Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑦

 長野県東御市。ニッタミ傘下である学校法人『清勝館学園』の湯の丸高原合宿施設に田淵は潜伏していた。

 普段は清勝館学園の部活動などで利用される合宿所ではあるが、今では田淵をもてなすホテルと化していた。

 入り口から入って右側には教職員と用務員の控室があり、左手のグランドピアノの奥は地下階にある食堂まで吹き抜けとなっている。

 学生の合宿所では考えられないことに、食堂にはいくつもの高価な酒瓶と色とりどりの酒のアテが並べられている

 別の場所から持ってこさせたソファに痩せぎすの禿頭の男が、ミクスで通話をしていた。

 田淵信治郎である。

「これで島田機械もシマダ武装警備も株価と顧客の信頼を落とすでしょう」

 通話の相手は我来臓一だった。

「ところで強奪したDAEの解析情報は如何です? はぁ……それは面倒なことに……なるほど、それに裏打ちされた技術力の高さを確かめられた……そういう考え方もできますね。そして、その高い技術も今では先生の手中に収められたということに……。全く連中め、こういう技術で以て日本国に貢献すればいいものを。それで先生、例の件、是非ともよろしくお願いしますよ。私を『勉強会』の一員へ推薦してくれるという……そうですね、ほとぼりが冷めるまでは、ということですね。承知しております。しかし潜伏場所としてこのような素晴らしい場所を提供していただいて……感謝してもしきれないとはこのことです。はい、それでは……」

 通信を切ると、田淵はソファに深く座りスプリングに身を沈めて、深く息をついた。天井を見上げれば、シーリングファンがゆったりと回っていた。

 田淵はこの時、まさしく自分の人生に春が訪れたことを実感し、そして噛み締めていた。

 ナノマシンユーザーを拉致することは叶わなかったが、それでも田淵の所業はニッタミへの大いなる貢献と言えた。

 奪取した第二世代型DAEのリバースエンジニアリングが完了すれば、シマダ武装警備の戦力的優位性は消失する。いささか手こずってはいるようだが、それも時間の問題だろう。

 そうなれば、忌々しいシマダ武装警備も消え失せる。思えばあそこは国家に対し簡単に首を斜めに振らないろくでなしどもの巣窟だった。消えるのは当然の道理だ。あんな連中、まっとうな日本人ではない。日本で暮らす権利などない。惨たらしく無様に死んで当たり前の連中だ。

 シマダが失せたその後釜に座るのはニッタミになる。そして自分は『勉強会』の一員、国家の運営者の一員というトップクラスの権力を手に入れられる。

 これから待ち受ける約束された己の未来に、田淵は口の端を釣り上がらせる。嫌らしく下卑た笑み。

 施設のセキュリティは既に全て解除されたことも知らずに。


『こちら〈ミストレス〉、合宿所のホームセクレタリーのルート権限は既に乗っ取り済み。セキュリティを解除……これでおーけー。どうかな?』

 鬱蒼と生い茂る草木の合間に月光によって人影が縁取られている。夜間装備に身を包んだシマダの傭兵達が慎重にその草木から顔をわずかに出す。

「こちら〈サーベラス1〉、了解した。これより作戦行動を開始する」

 草木から僅かにスキンヘッドを出した村木の声はどこか合成音声のような不自然さがあった。その目の部分には暗視スコープが装着されている。

 この場にいる〈サーベラスチーム〉、〈フェンリルチーム〉の面々の喉元にはチョーカー状の咽頭マイクが装備されている。島田機械謹製のものだ。喉の振動を直接伝えることで明瞭な音声で通信を行う従来の機能に加え、口腔を開かずに紡いだくぐもった音声でも内蔵されたソフトウェアが解析し伝えようとした本来の音声に補正される代物だ。

 村木の背後には同じくチョーカー型咽頭マイクと暗視スコープを装備した美月とキリカの姿があった。

「ちょっと、おい夕夜はどこにいるんだ」

「俺はここだ」

 月の光すらも飲み込むほどの黒の人影が、ぬっと前に出る。

「まだジャマー起動させるなって言ったろ。まるで見えねえぞ」

「まだだよ。ちょっと待ってろ」

《サーベラス3、黒瞥はこれよりステルスシステムをフル稼働させます。各位、同士討ち(フレンドリーファイア)に細心の注意を払ってください》

〈黒瞥〉によるAI音声が通信で部隊全体に通達する。 」

 暗視スコープを装着したキリカが周囲を見渡すが、視界に映る人影は生身の人員しかいない。

「ここだ」

 夕夜の声と共に、闇にシルエットを縁取るような淡い赤の光が迸る。〈黒瞥〉をようやく視認できた。〈黒瞥〉に備わったフレンドリーファイア防止用の発光機能である。全身を縁取る赤の光の筋は、まるで脈動する血管のようでもあった。

