Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet.

Chapter 4 It's pay back time with blood and bullet. ①

「宇春ちゃんはさ、神様っていると思う?」

 やおら白拍子が尋ねた。

「いえ。神なんて存在しないと思います」

 断言する宇春。

「それはなんでそう思うの? 共産主義国生まれだからって答えは無しで」

「神が実在していれば、こんな世界の有様を許さないと思います」

「なるほどなるほど。つまり宇春ちゃんは、神様を『救世主』ではなく『罪を罰する者』として定義しているのかな?」

「えっと……」

 宇春は口ごもる。白拍子が何を言わんとしているのかを理解しかねていた。

 都内某所。寂れた小さなビルのワンフロア。白拍子の拠点は一目を避けるように入り組んだ路地の奥にあった。

 白拍子は洗面台で髭を剃り身支度をしていた。いつも着けている能面は傍に置かれ、今は素顔を晒している。洗面台には鏡も無く、電灯も点いていないため、後ろで宇春からは白拍子の素顔を覗うことはできなかったが。

「『救世主』として定義し、人類全体無いし個人に幸福をもたらした神様は確かに存在しない。なぜなら神様とは……自ら罰を求める人間が『罰する者』として生み出した被造物……装置(システム)に過ぎないのだから。これは古今東西、八百万に共通する要素だよ」

 例えば、と白拍子は言葉を続ける。

「豊穣をもたらす神様ってよくいるよね。掃いて捨てるほど。でもそれはよくよく考えたら、『神たる己を祭らないと不作にするぞ』って脅しをかけてるとは思えないかな?」

「罰する者……人間が自ら罰を求める……」

 努めて理解しようとし、その言葉を飲み下そうと宇春は白拍子の言ったことを反芻する。

「人間は他者を憎んで、妬んで、盗んで、殺して、犯す生き物だ。だけどその一方で悲しいかな、それらの悪行や悪徳をちゃんと悪として認識する理性も持ち合わせている。だから人間は自分達が悪であることを否定できない。自分達を罰したくてたまらない。だけど、人間は同じ人間を罰することはできない。まぁ時たま、自分は人間を罰する者として調子ぶっこいた馬鹿は現れたけど、その末路は想像に難くないよね……えーっとタオル……タオルどこー?」

 タオルを探し求める白拍子のその後ろ手に宇春はタオルを手渡した。

「ありがと。でだ、出来上がった神様は人間の要求通り人間を救わない。人間の望み通り、人間を悪として扱い、罰を下す装置(システム)となった」

 化粧水をぺたぺたと塗りながら言葉を続ける。

「宇春ちゃん、『俺』は……神になろうと思うんだ」

 いきなり大それたことを言ってのけた白拍子に、宇春は目を丸くした。

「人が人を裁くなんて大それたこと……とか思うかい? でもね、考えてごらん」

 そうしていつもの能面を着ける。

「今の『俺』は、ヒトを超越した存在だ。ただのどこにでもいる男がナノマシンによってヒトを超える力を手に入れた。今の『俺』は『被造物』……『システム』に他ならないよね」

 確かに今、目の前に佇む男は他者を罰する正当な理由を持ち合わせている。

 ナノマシン。その禁断の果実を口にするには、まだ技術も倫理も拙く、そして何よりヒトという種そのものはあまりに幼かった。

「さて、そのためにはまず自らを神様であると勘違いしてるどっかの馬鹿どもに罰を下さないとね!」

 ぐるん、と白拍子が振り返り、能面を宇春に向ける。

「さぁ宇春ちゃん! 今日も一日、元気もりもり!! メメントモリ!!!」


「検死の結果が出たぞ。やはりあのホトケは辛島のものだった」

 シマダ武装警備の産業医、倉持がタブレット端末をデスクの上に滑らせて羽田、久槻、そして樺地へ寄越した。

 亀石重工の一件から数日後、シマダ武装警備社屋の前に一つの小さなコンテナが放置されていた。

 中身はバラバラに切断された人体。第一発見者は委託されたビル管理業者の者。最初に警察ではなくシマダの警備課に通報したのは好判断と言えよう。

 遺体は状況から見て、辛島のものであることは明らかだった。

 羽田はタブレットをスワイプしていく。両脇から久槻と樺地がそれを覗き込む。表皮には明らかに拷問の後と思しき傷が無数に浮き出ていた。羽田と久槻は業務柄見慣れたものだが、樺地だけはやはり見るに耐えないのか何度か目を背き、深く溜息を吐く。

