Chapter 3 Chiba city stampede ⑤

 千葉県千葉市中央区中央港。

 千葉中央ふ頭では銃声と跳弾による叫喚で埋め尽くされていた。

〈ブギーマン〉をパッケージングした赤いコンテナは小型タンカーに積載直前の状態であった。襲撃に備えていたのか先頭領域への持ち込みを想定した防弾仕様である。後方に備えている美月はまず一番槍としてバレットでぶち抜こうとしたがあっけなく弾かれてしまった。同じ箇所に何発か撃ち込めば貫通するだろうが、その労力に対して敵に与えられる損害は釣り合わないし、そうこうしている内に亀石重工率いる敵部隊の的になるので、美月はさっさと諦めてターゲットを変えることにした。

「やっぱり数が多いな……!」

 コンテナを守るように亀石重工の部隊が展開していた。目視で確認できるだけで〈モビーディック〉が十機以上、しかも対物ライフルを持ったスナイパー対策として装甲された重装型シールドも持ち合わせている。先程から美月がバレットで狙撃しているが全て防がれている。

 生身の傭兵達もM2重機関銃を銃座として構えており、RPGなどの高火力の携行兵器も持ち合わせていた。

 亀石重工の部隊は埠頭の先端、海を背に陣営を構えていた。ここならば敵は一方向からしか進入することができず、亀石重工側は正面に対してのみ集中することが可能だ。シマダ武装警備は戦闘ヘリなどの空対地戦力を持ち合わせていないということも把握済みであった。

「いくら〈ブギーマン〉なんてやべぇ代物運んでいるからといっても、この戦力はねえだろ!」キリカが遮蔽物ごしにアサルトライフル・マグプルマサダだけを出しながら乱射する。

「まるで、俺達が来ることを最初から分かってて待ち構えていたみたいですね」言いながら、千葉もそれに続く。

 たかが違法兵器の密輸出如きにこの戦力の注ぎ方はコストに見合っていない。密輸出を完遂させたとしても赤字であることは明らかだ。〈ブギーマン〉はそれほど値の張る代物でもない。亀石と昵懇の与党国会議員が紛争幇助で儲けるウォーモンガーでもあるのだろうか。亀石重工の目論見は読めず、三条は舌打ちをする。

 重機関銃のいくつもの十字砲火ににさしもの夕夜も遮蔽物に逃れるしか他は無かった。攻勢防御近接格闘銃術もこの状況では効果を発揮でない。

「だからウチもアパッチとか持つようにしましょうよって言ってたのに。私運転できますし」

 葵がごちる。

「これ終わったら、是非上に打診してくれ……!」

 三条がマグプルマサダで反撃しながら答えた。

「しっかしあの車載マシンガン、調子ぶっこいてバカスカ撃ちまくりやがってうっぜえなあ。美月ぃ、やれるー?」

 キリカが訊ねると返事とばかりに美月が〈フェンリルチーム〉の面々から少し距離が離れた位置に移動し、狙撃。当たり前のことのように車載M2の銃座に付いている傭兵の頭をぶち抜いた。

「正確な上に速いんだな」千葉も感心する。

「今どきの女子高生が持ってていい才能じゃないけどな……」

 辛島は誰にも聞こえないように、マスクの下で一人ごちた。

 トレーラーのカーゴ上部、村木達前衛から離れた位置に美月はバレットM82を伏射体勢で構えていた。

 現場から離れたポイントからの長距離狙撃といきたいところだったが、戦闘領域周辺の狙撃ポイントとしてめぼしい箇所は限られていた。

 また、前回の暗殺任務と異なり、敵勢力も戦闘に及ぶことを前提とした警戒態勢をとっている。こちらの狙撃ポイントを特定されれば高い火力で以て撃滅させることは予測できた。ましてや美月の狙撃能力は競合他社からもマークされている。真っ先に対抗されることは目に見えており、ミサイルなど撃たれれば目も当てられない。

