Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑩

「わ、私はただ、ニッタミの我来さんに招かれてあの場にいただけだ」

「わぁすごい、尋問の最初の一言がそれって中々真似できないよ」

 シマダ武装警備社屋の地下。一般の社員では入ることの出来ないセキュリティレベルを敷かれたフロアに、その部屋はあった。

 窓の無い完全防音の電波暗室。早い話が尋問室である。

 田淵は尋問用の座席に両手両脚を拘束されていた。両手は座席の肘掛けに縛り付けられている。身じろぎ一つ出来ない。

 対峙し田淵に尋問を行うのは役員陣の三人、羽田、久槻、樺地である。その傍らには朝海の姿もあった。田淵の背後には四人の護衛を務めているのか、葵が腕を組んで田淵の後頭部を汚物でも見るかのように見下している。

 三人はじっと田淵を睨めつけている。その鋭い視線を決して外そうとはしない。一方の朝海は持ち込んだラップトップの端末をじっと見つめていた。自分を陥れ、危険な目に遭わせた張本人に一瞥もくれていない。

「さて田淵、予め言っておくが既にこちらでも情報は手に入れてある。ここ最近立て続けに発生した同業者からの妨害、そして雪村情報主任の拉致、亀石重工とシュナメールの企て、その一連の状況の犯人は貴様であり、貴様の飼い主がニッタミであることも把握済みだ」

 樺地が冷たく言い放つ。まるで裁判官が被疑者に極刑を言い渡すかのように。

「とはいえ、それだけでは知り足りないこともあってな。調査することも可能だが、当事者に直接訊いた方が手っ取り早いと思ってな」

「君は自分が痛めつけられてもダンマリを決め込めるほどの根性の持ち主とは思えないけど、一応は君がおしゃべりしたくなるような材料は用意してある」

 言って羽田は朝海に目配せする。その視線に気付いた朝海は端末のキーボードを叩く。

「君がちょっかいかけたウチのお姫様、とってもおかんむりなようでね。意趣返しをしたいようなんだよねー」

 三人の背後、田淵に見える位置の壁にホロスクリーンが立ち上がる。

 スクリーンに映し出されたのはエレベーター内の監視カメラの映像だった。一人の女性と二人の女児が乗っている。三人とも表情に不安を露わにしている。このエレベーターの内装は田淵もよく知るものだった。毎日乗っている自宅タワーマンションのエレベーターだ。

「何をしている……?」

 田淵が震えた声で訊ねる。

「このエレベーター、停まっちゃってるんだよねえ。もちろん故障とかでもなんでもなく、雪村さんがちょちょいと魔法の呪文をね、君とその家族が住むお高いマンションにかけたようなんだ」

 マンション管理システムへのクラッキング。朝海ならこの程度の芸当、片手間で済むものだ。

「ちなみにあのエレベーターは現在地上二十五階にある。まぁ落ちたら駄目っぽいよねー。もちろん緊急停止システムなんか動くはずもない。雪村さんがそれくらいの腕利きなのは、君も知っての通りでしょ?」

「貴様らぁ!」

 田淵は青白かった顔をみるみるうちに紅潮させ、身悶えする。

「田淵信治郎、ここから先は慎重に言葉を選ぶことをおすすめするよ。少しでも雪村さんがおむずかりになるようなことを言えば、どうなるか……僕たちを陥れるなんてアホなことをやらかした君でも、それぐらいの想像力はあるでしょ? ちゃんと大学は出たんでしょ、しっかり四年間で。それぐらいのオツムがあるなら変なことは言わないと思うけど」

「田淵、子供は三人だったはずだが。しかしよくもまぁこのご時世に三人も作れたな。それだけの経済力を……いや、他人様を騙くらかしてきた結果か? それともただの発情した猿か?」

 樺地が蔑むような目。

「そういえば田淵、お前は以前自分の著書で『子供は複数作ることがリスク分散になる』とか巫山戯たことを書いていたな。つまりそれはこういう事態を想定してのことか? 子を持つ親としては考えられんな」

 久槻の突き刺すような視線。

「良かったじゃん田淵さん、ここで二人死んでもまだ一人残るね。しっかりリスク分散できてるじゃないか」

 羽田の嘲笑うような目。弓なりに細まるが、その奥底の瞳は決して笑っていない。

「狂っているぞ、貴様ら……!」

「ようやく気づいたの?」

 羽田が蔑むように乾いた笑みを田淵に向ける。

「……なぁ久槻。お前ならわかってくれるだろ? 同じ娘を持った父親じゃないか」

「同じ娘を持った父親だからこそ、尚更貴様の所業は理解できん」

 縋るように田淵は目と言葉を向けるが、すぐに久槻は切って捨てた。

 朝海といえば、先程からラップトップを前にして退屈そうにデスクの上で指を踊らせている。おそらく、あとはエンターキーを押すだけで事は済むようにしているのだろう。

 相変わらず朝海は一瞥たりとも田淵に目をくれていなかった。そのことが田淵をより一層怯懦させる。

「さて、僕たちと小洒落たトークを楽しんでくれる気にはなった? まず確認したいことがある。今回の君のやらかしに親会社は何ら関与していない。そう見ていいんだね? 確かに親会社が僕らを嵌めても何らメリットは無い。だがそれは会社全体の意向という面からの話だ。親会社の島田機械の中にも田淵さんのような個人での裏切り者はいないとは限らない。もし存在しているなら、そいつが誰か教えて欲しいんだけどなー」