「無理しなくてもいいんだよ」

「いや、私にも確認する義務がある」

 羽田の提案を、脂汗を額に浮き出しながらも樺地は断った。

「手ひどくいたぶられたみたいだな。各部の切断創だが……生活反応があった」

 生物の死体に損壊等があった場合、それが生存中に加えられたものなのか、あるいは死後に加えられたものなのかを判断するものだ。生活反応は生存中の生物にしか発生しない。

 つまり辛島は生きたまま切り刻まれたことがわかる。

「お前らが相手している連中はとんでもない人でなしなようだな」

 倉持が吐き捨てる。

「そうだね」

 羽田はさも当然の如く答える。

「そんな連中の相手に子供二人も巻き込んでいるのか」

「そうだね」

 堪えきれなくなったのか、樺地は立ち上がり「すまない」と一言断ると足早に退出していった。残った三人は樺地の背中を見送る。

「辛島、ああ見えてかなりの頑固者で根性もあったが、この様子では何かしらの情報漏洩があったと考えるべきだろう」

「そう思いたくは無いんだけどねぇ……。何も喋らなかったから、こんな酷いことをされた。彼の名誉のためにはそう考えたいんだけど」

「俺もそうだ。部下を信じたい。だが希望的観測は禁物だ。仮に辛島が口を割らなかったとしても、あの二機のDAEは敵の手に渡ったと見ていいだろう」

「雪村さんが構築したシステムが骨子(カーネル)部分まで簡単に破られるとは思えないけど……まぁ、システムの全容を把握しなくとも動かすだけなら無理くりにでもやりようはあるからね」

 基本的に第二世代型にのみならずDAEには基本的に使用するユーザーは定められておりロックがかけられている。特に島田機械、島田技研、及びシマダ武装警備の最新独自技術、機密の塊である第二世代型DAEにかけられたロックは朝海による特注品だ。そう安々とリバースエンジニアリングされることは無いだろう。

 だが、辛島が口を割っても割っていたくとも、第二世代型DAEという機密がニッタミに解析されるのは時間の問題だろう。

 事は急く必要があった。久槻と羽田はそう結論を下した。

「お前達傭兵はメンタル図太いから基本暇してんだけどよ、たまに仕事が入ったと思ったら検死だ」

 倉持が溜息と共に口を開いた。

「しんどいんだよ。こんな酷いホトケをでかい病院に解剖の依頼出す事務手続きやら何やらも……。たまには風邪薬だけ出すような仕事もくれ。もう誰も死なすんじゃねえぞ。特に子供の検死なんざごめんだからな」

 そう言って倉持は部屋から退出していった。

 廊下に出た倉持は女子トイレからすすり泣く女の声を耳にした。


 そしてその翌日、実働部全体のミーティングが行われた。最も大きい大会議室には実働部所属の人間がほぼ全員集結していた。私服の強襲課と警備服姿の警備課の人間が長デスクに三人ずつ座っている。

 先日の亀石重工の件についての報告だった。壇上に立つ羽田が辛島、他三名が死亡したことを告げる。驚くような声もざわめきも無かった。皆、既に覚悟はしている。この稼業に就けば遅かれ早かれ誰かが、あるいは自分が姿を消していくことは覚悟の上だった。

「機動強襲課の任務への度重なる妨害を防ぐことも出来ず彼らを危機に陥らせ、このような結果をもたらしてしまったことは一重に僕達の責任だ。弁解の余地は無い。だがその前に、警備課の但馬正弘、小山内昴、福浦啓治、そして機動強襲課の辛島宏樹に哀悼の意を示したい。黙祷」

 その場にいた全員が瞼と唇を瞑った

 やりきれなさに堪らず、深く吐かれる息がいくつか聞こえた。

 黙祷を終えると、久槻から事の始末が説明された。

「機動強襲課の任務の最中に狙い澄ましたかのように妨害が現れ、先日に至ってはこちらの内情を把握していたと思われる虚偽の依頼があったことから、我々を陥れた者は内部の関係者であると推測されている」

