Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ③

 銭湯で遭遇した白拍子から渡された鍵で開けたロッカーの中には記憶メディアが保管されていた。メモリやポータブルハードディスク。それらはすぐに情報部に持ち込まれた。

「『柊修司』、それが白拍子の本名か」

「そして、ナノマシン治験事故の消息不明になっている生き残りか……」

 翌日には朝海によって白拍子から渡されたデータの解析は完了していた。彼女を中心に役員三人と新たにキリカを加えた〈サーベラスチーム〉がホロスクリーンを囲んでいた。

「あの破茶滅茶な身体能力と戦闘能力はナノマシンによるものだったんだね」と羽田。

「『オフィオコルディケプ』」

 ホロスクリーンに表示された文字列を久槻は小さく口に出して読む。

「検索でヒットしたよ。寄生菌の一種『タイワンアリタケ』の学名だ。アリに寄生しゾンビ化させるって奴らしい。怖い怖い」と羽田がミクスを操作する。

「それがニッタミが開発している新型ナノマシンのコードネームか」

「マジでゾンビだったのかよ……」

 久槻が零し、夕夜はげんなりとした表情を浮かべて零す。新たに楔キリカを迎えた〈サーベラスチーム〉の四人は〈紫のモビーディック〉の姿を思い返していた。胸に大穴を穿たれたにも関わらず立ち向かってきたあの姿は、本当にゾンビのようであった。

 そして解析されたデータの中には実際にこのナノマシンの臨床実験の結果も存在していた。つまり人体実験の結果である。このナノマシンは実際に使用されたということだ。

「千原姉の自爆はこの新型ナノマシンの存在を隠匿するためのものだったのか」

 ホロスクリーンに表示された文字列を久槻は小さく口に出して読む。

 この日、朝海によって白拍子から渡されたデータの解析が行われていた。彼女を中心に役員三人と新たにキリカを加えた〈サーベラスチーム〉がホロスクリーンを囲んでいた。

「心臓ぶち抜かれても、まだ生かすナノマシン。えげつないにも程があるぞ……」

 樺地が目を眇める。

「我来って『死ぬまで働け』だのって常々のたまってたよな。これじゃ本当に死ぬまで働かされるってことじゃねえか」

 村木が吐き捨てる。

「死ぬまでっていうか、死んでも働かされるって感じだな」とキリカ。

「それを我来が研究開発させてるってことは……」

「まぁ、そういうことなんだろうな……」

「日本政府がこの新型ナノマシンの研究開発を主導している、という見方もできるな。我来は『勉強会』の一員だし、現総理大臣とも昵懇だろうしな」久槻が続ける。

「新型ナノマシンの研究開発費を我来はニッタミの資産を私的に流用した分で充てがわれていた。その背任行為を捜査していた東京地検特捜部、影山総悟は政府主導による違法ナノマシンの存在を知ってしまい……」

「そして、殺されてしまった」

 だんっ、と大きな音。美月が壁を強く叩いていた。伏せた顔は前髪で覗えない。だが真一文字に結んだ唇が彼女の静かな憤怒を表していた。そんな彼女を宥めるかのように、キリカは美月の頭に優しく手を置いた。

「他にもまだまだデータはありますよ。ほら、こんなファイルなんか」

 朝海が端末を操作すると、ホロスクリーンに二つのウィンドウが表示された。二人の人物の顔写真と来歴だった。

『フンセン・ノル』、『ソク・ヘン』と名が記されている。

「あ? なんだこいつら?」キリカがホロスクリーンを覗き込み訝しむ。

「キルジナ人とあるな……待て、動かすな」

 次のファイルを開こうとした朝海を村木が制止する。

「こいつら、コンバットコントラクターだ。我来のお付きの傭兵だぞ」

 全員がホロスクリーンを注視した。

「ニッタミは戦闘プロパイダ業に参入する話もあったよね。この二人はニッタミに雇われているのかな?」朝海が疑問を呈する?

「あるいは正式に社員としての扱いを受けているのか。おっと、これまでの経歴も書いてるあるな」

 どれどれ、と夕夜が画面を覗き込む。

「シリア、東ティモール、チベット国境、インドとパキスタン、中南米、そしてキルジナ……この世の果てをフルコースで渡り歩いてきたような経歴だな」

「現場でどういう働きをしてきたかまでは把握できないが、この二人、相当の手練と見るべきだろう」

 村木の認識にその場にいる全員も同意した。

「そして、お待ちかねの田淵のトレーサビリティについては、これを見て」

 朝海が最後のファイルを開く。そこには田淵がいつどこで交通機関を利用したか、金銭取引を行ったかのログが表示されていた。何物かの手によって削除される前の生のログである。無論、ログ解析に疎い者には詳細を読み解くことはできない。

「で、これが読み解きやすく編集したもの。ここを見て」

 朝海が端末を操作し、別のファイルを呼び出すと、ある箇所を指し示した。田淵の最後の異動を示すログはあるニッタミの施設のホームセクレタリーのものだった。

「奴は長野のいるのか!」

 樺地は声を荒げるが、それを諌めるように羽田が差し挟む。

「問題は白拍子から提供されたこのデータが事実かどうかってことだよね」

「だが、今の私達にはその真偽を確かめる術が無い」

 久槻が言う。これまで敵対していた白拍子という存在から提供されたデータなど、まず疑って見て然るべきのものだ。

「ですが、その真偽を確かめている時間も私達には無いはずです」

 毅然とした語気で美月が言い放つ。「だよな」とキリカもそれに同意を示した。この場で足踏みをしていたら、田淵は再び行方をくらますだろう。そうでなくとも、目的の場所がニッタミの施設であれば何かしらの手掛かりは存在する。

「虎穴に入らずんば、って奴だよね」

 言いながら、羽田はその場にいる者達の決意を確認するように視線を巡らす。〈サーベラスチーム〉の四人は「さっさと指示をくれ」とでも言いたそうな目をしていた

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