Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ⑥
「田淵信次郎。弊社の役員の一人〝だった〟この男が、亀石重工の件をはじめ我々を裏切り貶めた張本人だ」
大会議室のホロスクリーンに田淵の顔写真とプロファイリングが表示され、樺地による解説が行われていた。
石川県出身。田舎を出て輝かしい学歴から大手広告代理店に新卒で入社。これまた輝かしい業績を上げながら、所属する企業を転々とする。往く先々で活躍を続けてきたが、やってきたことは詐欺師スレスレのコンサルタントと炎上ビジネスでしかない。
そうしてビジネスマンとしては大物となった田淵は、自己顕示欲を満たすために今度は異なる業界へ華麗なる転身を図る。
だが、独自のネットワークが構築された戦闘産業には広告代理店が介入する領域はほとんど存在しなかった。今回、田淵がシマダ武装警備に役員として入り込んだのは、この戦闘産業に広告がつけ入る隙を作るという目論見があったのだろう。だが結局、彼は流儀も知識も理解できていないド素人というポジションに終わりを迎えつつあった。傭兵に広告など必要なかったのだ。「あなたの商売敵を狙撃します!」などとWEBサイトの広告バナーで貼り付けるわけにはいかない。
結局、シマダの人間から「お前は何しに来たんだ」と白眼視されるようになった。自身の得意分野を封じられた田淵は機動強襲課の任務に対し口出しをすることで自分の地位を保とうとしていた。思いつきの素人意見など現場の人間からすれば、邪魔でしかなかったが。
既婚。家族構成は妻と子供が三人。
それが今回、シマダ武装警備を陥れた者の正体だった。
推測される田淵がこのような行為に及んだ動機としては、経営においてもも田淵が軽く扱われていたこと。そのような扱いに不満を覚えていたこと。
だがそれ以上、政界進出も大きな動機の一つとして考えられた。元々、政界進出を目的としてシマダを踏み台にするつもりだったか、あるいは我来がシマダを貶めるために田淵をそそのかし、そこから田淵はよからぬ謀を思いついたのか。
「十中八九、我来の手引で『勉強会』の一員になってゆくゆくは政治屋ってキャリアを欲しがったんだろ」
田淵の存在がシマダ武装警備の牙城を突き崩す楔となっていたのだ。
「今回の事案は我々経営陣に過失と責任がある」
羽田が告げる。
「田淵のような存在を招き、その上放置していた。その結果、機密事項の一つである次世代型DAEを横奪され、そして何より辛島君をはじめとした優秀な人間達を死なせてしまった。申し訳ない」
最後に羽田は腰を折り、深く頭を下げた。
静寂がその場を支配した。
「羽田さん」
その静寂を破ったのは美月だった。
「頭を下げても辛島さんは戻ってきません。取り戻せるものも取り返せません」
刃のような言葉を並べ立てる。久槻も樺地も薄く苦悶の表情を浮かべる。頭を下げている羽田の顔は伺い知れない。
「指示を下さい。次にわたし達がするべきことを教えて下さい」
久槻はマイクを手に取り壇上に上がる。入れ替わるように羽田は奥に控えた。
いつものように薄い笑みを貼り付けていた顔は、今は少し陰りのようなものが見えた気がした。
「当座の我々の目的は田淵信治郎の身柄の奪還、次に横奪されたDAE〈ティーガーシュベルト〉、〈エアバスター〉の奪還、それが不可能であれば破壊となる。そして敵が持つそれらに纏わる全てのデータの抹消だ。奪還されたDAE、及びそのデータの在り処は田淵が把握していると予測される」
ホロスクリーンから田淵の表示が消える。
「ではこれより、田淵信治郎奪還ミッションのブリーフィングを始めよう。現在判明している情報は田淵の所在についてだ」
そして、ホロスクリーンには日本地図が表示された。長野県に光点が明滅するズームアップされ山奥に佇む建物と、その施設についてのWEBサイトが表示された。