 久槻の言葉に会議室がやおら騒がしくなる。久槻はわざとらしい芝居かかった咳払いをし、それを黙らせる。

「混乱させる意図は無いのでここで明言しておく。今この場にいる弊社の人間、及び情報部の潔白は既に証明されている。目下、情報部と第三者によるチームを結成し調査にあたっている」

「情報部主任の雪村です。座ったままで失礼します。我々に依頼した赤十字関連のNGOはシロと言っていいですね。ウラも取れました。詳細はこちらのファイルを確認してください」

 言いながら朝海が端末を操作する。全社員がアクセス可能なファイルサーバーに置かれたファイルをマウスポインタで指し示した。ファイルの内容は調査報告書であり、外部の人間の調査会社によるシマダの人間の身辺調査の結果が記されていた。村木と三条は羽田達や情報部のその仕事の速さに感嘆する。もし身内に裏切り者がいるのであれば逃亡を逃さないということもあるが、身内の潔白を証明したいという考えもあったのだろう。

「さて、執行役員の一人である田淵信次郎氏ですが……先週から長期出張とのことでしたが、連絡を取ってみてもどうにもその返事は要領を得ない怪しいものでした。気になって彼の出張先に問い合わせてみましたが……」

 朝海の説明に羽田はにんまりと笑みを浮かべる。確信を得たという怪しい笑み。だがその目は嗤っていない。氷の目だった。

「先方からの返事は『そんなこと知らん』でした」

 田淵が怪しいという疑念はこの場にいる誰もが持っていた。

「ネットワークのトラフィックのログも確認しましたが、田淵役員の個人端末からのIPアドレスによるものは全く見受けられませんでした」

「証拠がなさ過ぎるのが逆に怪しいというわけか」

「刑事の血が騒ぎますか?」

 推測を口にする三条に千葉が訊ねる。

「むしろ癖だな。いつまでたっても刑事(デカ)の生き方しかできない」

 自分で言って三条は己に嘆息する。今はもう傭兵でしか無いのに刑事の真似事をしようという自分自身に。

「ってかこのタイミングで消息を絶つなど、『自分が犯人です』と言ってるようなものじゃなねえか。そこまでトンマだったか、あのハゲ」

 ぽりぽりとツーブロックに刈り上げた部分を掻きながら、キリカが零す。

「あるいは、既に逃げおおせたとでも思っているのか」

 三条が付け加える。

 問題は田淵が今どこに潜んでいるかということだ。

「現在、田淵役員の追跡可能性(トレサービリティ)はどういうわけか、豊洲近辺を最後に途切れています」

 国内を移動する際には必ず何時、どこからどこへ向かったのかというログが何かしらの形でデータとして残る。公共交通機関はもちろんのこと、乗用車での移動の際にも高速道路の移動履歴が残る。外出していなくとも各家庭に備わっているホームセクレタリーにはいつ外出し帰宅したかというログも録られている。その他、金銭取引の形跡もトレーサビリティとして見ることが可能だ。日本国内で生活していれば、トレーサビリティを全く残さないということは不可能である。

 それが残されていないということは、トレーサビリティを後から抹消することが可能な者、トレーサビリティを残さないように田淵を匿っている者が存在しているということだ。そしてトレーサビリティに何らかの形で干渉できるとなれば、厄介なことにその存在はそれなりの権力を持っていることになる。

「先程一係の三条さんがおっしゃっように、田淵役員本人は協力者の庇護の元で逃げおおせたと考えていると見ています。現状、私達情報部がお伝えできる事項は以上となります。情報部総出で田淵役員の行方を調査中ですので、もうしばらくお待ち下さい。必ず、奴の行方を突き止めてみせます」

 朝海は語気を強めて報告を締めた。久槻がマイクを受け取る。

「なお、警備課及び機動強襲課は今後しばらくは指示があるまで社内での待機となる。新たな任務は受領せず、この案件の対応が主な業務となる。各員、それまで心身を休めるなり、自己鍛錬に勤しむなりしてくれ。解散」

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