Chapter 3 Chiba city stampede ⑦
「〈フェンリル2〉より報告。〈サーベラス3〉が雪村主任の奪還に成功したそうです! その他、拉致実行犯数人の身柄を確保」
守口が任務に参加している全員に通信を入れる。
「回収班を送る。到着次第、〈サーベラス3〉は指定するランデブーポイントへ帰還しろ。〈フェンリル2〉は護衛にあたれ」
次の指示を下すと、久槻は一つ息を深くつく。だが状況はまだ終わっていない。切れ長の鋭いその目を再びモニターに向け直した。
〈エアバスター〉から送信される状況、辛島の生体反応は高い負荷を示している。意識レベルは回復していない。
「響也、そろそろ決断しよう。辛島君を見捨てて新型DAE一機を失うか、〈ティーガーシュベルト〉で奪還に向かわせて一機取り戻すか二機失うかの賭けに出るか」
傍で羽田が諭すように言う。「雪村さんを迎えに行かせた警備課の回収班は二手に分けて、一方を戦闘領域へと向かわせたよ」と続けた。
「真崎と林が雪村情報主任と身柄を奪還したそうだ!」
三条が全員に通信で伝える。これで後方の憂いは無くなった。だが、こちらの状況は変わっていない。それどころか悪化している。亀石銃口のさらなる飽和攻撃で、シマダの部隊は戦線の後退を余儀なくされていた。
未だ〈エアバスター〉は敵の手に渡ったままだ。辛島の意識レベルの回復していない。回復したところで状況は改善される見込みも無いが。
第二世代DAEは島田機械系列における重要機密の塊だ。このまま辛島が拉致されるのを黙って見送っていれば、その機密が外部に漏出することになる。
「サーベラス1〉より〈HQ〉、そろそろ腹括ってくれ。辛島を奪還するか、それとも失敗して〈ティーガーシュベルト〉もぶんどられるか」村木が指示を乞う。
別方向から、けたたましいヘリのローター音と共に海辺から銃撃が亀石重工の部隊を襲ったのはその時だった。
二機の輸送ヘリが戦闘領域に急速接近してきたのだ。ヘリの下部にはそれぞれ二機ずつの〈キュクロプス〉が吊り下げられている。
「シュナーメルか! ヘリで来るなんて何考えてるんだ!」
「遅すぎるわボケ! 元はてめえらの仕事だろうが! つーか、ヘリなんざ飛ばしてんじゃねえよ! 後で文句言われてもこっちは知らねえぞ!」
三条が声を上げ、キリカが罵倒する。
戦闘プロパイダ業、企業の戦闘行為において禁止されていることがいくつか存在する。攻撃ヘリの所持と使用は禁止はその一つであった。輸送ヘリに関しては明文化されていないが、輸送ヘリから兵士が携行武装で攻撃してきた場合も攻撃能力を持つヘリと解釈されるため、基本的にそのような面倒を避けるため、戦闘業務においてはヘリを用いないのは通例だった。
「というか、ヘリであんなにバタバタ音立てて来やがって! ジャベリンで狙い撃ちされるぞ!」
シュナーメルのその考え無しの行動に千葉も声を荒げる
ようやくの待ち望んだ援軍だが、三条は焦りを露わにし、通信に向けて叫ぶ。
「敵は対空兵器を持っている! DAE投下したらさっさと退け!」
警告しつつも、敵にジャベリンを打たせないように弾をばらまく。
二機の輸送ヘリは遮蔽物に退避している村木の付近に、合計四機の〈キュクロプス〉を投下した。だがシュナーメルの動きはどうにも危機感というものが感じられなかった。
「おら! モタモタしてねえでさっさと退けって!」
キリカの罵声に二機の輸送ヘリは怯えたようにそそくさと戦闘領域を後にしていく。三条達が牽制の弾幕を張ってはいたが、敵がジャベリンを撃たなかったのは、まだ弾込めが間に合わなかったのか、運が良かっただけとしか思えなかった。
だが、
「とはいえ、これで辛島を救出する算段が立った……!」
村木の言葉に全員が同意を示す。状況が大きく変化はしているが、シュナーメルも部隊もそれに対応は期待できる程度に練度はあった。