「田淵信次郎は現在、長野県湯の丸高原にある『私立清勝館学園』の研修施設に身を潜めている。任務は至ってシンプルだ。〈フェンリルチーム〉、〈サーベラスチーム〉が急襲、田淵の身柄を確保。障害となる敵は全て排除しろ。田淵以外の生死は問わない」
清勝館学園。ニッタミが経営し我来臓一が理事長を務めている中高一貫の私立学校である。
三条が挙手する。
「敵とは何を定義していますか?」
「戦闘領域に存在する我々と田淵信次郎以外の存在だ」
「その施設の職員であっても?」
「対応は変わらない」
その久槻の言葉に、キリカは不敵な笑みを浮かべ、美月は目を眇める。他の者達も何かしらの反応を示していた。久槻の指示は即ち、人狩り(マンハント)である。
「次にこちらの戦力とその配備についてだが、その前にだ」
久槻が手に持つマイクを下げ、代わりに樺地がマイクを持ち立ち上がった。
「辛島宏樹の死亡により、人事異動を行うことになった。一係〈フェンリルチーム〉所属の楔キリカが本日付で二係〈サーベラスチーム〉へと異動する。コールサインは辛島のものを引き継ぎ〈サーベラス2〉となる。全員、留意しておくように」
樺地が目配せすると、久槻が説明を引き継いだ。
「続きだ。戦力配備については毎度の如く、〈フェンリルチーム〉と〈サーベラスチーム〉の出動となる。〈サーベラスチーム〉が施設に潜入、あるいは強襲の後に田淵の身柄を拘束、戦闘領域を離脱する。今回の目的はあくまで田淵の身柄だ。敵の殲滅では無い。突入を〈サーベラスチーム〉が担当。〈フェンリルチーム〉の三条と千葉はそれをバックアップ、林は車輌による退路の確保と離脱を担当」
「予想される敵戦力は?」
村木が挙手し質問する。
「申し訳ないが、不明としか言えない。今回の戦闘領域は山中であり、山岳地帯を不得手とする第一世代型DAEと遭遇する確率は低いと見ている。無論、敵DAEの配備は考慮しているが、あくまでそれは最悪のケースと踏んでいる。繰り返すが今回の目的はあくまで田淵信次郎の奪還だ。山中の行軍も考慮し、対DAE用の兵装は最小限とする。戦闘は最低限に控えろ」
ホロスクリーンに施設内の立体マップが表示される。DAEが動き回ることを考慮していない構造と広さだった。
「雪村主任も可能な限り協力する。既に施設内のホームセクレタリーをクラッキングし掌握済みとのことだ」
「奪われた〈ティーガーシュベルト〉と〈エアバスター〉を敵が持ち込んでくる可能性は?」
「無いとは言い切れない。雪村主任のよれば、この短時間でシステムをクラックし装着者が慣熟作業を終えるのは到底不可能とのことだ。可能性はゼロに近いが、万が一敵の手に落ちた〈ティーガーシュベルト〉及び〈エアバスター〉と遭遇したのであればミッションを中止し全力でその場から離脱しろ」
「しんどわね、これ」
葵がごちる。
「山ん中だからこっちも〈キュクロプス〉を持ち込むわけにもいかねえな」
キリカも言葉を続ける。
第一世代型DAEは市街戦を想定しており、山岳地帯や野道を不得意としている。山道を〈モビーディック〉や〈キュクロプス〉で駆けずり回れば整備を担当するエンジニアは卒倒する。
一応施設内部で敵DAEと遭遇する可能性も考慮はするが、山中を行軍する必要があるため、DAEに有効な重火器も重く嵩張るため持ち込むのも現実的ではない。有効打になりえる対物ライフルも
「寝ぼけているところをお邪魔してサクッと身柄確保としたいところなんだけど……」
「そうは問屋が卸さないだろうな」
葵と三条が予想されるままならさにぼやく。
「その通りだ。更に悪い話が続くが〈シンデレラアンバー〉も改修が続いているため使用できない。よって我々がこのミッションで使用できるのは〈黒瞥〉のみとなる」
「敵DAEがいたら、俺が相手をします」
夕夜の言葉に周囲の視線が彼を一瞥する。期待ではなく、信頼の視線だった。今の苦境もこの男なら乗り越えられるという信頼だ。
