Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑧

 夕夜はM2の銃撃を回避しながら状況を整理する。

 護衛に〈モビーディック〉がついていたことは想定外であった。この山の中で第一世代型を動かすほうがどうかしている。

 田淵を引き連れた敵〈モビーディック〉は控えていた三条と千葉を振り切り、森林の方へと向かっていった。行く先には国道があり、そこならより遠くへの逃走がしやすいのだろう。だが、そこには〈サーベラスチーム〉の三人が待ち構えている。

 生身の傭兵達は三条と千葉の二人で十分に対処できると判断。むしろ、二人に合流すれば眼の前の敵〈モビーディック〉も追跡してくるだろう。そうなれば、三条と千葉に危険が及ぶ。

「手っ取り早く済ませるぞ。〈黒瞥〉……!」

 床に着地すると同時に夕夜は支援AIに音声で指示し、左腕を構える。戦闘用義手(バイオニックアーム)。

《ヴァイブロアーム起動。高周波振動伝導開始》

 愛する女性と同じ音声。〈黒瞥〉のAIのボイスは朝海が吹き替えたものだ。通信音声と聞き分けがつかなくなるから止めろと再三言っていたが、どういうわけか今では頼もしく思えた。

 その支援AI〈黒(ヘイ)〉が夕夜のやらんとすることをオートで判断する。

 左腕の戦闘用義手の指先を覆うカバーが解かれ、ブレード状になっている指先が露わとなる。高周波振動が伝導されることによりブレードの鋼が反応しエメラルドグリーンの輝きが灯る。夕夜のその左手が光り唸り始めた。

 夕夜、XM214マイクロガンを構える敵〈モビーディック〉へ突進。マイクロガンによる迎撃を当たり前のことのように回避しながら左腕を掲げ敵へ襲いかかった。

 左手、エメラルドグリーンに煌めく爪を突き立て、掻き毟る。高周波ブレードの指先が装甲を穿つ。

 だが浅い。中の装着者には届いていない。マスクの下で夕夜は小さく舌打ちをする。

 もう一撃。敵〈モビーディック〉の脇に素早く潜り込むと、左手を今度は貫手の形にし、槍のように突き刺す。〈モビーディック〉の装甲ごと装着者を撃ち貫いた。ブレード状の指先には赤い血が滴り、高周波で弾けていった。

 高周波ブレード。夕夜の新たな義手の指先に仕込まれたギミックである。

 高周波による超振動が分子間結合を強固にし刃の強度を高め、逆に高周波超振動を帯びた刃に触れた物体は分子間結合力が弱められるため切断能力は極限にまで高められる。夕夜の左手の前では分厚い装甲の〈モビーディック〉など豆腐同然となっていた。

 最初に現れた〈モビーディック〉がM2重機関銃を向け銃撃。

 夕夜はヴァイブロアームの左手で目の前の敵〈モビーディック〉の肩を指先がめり込む程の握力で掴み上げ盾とする。夕夜に襲いかかる銃弾は盾となった敵〈モビーディック〉が全て受けた。掴んでいた敵〈モビーディック〉から完全に力が抜ける。

 夕夜、盾にした敵〈モビーディック〉を捨てる。さすがに重量が嵩んで盾にするには取り回しもし辛い。そして敵が取り落としたマイクロガンを取り上げ腰だめに構える。

〈黒瞥〉と〈モビーディック〉が銃口を向け合う形となった。

〈黒瞥〉の見るものを威圧する鋭いカメラアイと〈モビーディック〉の精悍さを伺えるカメラアイの視線がぶつかり合う。

 けたたましい銃声のエコーと緊張を孕んだ沈黙が満ちた後、敵〈モビーディック〉がじれたように聞き慣れない言語で喚いていた。おそらく、あの敵も田淵を追いたくて仕方ないのだろう。

「何言ってんだ、あいつ」

《キルジナ語です。翻訳を……》

「やらなくていい。どのみち、この場で殺してやるからな」

 支援AI〈黒(ヘイ)〉の提案を拒否する。ということは、あいつが我来が雇ったキルジナ人の傭兵二人の内のどちらかか。夕夜は高周波に輝くブレード状の中指を立てて挑発する。

「おいそこの土人。日本に来たら日本語喋れ。それとも何か? こう言えばわかるか? Beat it, son of a bitch.(失せろ、クソ野郎)」

 どうやら英語はわかるらしく、敵〈モビーディック〉は激しく憤慨しているようで、また何かを喚いている。

「猿がDAE(おもちゃ)貰って随分楽しそうだなおい! 遊んでやるからかかってきな!」

 けたたましい大口径の咆哮が二重に轟き始めた。


「異動して初めての仕事だ。そうでなくちゃ面白くなくねえ」

「やだよー。俺仕事は簡単ですぐ済ませられる方が良いんだがよー」

 不敵に笑みを浮かべるキリカと心底嫌そうにげんなりとする村木。 二人を尻目に美月は自分の武装のセイフティを解く。

 夕夜と三条からの通信、そして網膜に投影されているマップと移動する光点から状況認識を終えたキリカは咥えていたアメリカンスピリットを吐き捨てると、山火事にならなようにしっかり踏みにじって火を消す。