「ほい村木さん、これ」

 夕夜は〈黒瞥〉の背部キャリーアームに保持させていたバレット・M82を村木に手渡す。生身の歩兵が抱えて登山するにはいささか重量があり、嵩張るのでDAEを装着している夕夜に持たせていたのだ。村木は渡されたバレットをスリングで吊る。

「よし、では手筈通り〈サーベラス3〉、夕夜お前が先行しろ」

「了解」

 村木の指示に応えると、〈黒瞥〉が発光を止め再び闇と一つになる。

《ジャマー、アクティベート》

 ついに暗視スコープからも〈黒瞥〉の姿が消失する。

 闇と一体となりヒトの目から逃れ、ジャマーにより機械の目を欺く。夜間戦闘におけるステルス性。それが〈黒瞥〉の本懐である。

 単身、夕夜は正面から合宿所に乗り込んでいく。ジャマーと同時に消音機能も起動しており、駆動音はおろか僅かなメカノイズさえ立たない。舗装された道路を鎧姿の存在が歩いていても無音だった。

〈黒瞥〉の全身は最も黒い黒とされるベンタブラックで塗装されている。美月は肉眼でよくよく目を凝らす。確かに今、夕夜が存在するであろう空間には夜よりも濃い黒の人影があることは見えるが、これを一瞥しただけで敵と判断するのは不可能だ。『すぐそこに敵が存在している』と意識を警戒させていても並の兵士では不意の一撃を凌げるのは、ほぼ不可能だろう。

 正面玄関には二人の傭兵が立っていた。夕夜はその内の一人の背後に回り込む。敵の口を手で押さえ込み、マット塗装されたナイフで喉を突き刺し音も無く仕留める。絶命し脱力した敵の遺体を静かに横たわらせた。

 すぐにもう一人の敵も同じように手を掛ける。二人とも自分が何をされたか認識しないまま殺害された。

『いいぞ』

 聞こえやすいように補正された夕夜の声が通信に乗る。〈サーベラスチーム〉他三名も、極力音を立てないようにそっと茂みから身を出した。

 夕夜が先行し内部へ侵入。大仰な鎧姿が動いているにも関わらず、耳に入る物音はドアが開かれる時のそれだけだった。

『内部に侵入成功。田淵のバカの声が聞こえる。前々から思ってたけどあいつの声ほんと耳障りだよな。死ねばいいのに』

 合宿所のエントランスの照明は少なかった。右手の職員が控えるであろう部屋も今は灯りが点いておらず誰もいない。好都合だ、だが油断はすまいと夕夜はマスクの中乾いた唇を舐める。

 田淵の声はエントランスから左手、地下階の吹き抜けから聞こえてきた。大声で愉快そうに会話している。田淵の護衛と思しき四人の傭兵も確認できたが誰も田淵の会話に参加している様子は無く、食事にありついていた。田淵はミクスで通話していた。内容からして相手はおそらく、我来かそれに近しい者だろう。

〈サーベラスチーム〉三名は正面玄関傍に潜み、〈フェンリルチーム〉の三条と千葉は合宿所全面ガラス張りの食堂の窓の前に広がる庭に控える。林は離脱用の車輌で戦闘領域外で待機していた。

「〈サーベラス3〉、田淵が一人になりそうな気配はあるか?」

 村木が訊ねる。

『ないですね。トイレは食堂のすぐ傍にありますし、誰かしら護衛が常に田淵に目配せしてます。あの護衛、食事を摂ってる奴と摂って無い奴がいますね。摂ってる奴は休憩中なんでしょう。酒は入れてないみたいです。変なところでしっかりしてるな……』

 視界上には3Dマップが網膜投影されている。朝海が事前に入手した合宿所の見取り図から書き起こされたものだ。田淵が孤立しそうな場といえばトイレくらいだが、そこからの侵入と撤退も難しいと判断する。

