会』幹部に執り成す手間が省けた。

 問題はこの後のものだ。

「そして先日から白拍子も消息が途絶えております」

 職員の報告に我来は目を眇める。その目に職員は怖気づいた。

 信頼を寄せていた者から裏切りを受けるなど、これまで一度は二度では無い。

 だが、我来は本気で端金で白拍子を飼えるという考えだった。ニッタミのための、そして我来臓一のための、果てはこの日本という国家のための働きとなるのだ。働き甲斐というものを考えれば、これ以上のものはないはず。だというのに何故……と我来は本気で疑問としていた。

「……奪った新型DAE二機の解析状況はどうなっている」

「構造解析とシステムのハック、そしてフンセン・ノルとソク・ヘンによる慣熟作業を同時に進行しています。システムに関してはひとまずあの二人が装着し稼働出来るまでには至っております。ただシステムを完全に掌握するには至っておりませんので性能や機能をフルに活かすのは難しいと思われます。ですが、そうであってもこの新型DAEによってもたらされる戦力は、運用コンセプトに大きな違いはありますが第一世代型と比較しても遥かに凌駕しています。装着者があの二人であれば、現時点でも十分に心強い戦力と見なすことは可能です」

 今の説明には虚偽こそ無いものの、幾分かの誇張が含まれている。状況は正直に申し奉れば我来の罵声が飛んでくる程度の進捗でしかなかったからだ。

 そして職員は我来の機嫌を損ねなように、不安げな目で言葉を続ける。

「二機の内どちらかを完全に解体すれば、より早く構造トシステム解析作業を進められます。それに万が一、システム内にブービートラップでも仕掛けられているという可能性も……」

「駄目だ駄目だ! 解体してしまっては再び組み上げるまでにまた時間がかかるだろうが。その内にシマダから報復を受けたら、どう迎撃するつもりだ。考えてものを言え!」

「申し訳ありません」と謝罪するも、職員はじゃあどうすればいいんだよ、と胸の内で毒づく。そして次の伝達事項を口にするが非常に億劫になった。だがこの伝達事項を伝えなければ、今度は下から自分が突き上げを喰らうことになる。

「これは技術班からの要望なのですが、その……『懇親会』は中止にして欲しいとのことです。敵は、シマダ武装警備は必ず懇親会を開催する日に襲撃を仕掛けると思われます。それまでにあの二機のDAEの解析作業の進捗に保証はできないと……差し出がましいようですが、私も……

「二階堂氏も来るのだぞ! 今更取り止めなどできん!」

 元厚労大臣、二階堂康稔。ナノマシン治験を強行した張本人。我来は定期的に日頃昵懇としているVIPとの懇親会を開催し、その蜜月関係を深めていた。無論、この懇親会では我来が、またはVIP同士がオフレコでの談話を繰り広げており、マスコミや部外者を完全にシャットアウトした〝防音室〟として重宝されている。二階堂に、ひいては『勉強会』上層部の自分に対する評価を上げるには絶好の機会である。二階堂のスケジュールも余裕は無く、次いつ『懇親会』に招待できたものかわかったものではない。

「『懇親会』は予定通り行う。なぁに、その日にシマダが報復にやってくるのであれば、その時は私が奴らを打ち倒す〝ショー〟にすれば良い」

 我来は近いであろう内閣解散を機に参議院議員を辞職し、衆院選に立候補するつもりでいた。

 閣僚入りのためである。

 日本に、国家に対し叛意を含んでいる輩共を目の前で打ち倒せば、『勉強会』内部でも我来の地位は向上するだろう。

 シマダ武装警備の報復部隊が返り討ちにされる様を見せつければ、それが我来の力の誇示となる。そうして『勉強会』内での支持を集めいずれは総裁選へ、というのが我来の皮算用である。

 だがそれとはまた別に、日本という政権とニッタミの威光に唾を吐くシマダという連中が、ニッタミの力によって打倒され、無様に這いつくばる姿を見てみたいという昏い欲望も我来の中には秘められていた。『懇親会』に参加する面々も大いに楽しめるものとなるだろう。