「確認だけどよ、田淵のハゲは生きたまま捕まえられりゃいいんだろ?」

「個人的には足の二、三本を折ってやろうと思ってるところだ」

 キリカの質問に村木が答える。

 網膜投影されているマップを移動する光点が自分達の現在位置に近づいてくると同時に、DAEの杭を打つような重機とも思える足音が響いてくる。

「DAE!」

 村木が叫ぶと同時に、村木とキリカはマグプルマサダを、美月はマークスマンライフル・H&K XM8・sharpshooterをフルオートで発砲する。

 三つのライフルの火線が〈モビーディック〉と田淵を襲う。〈モビーディック〉の装甲が盾となるが、銃撃に恐れ慄いている田淵は足手まといにしかならない。

〈モビーディック〉は田淵を突き飛ばした。つんのめる田淵。困惑し助けを懇願する目を〈モビーディック〉へ向けるが「GO! GO! GO!」と〈モビーディック〉が怒鳴ると、一目散に山道を駆け下りていく。

「逃がすかよ、クソハゲ!」

 キリカが逃走する田淵の背中にマグプルマサダを向ける。が、前方に〈モビーディック〉のタックルが迫っていた。後方に飛び退る。代わりに村木と美月が田淵を照準に捉えるが、〈モビーディック〉のミニガンの銃撃が阻む。二人はすぐにその場に伏せ、銃撃を回避。

 遠ざかっていく田淵の足音に村木は舌打ちをしながら、忌々しげに目の前の敵〈モビーディック〉に銃口を向けた。

 だが〈モビーディック〉の装甲の前ではアサルトライフルは如何せん火力不足であった。跳弾の音が虚しい。

 すぐに反撃のミニガンによる掃射が三人に襲いかかる。三人は大樹にカバーリングに回避。だが銃撃が容赦なく樹々を抉っていく。大口径のNATO弾の前では樹々を盾にするにはあまりに心もとない。

 銃声の方向から村木は〈モビーディック〉の銃撃がこちらに向いていないと判断。遮蔽物から身を出し攻撃。だが〈モビーディック〉はすぐさま村木へ銃口を向ける。村木は攻撃を中断し、闇の中に伏せて退避する。頭上をNATO弾が飛び去っていった。

「気が狂いそうだ……!」

 剃りたてのスキンヘッドに浮き出た嫌な汗を拭いながら村木が零す。こんな至近距離での撃ち合いなど、あっという間に精神が削がれてくる。

「バカスカバカスカ、アホみたいに撃ちまくりやがってうるせえな! キリカなんとかできねえか!?」

「私が黙らせます! 手伝ってください!」

「おうよ!」

 キリカは美月の意図をすぐに汲み取る。カバーリングしていた大樹からわずかに身を晒し、敵〈モビーディック〉へ銃撃。

 目論見通り、敵〈モビーディック〉の意識とミニガンの銃口がキリカに向く。すぐに身を潜めやり過ごす。

 美月、マークスマンライフル・H&K XM8・sharpshooterを直立姿勢で構える。スコープで精密に照準し発砲。

 ぎんっ、という弾ける金属音。敵は装甲が銃撃を弾いたと判断したのか、何ら気にする素振りを見せなかった。だがすぐに驚きに脇を振り向く。

 美月の狙いはミニガンの給弾ベルトだった。装弾されるはずの銃弾が散逸し、あっという間に弾切れとなったミニガンがカタカタと音を立てた。

 美月のその超絶技巧にキリカは「ヒュウッ」と口を鳴らして称賛すると、腰を低くしてモビーディックに対して突撃する。

「てめぇの相手はこのアタシだぁぁ!」

 逆袈裟に振り上げられるグルカナイフの刃の腕部の装甲で受ける敵〈モビーディック〉。

「行け! 美月!」

 村木が叫ぶと同時に美月が駆け出し、田淵の背中を追い始めた。モビーディックの意識が一瞬、美月へと向かう。


 敵〈モビーディック〉の装着者は美月のその顔に見覚えがあった。

〈モビーディック〉装着者、ソク・ノルは確かに交錯する少女の姿、美月のその顔を視認した。

 コンバットキャップを被っているが、その少女の顔に既知を覚えた。

 新宿で道に迷っていた自分を助けてくれた親切な少女。

 まさか。いや見間違いだ。

 その逡巡をキリカが容赦無く突く。可動域を確保するための装甲の隙間、首の根本目掛けてのグルカナイフの刺突。

 ソク、飛び込んでくる刃をキリカと共に張り倒す。

 今は目の前の状況に集中しなければ。ソクは自分にそう言い聞かせる。

 だがなぜ、あの時の少女がこんなところにいる。なぜこんなところで銃を構えている。なぜ傭兵などをしているのだ。そんな疑問がソクの集中力を引っ掻き、ノイズを生み出していた。