 狙撃手の存在に気付いた敵が美月の存在する位置に銃弾をばらまく。美月、バレットを抱えてカーゴ上部から転がるように降りて、銃撃を回避した。

 M2の銃座には新たな敵が付き、攻撃を再開する。シマダの部隊の反撃の手が緩む。

 状況は膠着状態に陥っていると言えた。

「というかシュナーメルの連中はまだなんすかね」夕夜は通信で管制担当、〈カラード〉の守口に訊ねたみた。

『その……今連絡が入りまして、機材にトラブルが発生して到着が遅れるとのことです』

 守口からの返答。彼女も戸惑いを隠せない声音だった。

「馬鹿かあいつら!」キリカが罵倒する。

「村木、どう思う?」

 遮蔽物に退避し撃つ尽くしたマグプルマサダのマガジンをリロードしながら三条が問う。

「シュナーメルほどの連中がそんなポカミスやらかすとは思えねえ。俺達を嵌めようする輩の謀(はかりごと)に巻き込まれたか……」

 バレットXM109ペイロードで応戦しながら村木が答える。

「いずれにせよ、用心しとくに越したことは無いな。いつでもケツまくれるようにはしておこう」

「頼んだぜ」

 そう言って、村木と三条は互いに拳を突き合わせる。

 相変わらず重機関銃の瀑布が、〈サーベラスチーム〉と〈フェンリルチーム〉が盾にしている遮蔽物を砕き削っていく。

「拉致が開かねえ! 村木さん、俺が無理矢理にでも突破して目標のコンテナを破壊する! 援護してくれ!」

 辛島が提案する。

 確かに待っていても状況が変化することは期待出来ない。いつやってくるかわからない援軍をアテにするよりも、遥かに確実性が高い。

 後方からバレットの銃声。後備えの美月が一人、また一人と敵を確実に仕留めていく。

 だがそれ以上に敵による攻撃は苛烈だった。飽和攻撃と言っても過言ではない。このままではジリ貧だ。敵陣営を崩す前に目標である〈ブギーマン〉を積んだコンテナが港から出される方が早いか、盾にしている遮蔽物が削り切られるのが早いか。

「〈サーベラス1〉より各位、これより〈サーベラス2〉が突撃する! 全火力を以て援護をしろ!」

 全員の「了解!」という声が揃う。

「夕夜、お前はここで後備えだ、援護を頼む!」

「アイサー!」

 夕夜がグレネードを投擲する。チャフ、スモーク、取り揃えてきたものを片っ端からぶん投げた後に、ライトマシンガン・M249パラトルーパーで水平に薙ぎ払う。後方の〈フェンリルチーム〉と美月も長距離射撃で一斉射撃を開始する。

 グレネードの煙幕と援護射撃による弾幕と共に辛島が突撃を開始する。〈エアバスター〉の背部バーニアがアークジェットの火を吹き、煙幕を突き抜け跳躍する。

 敵〈モビーディック〉の重機関銃のいくつかが飛翔した〈エアバスター〉に向けられる。そして火線が襲うが、〈エアバスター〉は背部と足裏のバーニアを駆使し蝶のように舞うように回避していく。

 目標のコンテナの前に滑り込む辛島。扉の施錠をサイドアームのファイアボールでぶち抜いた。後はコンテナの中身をグレネードで破壊して、さっさと逃げるだけ。

 辛島はコンテナの扉をこじ開けた。

「なんだこれ……」

 コンテナの中を見て、辛島はそう戸惑いを隠せずに呟くしかなかった。

 コンテナの中身はもぬけの殻だった。そんな馬鹿な話はあるか、と辛島は〈エアバスター〉のセンサーの出力を上げても何も確認できない。DAEのパーツ一つ、ネジ一つ落ちていない。

「からっぽだ……! コンテナの中に何もねえ!」辛島が通信で叫ぶ。

「そんな馬鹿な! ここいらのコンテナはそれしかないんだぞ!」

 言って三条は一つの結論に達する。最初から存在しない目標。〈ブギーマン〉の密輸出という安い荷物に不釣合いな過剰な敵の防衛戦力。

「やられた……! 亀石の目的は〈ブギーマン〉の密輸出じゃない。最初から俺達を潰すつもりだったんだ!」

「辛島、そこから即時離脱しろ!」

「言われなくとも!」

 村木の指示と同時に辛島が背部バーニアを全力で吹かし飛翔する。それを重機関銃の火線が追いかける。

 辛島の網膜に投影されているアラートにさらに別種のアラートが重なる。ミサイルアラート。携行型対空ミサイル(ジャベリン)が上空を舞う〈エアバスター〉をダイレクトアタックモードに設定されたタンデム成形炸薬弾頭が追いすがる。

「マジかよっ……!」

 徐々に距離を詰められる。〈エアバスター〉はあくまで空中で機動を行えるだけで、戦闘機のように空戦を行えるようなマニューバは取れない。

「辛島さん、そのまま真っすぐ!」美月が叫ぶ。

 突然の美月の指示に戸惑うが、視界の隅にこちらにバレットを向けている美月の姿がワイプでズームアップされると彼女の意図を汲み取り「オッケイ!」とその指示に従った。

 ミサイルとドッグファイトを繰り広げていた辛島は真っ直ぐに飛び始める。みるみるうちに両者の距離が詰められる。だがミサイルは〈エアバスター〉に喰らいつく前に、爆発四散した。美月がミサイルを撃墜したのだ。

 ミサイルによる爆撃を免れたが爆圧に押され辛島はバランスを崩し落下し始めてしまった。落下中にどうにか体勢を取り直すと地面に背を向け、バーニアを全力で吹かし、地面との激突を免れる。