 田淵が就寝するまで待つか。だが長時間待機できるほど〈黒瞥〉はバッテリーを持っていない。

 戦闘は避けられないか。村木は判断し、その旨を他のメンバーにも伝える。

 夕夜は田淵の身柄奪還のプランを説明する。吹き抜けから飛び降り、瞬時に護衛を排除。田淵の身柄を確保し、食堂の全面に貼られた窓ガラスを突き破って前庭方面へ撤退。前庭で待機している三条と千葉が夕夜の逃走を援護。

 至極単純なものだ。だが単純故に段取りをしやすく、不意の状況にも対応を行いやすい。

「了解した。それじゃ〈サーベラスチーム〉は〈フェンリルチーム〉の背後に控える。退路の確保はまかせろ」

 村木達三人が移動を開始する。退路確保のためにマップにBと記された地点へ向かった。三条と千葉のさらに後方の森林の中だ。

「全員一応は対DAE戦が来ると思っておけ。嫌な予感がする」

「あいつら馬鹿だから、こんな山道ででかぶつ走らせそうだしな」

 村木の忠告にキリカが冗談を付け加えると、くすくすと小さく喉を鳴らす声が聞こえた。

 いい具合に緊張がほぐれたところで、夕夜が突入を宣言する。

『そんじゃカウントゼロと共に突入を開始します……』

 五つのカウントがゼロとなると同時に、夕夜は吹き抜けを飛び降りた。

 テーブルが砕け、食器類とグラス、酒瓶が砕けるけたたましい音と共に漆黒の鎧が田淵の目の前のテーブルに姿を現した。怪物の如き相貌が田淵を睨めつける。

「夜分遅くに失礼しますよ、田淵役員。随分と長い出張だそうで。予定よりも長引くならちゃんと連絡を入れてくれないと困りますよ。報連相くらいできるでしょう、偉いんだから。それとも何ですか? 俺達から逃げおおせたとお思いですか? 笑わせんなよクソハゲ」

 夕夜、両のファイアボールを瞬時に抜くと、周囲に存在していた護衛の傭兵達を手早く始末した。

 突如現れた〈黒瞥〉に田淵は驚きひっくり返り、そしてその〈黒瞥〉が護衛達を瞬殺したことに恐れ慄く。

 直後、夕夜の視界にアラート。敵性反応はDAE。

 厨房かあるいは搬入口と思しき扉から一体の〈モビーディック〉が猛然と突撃してきた。体当たりによって夕夜の身が弾き飛ばされる。受け身を取り、すぐに回避行動。

〈モビーディック〉の両手には二挺のM2重機関銃が抱えられている。大口径のNATO弾がばらまかれ、食堂の窓ガラスが全て砕け散った。

 夕夜は回避行動を続ける。その〈黒瞥〉の姿をM2の火線が追う。

 更にアラートが重なる。吹き抜けの上、一階部分から新たな〈モビーディック〉の姿。しかも二機だ。その手で構えられたミニガンで夕夜を銃撃する。合計四本の火線が夕夜を襲う。

 一階部分から現れた新たな二機の〈モビーディック〉が吹き抜けから食堂へと飛び降りる。再度、夕夜に向けて銃撃を続けながら、その内の一機が床に伏せて悲鳴を喚き散らしている田淵の手を取り、ガラスが全て砕け散った窓から外へと逃走する。

「くそっ! 田淵が前庭方面へ逃亡! 〈モビーディック〉が護衛についている!」


「ほんとに来やがった! こいつら予想を超える馬鹿だぞ!」

「連中、素人だからそんなことやるんでしょうよ! 敵〈モビーディック〉来ます!」

 前庭に控えていた三条が喚きながら迫りくる〈モビーディック〉へ向けアサルトライフル・マグプルマサダを向け銃撃。千葉もそれに続く。

 田淵の手を引いている〈モビーディック〉はミニガンを二人に向ける。三条と千葉は二手に分かれ伏せる。千葉の頭上をミニガンの銃撃がかすめていった。

 二人は仰向けに寝返り、田淵の背中に銃口を向ける。だが網膜投影によるアラート表示。追撃を止め、後退する。〈モビーディック〉がぶち破ってきた窓ガラスから、騒ぎを聞きつけた非番で控えていたであろう護衛の傭兵達が駆けつけ、二人に攻撃を開始する。

「田淵、敵〈モビーディック〉一体と共にB方面へと逃亡! 村木、そっちにいったぞ! 装備はミニガンだ!」

 三条が絶叫と共に傭兵達に対し反撃を開始した。


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