Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑨

 不安定な山道を駆け抜けながら、美月はコンバットキャップの上に備えていた暗視スコープを装着する。

 暗視スコープのグリーンを基調とした視界の中に田淵の姿を捉えた。

 戦闘訓練で何度も山の上り下りをしてきた美月が、オフィスで椅子を尻で磨くことしかしてこなかった田淵に追いつくのはすぐだった。だがそのすぐの猶予すら惜しい。

 田淵の背中を遮る物が無くなり射線が開くと、美月はその場に立ち止まり膝立ちになって射撃体勢を取る。H&K XM8・sharpshooterの銃口が田淵の背後を捉えると、トリガーを絞った。乾いた銃声と共に放たれた銃弾は田淵の右脚ふくらはぎをぶち抜いた。田淵は下り坂に顔面から転倒した。

 痛みにもんどり打つ田淵に追いつく。

 田淵も美月がすぐ傍まで近寄ってきたことを感じ取ると、仰向けに寝返ると同時に護身用と思しき小型拳銃を美月へと向けた。だがその手は美月に通じるわけもなく、すぐさま田淵の脚の銃創をつま先で蹴り突く。猿のような田淵の悲鳴が上がる。

 美月はそのまま田淵の銃槍を踏みつけ脚に体重を乗せながら、XM8を突き付けた。

「お久しぶりです。田淵役員。長野の高原で避暑とは良い御身分ですね。でももうバカンスって季節でも無いでしょう」

 右足の鉄板入りのブーツで銃創を踏みにじりながら、左足を背中に乗せる。

 それでも田淵はまだ抵抗を見せていた。未だにハンドガンを手放さないので、美月はその手を撃つ。何本かの指とともにハンドガンが吹き飛んでいった。再び田淵が猿のような悲鳴を上げる。念には念をと、美月はもう片方の左足もついでに撃っておく。

「いちいちそんなに耳障りな声挙げないでくださいよ。急所は全部外してますから死ぬことはないですから安心してください」

 だからと、言葉を続ける。可憐だが一切の感情が込められていない美月の声。

「跪いてください。出来の良いその頭、まだ吹き飛ばしたくないので」

 XM8の銃口で田淵の青白い禿頭を突き回す。それでもまだ田淵は屈服していないようで、懲りずに身じろぎする。

「いい大学出たんですよね。慶応でしたっけ、東大でしたっけ。それぐらいの頭あるなら一回で人の言うことを理解できるんじゃないです……」

 かっ、と同時に田淵の後頭部を鉄板を仕込んだブーツのヒールで、彼の尊厳もろとも踏みにじる。痛みに悶える悲鳴が泣き声に変わった。

 諦めたか。そう判断して美月は田淵の確保を通信で報告しようとした。その時だった。

「お、お前影山だったな……。そうか思い出したぞ……影山……影山総悟の……む、娘だな……」

 美月の手が止まる。身体中が熱を発していく。努めて冷静さを保っていた思考が怒りに支配されてしまっていく。

「お、おおかた父親が殺された復讐をしたくてシマダに入ったのだろうが……そう考える時点で低能なんだよ……。お前達は我来さんに……ひ、ひいては日本という国に楯突いた……。ざ、残念だったな。お前達はもうおしまいだ……奪ったDAEももうニッタミのものだ……」

 呼吸が早くなる。周りの音が遠くなる。視界が狭くなる。

「お前の父親もお前と似て愚かだったよ……。禁止されているナノマシンの研究開発の再開の摘発……本人は正義感でやったつもりだったようだが……何が正義かを決めるのは、も、もう司法じゃないんだよ! たかが一介の検事ごときが国に楯突くとは」

 この期に及んでぺらぺらよく回る口を、美月は殴り飛ばして黙らせた。

 唇が切れて血まみれになった田淵の顔をもう一度殴りつけてから、美月は馬乗りになりさらに殴りつける。何度も何度も。歯を折り、鼻を折る。歯に当たった拳が切れてもその手を止めない。何度も何度も。何度も。

