Chapter 3 Chiba city stampede ⑧

「だそうだ、糞ったれ!」三条が吐き捨てる。

 空っぽのコンテナ。〈ブギーマン〉如きを密輸出するには、赤字にしかならない過剰とも言える護衛の戦力。そして最初から密輸出〈ブギーマン〉など存在していなかった。

 さらに同時刻に朝海が拉致され、その救出に戦力が分断された。敵は朝海が幕張に出張することも把握していた。

 嵌められた。この場にいるシマダの全員が胸の内に吐き捨てた。

 敵は最初から自分達を潰すつもりだったのだ。

 目の前にいる亀石重工の傭兵とシュナーメルは手駒に過ぎない。敵は奴らの雇い主だ。そしてその敵はこちらの内情を把握している。

『騙して悪いが、これも仕事なんでな。お前達には死んでもらおう。雪村朝海の拉致はしくじったが、その新型DAEは我々が頂いていく』 

 今まで黙りこくっていたシュナーメル側からの応答。それにキリカが口角に泡を飛ばして力の限り怒鳴り散らす。

「てめえらぁ!! ふざけんじゃねえぞ、ぶっ殺してやる!!」

 キリカの罵倒と銃撃に対し、シュナーメルの部隊が応戦する。

 最悪なことに、今回シュナーメルのDAE部隊は〈キュクロプス〉を装着している。生身の〈フェンリルチーム〉と美月では迂闊に攻撃に出づらい。そして、現在四機の〈キュクロプス〉は村木の背後を取っていた。

「〈サーベラス1〉! 村木さん! そいつは敵ですっ!!」

 美月がありったけの力で叫びながら、シュナーメルの〈キュクロプス〉にバレットを向ける。だが狙撃までに至ることはできなかった。〈キュクロプス〉達の銃撃に美月は身を退くことしかできずにいた。

「言われなくてもわかってる!」と村木が応答するが、遅かった。

〈キュクロプス〉四機が村木を包囲していた。

 千葉が四機の〈キュクロプス〉に銃撃。二機が千葉に対し反撃を加える。堪らず遮蔽物へ対比する千葉。火力も防御力も差があった。その上、亀石重工の部隊も

 一機が大振りのグルカナイフを振り下ろす。その斬撃を〈ティーガーシュベルト〉は同じくグルカナイフで受けていた。だがその位置は後から続くシュナーメルの部隊からの射線上にあった。残りの一機の〈キュクロプス〉がバレット・107CQを向ける。

〈ティーガーシュベルト〉が装甲の厚い前腕を盾にする。避弾経始で50口径のNATO弾が貫通することは無かったが。その衝撃にわずかにのけぞる。村木は咄嗟に頭部だけはガードし致命的なダメージだけは防ぐ。

〈ティーガーシュベルト〉は他の第二世代型の中では高い防御力を誇り、〈モビーディック〉と比較しても遜色は無い。内部の村木に対するダメージは今すぐどうこうというものではないだろうが、それでも危険な状況であることには変わりはない。

 動きの止まった〈ティーガーシュベルト〉の頸部を〈キュクロプス〉が掴み上げた。 

「クライアントの命令だ。そのDAEを頂いていく」

「ほう? なら武装解除すれば見逃してくれるってか?」

「クライアントは中身の命もご希望だとさ。村木三四郎、台湾独立戦争の英雄の首にも追加報酬がかかっているのでな」

「それほどでもねえよ。それと……ぴーちくぱーちく囀って、もう勝ったつもりかよ!」

 村木が〈ティーガーシュベルト〉の首元のボタンを押し込む。緊急脱出用のエマージェンシーボタンである。

 冷却材排出用のスリットからスモークが勢いよく噴出される。急に視界が奪われた敵〈キュクロプス〉がたじろぐ。

 その隙を見逃す村木ではなかった。〈ティーガーシュベルト〉の装甲前面部が観音開きのように展開され、装甲の中からスキンスーツ姿の村木が解放された。

 村木、瞬時に立ち上がり後方へと飛び退く。だがそれを追う鋼鉄の腕が村木を殴り飛ばした。おそらく、瞬時に光学カメラからサーモグラフィへと切り替えたのだろう。こいつやり手だな、と村木は地面に叩きつけられ絶体絶命の窮地にありながらも呑気に関心した。

 村木はスキンスーツの腰部背面に装備されたコンパクトモデルのグロックを抜き、敵〈キュクロプス〉へ発砲。だが、分厚い装甲の前に明後日の方へ跳弾するだけに終わる。

「このハゲ、しぶとい」

 シュナーメルの〈キュクロプス〉が苛立たしげに呟く。

「悪かったな、無駄にタフで。それと俺はハゲじゃねえ。剃ってるだけだ」

 村木、なおも発砲を続ける。ハンドガン程度の威力ではDAEの防御力の前では石粒程度に過ぎない。やがて弾切れとなり、かちんかちんとハンマーを叩く音しか鳴らなくなった。