 しかし位置が悪かった。敵陣のど真ん中。重機関銃の銃口が一斉に〈エアバスター〉に向けられた。

 NATO弾が肩を掠める。装甲を穿つまでには至らないがダメージとなり辛島の動きが止まる。

 それが致命となってしまった。バーニアを吹かし、再度頭上への飛翔を試みるが火線が辛島を舐め回し、今度こそ地に叩き落とした。

 NATO弾に嬲り回された辛島が地に伏せる。が、すぐに辛島は腰に下げた銃身の短いバレットM107CQに手を伸すと、寝返り自分を撃った〈モビーディック〉へ撃ち返す。事態を把握するよりも前に事態に対処する。豊富な経験がもたらした反射的行動だ。

 辛島の反撃に、正面にいた別の〈モビーディック〉が怯む。好機とばかりに辛島はバレットを連射する。だが別方向からのグレネードランチャーにより吹き飛ばされた。辛島の身体と意識がシェイクされる。視界には火花とアラートが飛び交う。

 〈エアバスター〉の真紅の鎧が遮蔽物から露わになる。よろめきながらも立ち上がろうとするが、その前に火線が集中した。四方からの銃撃にエアバスターが踊る。真紅の装甲が穿たれ、中の特殊人工筋肉の赤身が露出したところ集中砲火が止んだ。

 銃弾が貫通し中の辛島自身にも到達したのか、〈エアバスター〉が脱力したように膝から崩れ落ちた。

 敵〈モビーディック〉が倒れた〈エアバスター〉を捉える。真紅のDAEの腕を踏み抜き、拘束した。

「まずい! 辛島が捕まった!」村木が叫ぶ。

 シマダの部隊の全員が辛島を捉えた敵〈モビーディック〉に狙いを定める。だがその前に別の〈モビーディック〉がシールドを構え立ち塞がった。

「てめえら何しやがる!」

 カバーリングしていたキリカを始め、全員が。だが数発撃ち返したところで、今度はキリカに無数の銃口が向いた。舌打ちとともに再度遮蔽物へ身を伏せる。反撃の銃弾が彼女の頭上を通過していく。

 一体の敵〈モビーディック〉が倒れ伏しているエアバスターの元へ歩み寄る。まるで仕留めた獲物の息の根を確認するように、エアバスターの頭部を掴み上げた。

 辛島の意識はまだあった。今度こそ右手で腰のバレット・M107CQを掴む。だが銃口を向ける前に敵モビーディックの空いている方の手で辛島の右手を掴んで抑える。そして手首を曲げてはならない方向へ捻じ曲げた。

「ぐあぁぁぁあ!!」

 どれほどの装甲を纏っていようとも中身が人間である限り、関節部は脆弱にならざるを得ない。無論、ある程度の防御力は持たせてはいるが、それは相手が生身の歩兵であれば問題無い程度だ。DAEの膂力の前では無力だった。

 敵〈モビーディック〉が〈エアバスター〉を張り倒し、再び地に這いつくばらせる。次は膝を踏み抜いた。それでもまだ抵抗の意思を見せた辛島のその顔面を蹴り飛ばした。

『〈サーベラス2〉の生体反応に高い負荷! 意識レベルが低下!』

〈カラード〉の通信にその場にいるシマダの面々が歯噛みする。救助にいけるものなら、今すぐにでも救助に行きたい。

 辛島を昏倒させた敵〈モビーディック〉が〈エアバスター〉を担ぎ上げる。辛島の四肢に力が抜けていた。

 辛島の生体反応高い負荷を示しているが、それはまだ死んでいない証拠だ。

「〈サーベラス2〉、応答してください! 〈サーベラス2〉! 辛島さん! 目を覚ましてぇ!」美月がありったけの声量で通信に叫ぶ。だが相手からの応答は帰ってこない。

「村木さん、俺が行きます!」

「よせ、無理だ!」

 夕夜の提案を村木が止める。いくら運動性能の高い〈黒瞥〉であっても、この弾幕の中を突破し敵陣に切り込むことは不可能だ。それこそミイラ取りがミイラになりに行くようなものである。戦力の逐次投入は戦術において絶対にやってはならない最悪の手だ。

「だったら、どうすれば!」

「それを今考えてんだろうが!」

 自分と夕夜、〈ティーガーシュベルト〉と〈黒瞥〉の二機で同時に突撃すれば、まだ辛島を救助できる可能性はある。だが、今度はその隙を突かれ生身である〈フェンリルチーム〉に対し敵〈モビーディック〉が突撃をしかけてくるだろう。せめてシュナーメルの援軍がいてくれれば、と村木は歯噛みした。

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