「安心してくれ。万が一の際はどうにか逃げ果せるさ」
通信越しに久槻の呻き声が聞こえた。部下を死地に向かわせる覚悟を、そしてその責任を負う覚悟を改める。
『〈HQ〉より〈サーベラス1〉、行動不能に陥り敵に捕縛された〈サーベラス2〉の救出へ迎え』
猟犬の首輪が解き放たれる。待ってましたと言わんばかりに、〈ティーガーシュベルト〉が腰を浮かせ、手にしているバレットXM109ペイロードを構え直した。
「俺美月、援護しろ!」
「了解!」
このままでは第二世代型という機密の塊が相手に渡り、その上に辛島の命も危ぶまれる。それが嫌ならば今ここで全力を尽くせばいい。そう自分を鼓舞し、美月は愛用のバレットM82のチャンバーに初弾を送り込む。
〈ティーガーシュベルト〉が腰を低くして、銃弾飛び交うキルゾーンに飛び込んでいく。
姿を現した村木に銃口が向けられる。そのいくつかを美月のバレットが粉砕する。キリカと三条、そして千葉もそれに続いて手に持つライフルのトリガーを絞り続ける。
だが仕留めそこねた敵のM240の銃弾が〈ティーガーシュベルト〉の装甲に食い込んだ。無視できない衝撃が村木に襲いかかる。動きが鈍ったところに、もう一撃、そしてまた一撃が加えられる。
堪えきれずに村木が転倒する。だがどうにか滑り込んだ先は遮蔽物だった。
「こちらシマダ武装警備機動強襲課〈フェンリルチーム〉〈フェンリル1〉、目標のコンテナは空だった! 繰り返す! 目標はカラだ! 俺達は騙されたんだ! 現在我々の味方の一人が敵部隊に拘束されたため、救出活動を行っている。援護してくれ! って突っ立ってんじゃねえよ、狙い撃ちにされるぞ!」
村木が背後についたシュナーメルの〈キュクロプス〉に現状を報告する。四機の〈キュクロプス〉は遮蔽物に退避するでもなく、その場に静止している。
『……』
「どうした。応答しろ!」
シュナーメル側からの〈キュクロプス〉からの応答は無かった。
「あいつら、やる気るのか!?」
シュナーメルの一機の〈キュクロプス〉が村木の背後につく。
「あの赤いDAEを助けなきゃならん。援護してくれ」
村木が応戦しながらシュナメルの〈キュクロプス〉に指示する。だが、相変わらず応答が無い。
「おいどうした? 異常でも起きたか!?」
投下された際に故障でもしたのだろうか。しかし、あの程度の高度から飛び降りても〈キュクロプス〉は十分に耐えられる。
〈キュクロプス〉はただその赤い一つ眼で村木を見下ろすだけだった。
朝海を保護した夕夜は先に指定されたランデブーポイントに身を潜めている。葵は後続の警備課の者達が自分を回収に来るまでの間、朝海を拉致しようとした敵が何者であるかを調べていた。
スピンして停車したバンの周囲をぐるりと一回りしてみる。前方片側のタイヤがパンクしているのを見つけた。それも自然にタイヤが損傷したのではなく、明らかに銃撃された形跡があった。
葵は訝しむ。シマダで援護に来てくれた者がいたのだろうか。だがそれなら何かしらの連絡が入るだろう。この詳細不明の狙撃については報告する必要があるだろう。葵はひとまずパンクしたタイヤをミクスのカメラ機能で撮影し、本命を締め上げることにした。
「ったく、こいつらどこの連中よ」
葵はバンの中に乗り込み、夕夜がのした敵の内の一人を蹴り飛ばすと、仰向けになったそいつの帽子を引っ剥がす。見慣れない顔。だがまともな宅配便業者の従業員ではないことはわかった。傭兵の顔だ。人殺しの顔。同じ人殺しで飯を食っているからわかる。
葵は苛立たしげにそのジャケットを脱がして手に取った。襟元に見たことのあるロゴがあった。息を呑み、そして吐く息で通信に叫んだ。
「『シュナーメル』! 雪村情報主任を拉致ったのはシュナーメルだ! あいつら最初から私達を嵌めるつもりだったんだ!」
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