「い、いない……親会社の連中と今回の私の行動は無関係だ……!」

「林、お前何指が好き?」

 樺地の質問に、田淵の背後に立つ葵はポケットからラジオペンチを取り出した。

「強いて言うなら小指でしょうかね」

 樺地が田淵の方へ顎をしゃくる。

 葵が拘束されている田淵の元へ歩み寄る。右手を押さえつけると、その小指にペンチをあてがった。

「やめろやめろやめろ! 私は嘘を言ってない! こんな真似許されると思ってるのか!!」

 ごきり、と砕ける音。

「あ、爪だけのつもりがうっかり指ごとやっちゃったー」

「スアンさん、ペース早すぎー。もたないよー?」と羽田

「ごめんなさーい」

 小指の先を粉砕される激痛に悶える横で、羽田達は苦笑する。

「さてもう一度訊こう。島田機械に裏切り者はいないんだね?」

「い、いないって! いないって言ってるだろうがぁ!!」

 三人がお互いを見合わせる。

「これ、向こうの誰に報告しておいたほうがいい?」と羽田。

「この様子だと本当にシロだろう。あちらの中でいらぬ疑念を植え付けたくない。報告はしなくてもいいだろう。林、念の為もう一本くらいやっといてくれ」

 樺地が再び顎をしゃくる。

「アイマム」

 その後は最早、助かりたい一心で田淵は洗いざらい全てを吐いた。だが全て真実を話しているというのに、羽田達は田淵を痛めつける。本当のことを吐いているというのに。ならば、と再びいらぬ欲が湧く。苦痛に慣れ始めたところで、再びシマダを貶めるための算段が頭をよぎる。

 しかし、そのようにようやく苦痛に慣れたと思えた途端に治癒が施された。これで助かると安堵感を得たと思いきや再び拷問が始まる。決して苦痛に慣れさせない。慣れれば耐えられてしまうからだ。

 羽田はこの手の作業については、そして拷問にかけている人間がどのようなことを考えているのかについては手に取るように把握していた。この手の技能は昔取った杵柄というものだった。人体をどの程度痛めつけても精神を錯乱させないか、その瀬戸際を羽田は心得ていた。

 そうしてどれほどの時間が経過したのだろうか。樺地と久槻は「煙草が吸いたい」ということで、しばしの休憩が差し挟まれる。羽田は田淵の供述をまとめているのか、端末のキーを叩いていた。葵と言えば、つまらなそうに大きく口を開けて欠伸をしている。だが決して田淵に向けている敵意を緩めることは無い。

 気がつけばホロスクリーンは閉じられている。朝海はラップトップをつまらなさそうに見つめているだけだった。

 妻と子供達はどうなった? 田淵は朦朧とした意識の中で疑問に思う。だが朝海に訊ねようとはしなかった。下手に触れれば家族に手を出されかねないと考えたからだ。

「邪魔するぞー!!」

 ドアが勢い良く蹴り開けられたのはその時だった。煙草を吸い終わった久槻と樺地と一緒にキリカと夕夜が尋問室に入り込んできた。どういうわけか野球のユニフォームを着込んでいる。

「君達、昨日の今日で草野球なんか行ってたの?」羽田が苦笑する。

「そうですね。やっぱり調子悪くて、俺は四打数一安打でした」

 夕夜はバットをかけている肩をすくめてみせた。

 デーゲームだったのか、ご丁寧に夕夜の目の下には眩しさを緩和するためのアイブラックが塗られている。

「親会社の草野球チームが人数足らないっていうんで、助っ人よ。こうやって貸し作っとくのも悪くはないだろ? あぁそれと、島田機械の磯貝さんが謝罪に来たよ。『田淵みたいな糞野郎を寄越してしまってほんとすまない』ってさ」

 言いながら、キリカは左手の外野手用グラブで椅子に拘束されている田淵の禿頭をはたく。

 羽田達三人は互いに顔を見合わすと、

「磯貝さんがか……なら、親会社はシロで決定だな。後ほど改めて連絡は来ると思うけど」

 羽田が結論を下した。

「マジもんの土下座だった。しかもわざわざグラウンドの土のところに移動してまで」

 からからとキリカが笑う。

「本当に? 見たかったなぁ、磯貝さんの土下座」

 羽田も一緒に笑みを浮かべる。

「それでさ、今日四打数三安打三打点の大活躍だったんだけどよー、最後の打席でシングルヒット打てばサイクルヒットだったてのに、相手ピッチャー空気読まずに敬遠なんかしてきやがってさ」

 キリカは夕夜からバットケースを受け取ると、中から金属バットを取り出す。硬球用のそれは見事に芯の部分だけが薄く汚れていた。

「ってなわけでさ。おい、田淵。野球やろうぜぃ。ウチらバッターで、お前がボールな。お前ボールっぽい頭してるし」

「は?」と呆ける田淵の頭をキリカはバットで振り抜いた。骨を打ち付ける音とともに、田淵は床に叩きつけられ昏倒した。

 ちょうど田淵の頭はインコースに位置していた。四番バッター楔キリカの肘を折りたたんだコンパクトなスイングは田淵を気絶させるだけに留めた。実際の野球ならばセンター返しのシングルヒットであっただろう。サイクルヒット達成である。

「ナーイバッチ」

 葵が手を叩く。

 昏倒した田淵の顔をキリカが覗き込む。意識が薄れつつある田淵にキリカが告げた。

「九回の裏ツーアウトからの同点打だ。延長戦タイブレークといこうぜ。まだアタシ達は負けてねえぞ……!」

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