 何回が殴りつけたところで、美月の拳が掴まれ止められた。

「はーい美月ちゃんそこまでー。痛めつけるのは別の人の仕事だよー?」

 美月の拳を止めたのは葵だった。すぐ傍には自分達が乗り付けてきたオフロードタイプの四WDも停まってる。

 いつのまに……と目を丸くした美月の額を、葵がデコピンで弾いた。

「いったぁ……」

「駄目だぞ美月ちゃん、私が近づいてきたのも気づかなかったでしょ。もし敵が接近してきたらどうするの?」

「……すみません」

「まぁ殴りたくなる気持ちもわからなくはないけどねー。田淵あんたさ、美月ちゃんに酷いこと言ったでしょ。楽しみにしててね。尋問、私も参加することになってるから」

 言って葵は田淵の頭を踵で踏みにじる。

「ほらさっさとその馬鹿乗せてずらかりましょ……って両足撃っちゃったの? んもう、しょうがないなあ!」

 手っ取り早く田淵の首根っこを引っ掴み後部座席へ叩き込んだ。

「〈フェンリル2〉から各位! ブツは積荷に乗せた! ズラかるよ!」

『こちら〈フェンリル1〉、〈フェンリル4〉とともに徒歩で戦闘領域から離脱する。後で田淵の馬鹿の顔を拝ませてくれ』

 三条からの通信。ミクスによるマップ表示でも三条と千葉を示す光点が戦闘領域外へ一目散に移動しているのが見えた。

 残るは〈サーベラス3〉の夕夜だけである。

「先輩早く……!」


「俺に構わず先に行ってくれ!」

『お前それ言いたいだけじゃねえだろうな!』

 夕夜が通信で先に仲間に離脱を促すと、キリカの怒声が返ってきた。

『……必ず帰ってこいよ!』

 その通信の後に、網膜投影されているマップ上に明滅する離脱用4WDを示す光点が戦闘領域から離れていく。

「タフ過ぎんにも程があるだろうが……!」

 重機関銃の火線を回避しながら、夕夜はマスクの下で零す。こちらは敵から奪ったミニgナンを何発か命中させ装甲も貫いているはずだが、どういうわけか敵は未だに顕在だ。敵〈モビーディック〉は怯むどころか、さらに激情したようで攻撃の手を緩めない。

 夕夜は壁の隅に追い詰められていた。

 フンセンはこれでトドメとでも言うように、再びM2を掲げる。再び唸り出し銃口から火を吹き始めた。

 だがその銃弾の瀑布を夕夜は飛び上がることで回避した。

「うおおおおぉぉぉっ!」

 そしてそのまま壁を駆け上がり始めた。

 無茶苦茶な……。〈モビーディック〉のマスクの内側でフンセンが驚愕する。

 夕夜、天井付近にまで到達すると壁を強く蹴り飛翔する。牽制目的にファイアボールを一挺抜き、乱射。無論、これでもダメージを与えられないことは把握済みだ。吹き抜けの上、一階部分のエントランスの高さまで到達すると、夕夜は落下防止のための柵を強く蹴り、再度飛翔。吹き抜けを〈黒瞥〉が舞う。その三次元機動に、フンセンの照準は定まらずM2の銃火が緩む。自分が相手をしているのは忍者か、とフンセンは焦りと驚異に歯噛みする。

 その隙を夕夜は見逃さなかった。壁から天井へ飛び上がり、さらに天井を強く蹴るとフンセンの背後に着地する。

 フンセンが夕夜を認識に遅れが生じる。そしてそれが致命となった。

 夕夜のその手が光って唸る。

 身を捻り、腰の入った貫手が深々と〈モビーディック〉の背中に突き刺さり、そして土手っ腹へと貫いた。


「だってよ! 出せ出せ出せ!!」

 合流してきたキリカと村木が4WDの荷台に乗り込むと、キリカが喚き始めた。

「うっさいわかってる!」

 葵はアクセルを踏み込む。エンジンが吠え、タイヤがわななく。ほとんど飛び降りるような形で4WDが山の斜面を駆け下りていく。当然、舗装されているはずもなく美月達は激しく揺さぶられる。後部座席に横たわっている田淵もそこかしこに頭をぶつけていた。二、三分ほどの絶叫マシン体験の後に、国道と思しき舗装された車道に前面バンパーを擦りながらタッチダウンした。

「〈フェンリル2〉から〈HQ〉へ、戦闘領域からの離脱に成功……。背中いたぁい。ねぇ、みんな大丈夫?」

「なんとか……」

 村木が他のメンバーの無事を確認すると、代表して答える。

 全員が網膜上に投影されているマップを確認した。三条と千葉も既に戦闘領域外へと離脱済み。夕夜も猛スピードでこちらに向かってきているのがわかった。

「てめえはなに気持ちよく伸びてんだよ、アホ」

 キリカが鉄板入りのブーツで気を失っている田淵の頭を蹴っ飛ばした。

『こちら〈HQ〉、ランデブーポイントを指定する。そこへ向かってくれ。他のメンバーも無事に戦闘領域を離脱したそうだ。よくやった』

 そして、指揮官である久槻は言葉を続ける。

『田淵信次郎、貴様には積もる山程ある。楽しみにしていろ』

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