 ニッタミ本社強襲任務。

 この日のブリーフィングには最も広い大会議室で行われている。というのも、今回の任務では長期出張から帰還した機動強襲課三係〈ガルムチーム〉と四係〈バーゲストチーム〉も満を持して参加することになったからだ。

〈ガルムチーム〉と〈バーゲストチーム〉のメンバーが会議室に姿を現していた。

 三係〈ガルムチーム〉、リーダーの〈ガルム1〉天野椿をはじめとした〈ガルム2〉桐山、〈ガルム3〉半田、〈ガルム4〉村上。

 四係〈バーゲストチーム〉、リーダーの〈バーゲスト1〉瀬賀、〈バーゲスト2〉木城、〈バーゲスト3〉蜂須賀、〈バーゲスト4〉天海。

 機動強襲課の面々が勢揃いということになった。

「あらあら、久しぶりですね。影山さん」

「お久しぶりです、天野さん」

 大会議室に向かう道すがら、美月は天野椿と出くわした。ゆるいウェーブの関わった栗色の髪が揺れ、柔和な笑みが美月に向けられる。一見、傭兵には到底見えない優しげな女性ではあったが、元航空自衛隊基地警備隊一等空尉という屈強な経歴の持ち主だ。人は見かけでは分からないものだ、と美月は天野に会う度にそう思った。そしてシマダ武装警備に所属している傭兵に違わず、彼女もまたそれなりの過去を引きずっている。

「辛島のことについては、残念だったな」

 二人の元にもう一人の男が歩み寄ってきた。

 瀬賀。四係〈バーゲストチーム〉のリーダー。髪を後ろに撫で付けサングラスを嵌めたスーツ姿はそれだけで威圧感を放っていた。

 元警視庁警備部警備課、いわゆるSP。それが彼の経歴である。

「では、これよりブリーフィングを開始する」

 いつもの如く久槻が壇上でマイクを持ち、守口がホロスクリーンを操作して画面表示を切り替えていく。

 任務はニッタミ本社強襲。目的は強奪されたDAE二機の奪還または破壊、そしてそれらにまつわるデータの破壊。

 日時は二日後。そしてこの日はニッタミでは『懇親会』なる催し物が開催されることになっていた。

 部隊は三台のトレーラーでニッタミ本社へ向かう。トレーラーで運搬されるのは〈サーベラスチーム〉、〈ガルムチーム〉、〈バーゲストチーム〉。トレーラーを運転するのは〈フェンリルチーム〉である。

「おそらく敵もこちらの襲撃を予測し、対策をしていると思われる。また、ニッタミ本社へ向かう道中でも何かしらの妨害も予測される。本社突入と制圧は〈サーベラスチーム〉が行う。各員、なんとしてでもこの四人をあの伏魔殿に押し込め」

 村木が挙手する。

「敵とは何と定義するか。その敵への対処はどうする?」

 羽田がマイクを手にし、立ち上がる。

「今回の僕達の目的は、あくまで『強奪された新型DAE二機の奪還あるいは破壊と、それらに纏わる情報の抹消』だ。情報の形はデータか人間かは問わない。言ってる意味わかるかな?」

 羽田の言わんとする事を理解できない者も、それに戸惑い躊躇する者も皆無だった。

 次に朝海がマイクを持つ。

「情報部主任の雪村です。サーバーに保存されているであろう新型DAEのデータは我々情報部が対応します。ですが、現在、ニッタミ本社社屋へのネットワークは断絶されています。そのため〈サーベラスチーム〉にはこのネットワークを強制的に開放する作業を行う必要があります。後ほどレクチャーを行います。 また、おそらく電波暗室化も施されてニッタミ側が使用する特定のパルス以外の無線通信は不可能であると思われます。留意してください」

「それと〈サーベラス4〉、影山美月」

 久槻が美月に視線を向ける。

「〈シンデレラアンバー〉の開発責任者ノーマン博士からの通達だ。〈シンデレラアンバー〉のリミッター解除機能を解禁したそうだ。後ほど確認しておくように」

 美月の目が鋭く細まる。この時を待ち望んでいたかのように。

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