 元々DAEは市街戦を想定している一方で、山岳地帯や野戦はあまり考慮されていない。システム側による多少の補正は行えるが、ソクが駆る〈モビーディック〉にはそのためのソフトウェアは導入されていなかった。

 故に足回りが斜面に捕られ、機動性が損なわれていた。

 そしてその隙をキリカは容赦なく突いていく。

 グルカナイフを手に突進するキリカ。ソクは物言わなくなったミニガンを放り、腰のハードポイントに保持していたバトルアクスを構える。キリカの斬撃をバトルアクスで受ける。反撃に移ろうとバトルアクスを掲げる。だがその途中で傍の樹々にバトルアクスの峰がぶつかる。わずかに意識が削がれる。

「ばぁ〜〜か!! 死ね!!!」

 キリカが軽業師のように飛び掛かる。全体重を乗せたグルカナイフの刺突。狙いは〈モビーディック〉のバトルアクスを掲げた肘関節内側。

 ソク、僅かに身を捩る。キリカの刺突は狙いから逸れ〈モビーディック〉の上腕部装甲を小突くだけに終わる。ソクの反撃。もう片方の腕でキリカを薙ぎ払った。

 湿った地面に叩きつけられるキリカ。だが受け身を取りすぐに起き上がった。

「無茶するな!」

 村木がバレットを発砲しながら、キリカを下がらせる。

「無茶しなきゃ勝てないだろうがよ!」

 キリカは衣服に付着した土を軽く払いながら言葉を続ける。

「〈モビーディック〉の腕は大したもんだが、こういうとこで動かすのは不慣れなみたいだな、え?」

 キリカの言葉にわずかに反応を見せるが、敵〈モビーディック〉は黙っていた。無視するというよりも、言葉が通じていない様子だった。

 キリカは口にする言語を英語に切り替えてみせた。

「日本語通じないのか。まぁどうでもいいや。恨むんならてめえの雇い主を恨みな。こんなとこでそんなモビーディック(木偶の坊)をあてがうような無能な上司をよ」

「You! Bastard!(貴様!)」

「お? ようやく反応したか。上司馬鹿にされてキレたって感じか。雇い主ってもしかしてやっぱ我来か? ってかお前、我来が雇っているキルジナ人の片割れだろ。そっちの情報も漏れてんだぞ、間抜けめ」

 キルジナという単語にわずかに反応した。キリカは嗜虐的な笑みを浮かべる。

「はるばる日本まで来てこんな仕事しに来たのかよ。もっとまともな仕事あんだろ。。山ん中でDAEなんざ使いものにならねえって、中学生のクソオタクでも知ってるようなことだぞ。それともお前の雇い主はそんなこともわかんねえくらいアホなのか? 可愛そうになぁ、雇い主の頭悪いとこんな酷い案件も受けなきゃならんのか。同情するね。それとも何か? 偉大なる我来臓一様のためなら喜んで使い潰されましょうってか」

 安っぽい挑発だとわかっている。それでも〈モビーディック〉のマスクの下でソクの顔はみるみる内に紅潮し、怒りに打ち震えた。

 我来臓一は困窮していた自分達キルジナ人を救ってくれた。家族に教育を授けてくれた。自分達に仕事を与えてくれた。彼には返しても返しきれぬ大恩がある。

 それを、目の前の戦うことでしか生きられないような獣のような女が侮辱している。ソクにとっては、それはどんなことよりも許しがたいことだった。

「我来はキルジナを援助してくれったって? てめえのガキに飯を食わせてくれたってか? 使い潰す奴隷が欲しかっただけじゃねえか。あとは下らねえ承認欲求満たして自慰行為(オナニー)したかっただけだろ。とんだド変態だな、おい。なあ、どんな気分だよ教えてくれよ。自分のガキでマスかかれた気分はよぉ!?」

「貴様! 殺してやる!!」

「死ぬのはお前だ、脳足りん」

 キリカが前方を指差す。

 ソクは背後を振り返り、自らの迂闊さを呪った。

 ごつん、という嫌な感覚が装甲越しにソクに伝わる。バレットの銃口が背面に突きつけられた。接射体勢だ。

 村木はこの瞬間を待っていた。念の為に持ってきておいた対DAE用装備の出番だ。

「なぁ、キルジナ語で『間抜け』って何て言うんだ? 教えてくれよ、クソキルジナ人の間抜け野郎」

 答える間も与えずバレットの咆哮が森林に轟いた。

 

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