 万策尽きたとばかりに、村木は後ずさりするしか他は無かった。それに〈キュクロプス〉も追随する。

「無駄なあがきを」

「無駄じゃないさ」

 突如、村木と対峙していた〈キュクロプス〉が痙攣し、膝から崩れ落ちた。

 村木は仰向けのまま背後へ顔を向ける。視線の先にはバレットを伏射体勢で構えている美月の姿があった。敵〈キュクロプス〉を美月の射線上に誘い出すために、〈フェンリルチーム〉が陽動を行っていたのだ。

 残りの〈キュクロプス〉が美月の狙撃を恐れ、遮蔽物に退避する。その隙に村木が撤退を開始し、三条達がそれを援護する。

「すまんまずった! 俺のも盗られちまった。悔しいが、ここいらが引き際だ。お前らもハゲでマッチョのぴちぱつのスーツ姿なんて見たかないだろ」

「ミイラ取りがミイラになってんじゃねえぞ、おっさん!」

 腰をかがめて〈フェンリルチーム〉の元へ戻ってきた村木の尻をキリカが足で小突く。

 三条が孤立している美月の元へ駆け出す。敵〈キュクロプス〉の一機を狙撃せしめたことで、敵に位置が把握されたからだ。

 美月、バレットの銃口を〈エアバスター〉を担いでいる〈モビーディック〉へ向けた。トリガーに力を込めようとしたが、発砲をする寸前で躊躇した。敵が担いだ〈エアバスター〉を盾にするように向けてきたからだ。

 美月は顔を歪めてる。だがそれがどうしたと美月は狙いを定め直す。〈エアバスター〉で防ぎきれていない箇所をぶち抜けばいいだけの話だ。今の自分ならそれができる。自分に言い聞かせるように、胸の内でその言葉を反芻させる。

 突如、美月の首根っこが引っ掴まれ遮蔽物へと引きずり込まれる。次の瞬間、美月がいた空間に銃撃が襲いバレットが弾かれ空中で踊った。

「影山、この馬鹿! 深追いしすぎだ!」

 美月を退避させたのは三条だった。

「何をするんですか! 辛島さんを助けなくちゃならないでしょう!」美月は三条に抗議する。

「その前に君が死んでいた!」

 千葉の怒声に美月はこれ以上の言葉を喉へ押し込めた。

「説教は後だ。おっさんは戻ってきたし、さっさとズラかるぞ」

 キリカが遮蔽物越しに申し訳程度の反撃を行いながら零す。

「待ってください。ほんとに辛島さんを連れて行かれたままにするんですか」美月の抗議の言葉。

「辛島一人のおかげで俺たち全員が全滅するぞ」

 村木のその声音は底冷えするような冷徹さを孕んでいた。

 バレットも破壊され、こちらにはもう打つ手は無い。辛島も意識さえ戻れば脱出できるが、今の状況となっては〈エアバスター〉を脱いだところで嬲り殺しに遭うのが目に見ている。

「仲間やられて悔しいのはお前だけだと思ってんじゃねえぞ、クソガキ」

「楔、よせ」

 村木が首を横に振る。キリカは村木と美月の顔を一瞥すると、鼻を鳴らして掴んだ手を払うように放した。

「だが美月、これがお前が足を踏み入れた世界だ」

 たまたま今日この日まで、仲間が一人も危機に陥らなかったのは運が良かっただけだ。いくら優秀な実力を誇ろうとも、戦場に100%は無い。勝つ確率が常に99%であっても、いつかは外れの1%を引き当てる。それが今日だった」

 だかよ……、と村木は言葉を続ける。

「あんまり舐めるなよ、辛島を。あいつは簡単にくたばるタマじゃない。俺たちが救助するまで、なんとか生きてるだろ」

 言っている村木自身もそれが希望的観測に過ぎないということはわかっていた。美月もその言葉に頷くしか他はなかった。

「よし千葉、先導はお前だ! キリカ、殿を任せてもいいか!」

 三条の指示に「わかりました!」「あいよ!」と千葉とキリカが応える。

 美月達は乗り付けてきたトレーラーをその場に放棄し、戦闘領域からの撤退を開始する。

 美月たちは命からがら敗走した。指定されたランデブーポイントで警備課による回収班がトレーラーで出迎えてきた。

 トレーラーのカーゴの中で美月はただただ頭を垂れるしか無かった。自分のブーツが見える視界は次第に涙で滲み始めてきている。

 そんな美月の下げられた頭に手が置かれる。キリカのものだった。

「さっきはきついこと言って悪かったな」

 キリカ自身も相当参っているのか、その声音は弱々しいものだった。それに美月の涙腺のタガが外れ、涙の粒がブーツにこぼれ落ちた。

 これ以上何も失いたくなかったのに。傭兵になれば、力を得られれば大切なものをこれ以上失わなくて済むと思っていた。そんな自分自身の思い上がりにこぼれ落ちる涙の数が増えていく。