「今回は〈シンデレラアンバー〉は使用しないが……〈サーベラスチーム〉真崎夕夜及び影山美月、今後君たち二人はこれから短いスパンでDAEを連続で着用することが予測される。体力と精神力を激しく消耗するだろう。今のうちに十分に休息し体調を整えてほしい。不足するものがあれば忌憚なく要求してくれ。可能な限り対応しよう。私からは以上だ」
その日、東雲に夕夜の新しい義手を受領したついでに、羽田は美月と夕夜の二人をある場所へと連れ出した。
東京都台東区。根津神社と上野動物園にほど近いところに、そこは存在していた。
『私立清勝館学園』。
創立百年以上の伝統を誇るが、その歴史は恥の上塗りとも言うべきものだった。
かの夏目漱石の著書の中に登場する「雲運館」という学校のモデルにもされてはいるが、その中での評価は芳しくない。
四代に渡る創立者一族の経営もお粗末なものであり、経営破綻を機に教育事業への進出を図っていた我来の餌食となった。
その後も不祥事は続いた。英語教師によるTOFEL解答の流出とその責任を若手教員になすりつけた事案、敷地内での生徒が落下死する事故、理事長に就任した我来による教員と生徒に対する繰り返されるパワハラ、枚挙すれば暇は無い。
そのような学校が未だに存続していることは、それこそ不条理と言うべきものなのだろう。
「上野動物園に近いってことで、付いたあだ名は『動物園』ね。偏差値四十台の自称進学校の馬鹿学校。まぁ、生徒の連中を見れば確かに猿山って感じだわな」
清勝館学園の校舎を見上げながら、夕夜はそう呟いた。
日本の凡百の学校という場所は、安価な量産品を大量生産するための場所に過ぎない。
例えば習ってない漢字を書いてはいけない、習ってないやり方で算数の問題を解いてはいけない、という指導は児童たちの「質を均質に保つ」ためで、「質を均質に保つ」のは「量産品」を作るためで、 「量産品」を作るのは「替えが効く」ようにするためで、これは全部「替えが効く量産品的な労働力」を「安く買う」為にそうしてる。清勝館学園もその範疇から外れていない。むしろ最右翼と言えた。
美月と夕夜、そして羽田は清勝館学園の正門から少し外れた場所に佇んでいた。授業を終えて帰宅する生徒達は、物珍しそうに違う学校の制服姿とスーツ姿の三人の姿をじろじろと不躾に見ていた。美月の姿に下卑た視線を向ける男子生徒もいたが、傍らの夕夜が睨みを利かせるとすごすごと離れていく。
校門前にはいかにも風紀を取り締まりたくてたまらないといった風体のジャージ姿の体育教師が見張りに立っていた。制服の第一ボタンはしっかり締められているかを厳しく取り締まる一方で、いじめという単語のオブラートに包まれた学校内での犯罪行為には見て見ぬふりをする典型的な日本的教師だ。
その教師を挑発するかのように、夕夜は懐からショートホープのケースを取り出すと、その場で火をつけ紫煙を吹かせてみせた。信じられないものを見てしまったかのような表情を浮かべる教師。隣にスーツ姿の保護者と思しき人間がいるにも関わらず、未成年の喫煙という蛮行を見せつける夕夜にその教師は表情を紅潮させる。だが、決して注意をしに行くようなことはしなかった。その程度の胆力と責任感も無かったのだ。
「ところで羽田さん、なんでこんなところへ連れ出したんですか?」
ショートホープを咥えながら夕夜が訊ねる。
「この近くに美味しいお蕎麦屋さんがあるから、一緒にどうかなって。僕の奢りだよ。それとついでに敵情視察って感じ?」
二人の会話を他所に、美月は校舎をじっと睨めつけていた。憎悪と殺意に満ちた目で。ここの教師も、生徒も、職員も我来に与していると考えれば彼女にとっては廃滅すべき敵という範疇の中にあった。
その後、羽田に案内された蕎麦屋は名店と称されるところだった。中に柚子を練り込まれた蕎麦は風味豊かであり、また行きたいと思える美味しい店だった。
我来を殺した後に、だ。
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