「わたしに……もっと力があれば……私のせいだ」

 煙草を吹かしていた三条が紫煙とともに美月へ言葉を吐き出す。

「自惚れるなよ影山。覚えておけ、確実に勝てる戦いなんて無い。いくら強い傭兵でもいつかはババを引くことがある。もし万が一ババを引いた時、どうやって生き延びるかということも考える必要があるんだ。その点から言って、お前はまだ半人前だったな」

「反省会なら落ち着いた頃にやろうぜ。ほれ美月、落ち込むなら死んだ後にしろ。顔上げな。煙草いるか?」

 いりませんよ、と断りながら美月は顔を上げてしゃくり上げながら手のひらで涙を強く拭く。

「しかし今回はババを『引かされた』って感じでしたね」

 千葉の言葉にその場にいた皆が頷く。

「おそらく最初から雪村主任と俺達のDAEのどちらか、あるいはその両方が目的だったのでしょう。亀石重工の〈ブギーマン〉の密輸出なんてハナっから嘘っぱちだったんだ。詳しいことはお偉い方と情報部が調査してくれるでしょうけど、十中八九シマダの中に裏切り者がいる。その馬鹿は今までちょっかいを出していたが、今回になって本気で俺達をハメようとしてきやがった。シュナーメルと亀石もグルになって……」

 千葉の分析に村木が言葉を続けていく。

「裏切り者には得てして飼い主がいる。裏でその裏切り者が俺達の情報を垂れ流していた先がな。その飼い主もろとも、盗られたブツについてもきっちりと落とし前をつけさせてやるさ」

 煙草に火をつけながら村木が不敵な笑みを浮かべる。未だに汗と血が滲み出ているそのスキンヘッドには火山脈の如き筋がいくつも浮き上がっていた。


 東京湾の潮風がビルの隙間に吹き込むことによって、まるで何者かの甲高い叫びとなっている。

 この幕張は渋谷や六本木に続くWEBビジネスの街となっていた。しかしその実、国家の威光のお膝元である都内の渋谷と六本木に拠点を構えるお行儀の良い企業と違い、幕張は東京都の天井知らずに上がっていく税に音を上げたり、あるいはそのような公共に叛意を抱いたエンジニア達の居場所となっていた。幕張を拠点とするIT企業は表向きは高い技術力を売りとしてはいるが、その誰も彼もがブラックウェブに纏わる限りなく黒に近いグレーのビジネスを商材としていた。

 豊洲をはじめとした美しい水彩都市が蓋を開ければ傭兵達の巣窟であるならば、海浜幕張は整然とした街並みを闊歩するコンピュータ・カウボーイ達の根城だ。

 故にいつしか幕張は国外からもブラックハッカーが集うようになり、『チバシティ』と呼称されるようになっていた。アナログテレビが過去の忘れ去られた遺物となった今では『空きチャンネルに合わせたTVの色』というものがどのような形容であるか推し量ることは難しいものではあるが。

 今日の幕張は、そんな砂嵐と形容された灰色の粒子が乱れ飛ぶ空模様とはかけ離れた晴天だった。海辺の都市の突き抜けるような夏の空に、一本のスナイパーライフルの銃口が向けられていた。銃口からは薄く硝煙が流れている。撃ちたてほやほやだ。

「あいつらやりやがってくださいましたねぇ……」

 いくつもの摩天楼が立ち並ぶ。その内の一棟の屋上にスーツ姿の能面の男、白拍子がスナイパーライフル・VSSヴィントレスを掲げていた。

 傍でスポッティングスコープを覗いていた宇春が疑問を呈する。彼らの眼下のはるか彼方には、タイヤを狙撃され横転した宅配便のバンが存在していた。

「本当によろしいのですか? こんなことして」

「予定ではニッタミに特攻(ブッコミ)かけるのはもうちょっと後のつもりだったんだけどねー。さすがに目の前でこんなことされたらさ……白拍子さんもーう怒ったぞう! 激おこエレファント!」

「ナノマシンユーザーの拉致……連中、それほど焦ってるのでしょうか」

「いいや、焦ってるわけじゃないよ。あの我来臓一だよ? 従業員に碌な給料払わなくて過労死させるで有名な。ラクしたくて金かけたくなくて手段を選ばないだけ。そんなんだから人一人拉致しようって思いつく、国会議員っていう上級国民って身分だから、そんな酷いことにも躊躇しないってわけ。ってか無視? 『ぞう』と『エレファント』をかけた渾身のギャグなんだけど」

「それで港の方は如何致しましょう? 埠頭のシマダの本隊、かなり苦戦しているようですが」

「そこまで面倒見るつもりはないよ。やつがれがやばいと思ったのはあくまであのナノマシンユーザーだけだし。あと宇春ちゃん、無視しないで? ギャグの解説ってほんと辛いから」

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