Chapter 3 Chiba city stampede ④


「ではこれよりブリーフィングを開始する」

 その数日後。

 シマダ武装警備社屋ブリーフィングルームでは新たな任務の事前説明が行われていた。いつものように壇上では久槻がマイクを握り、〈カラード〉の守口が端末でホロスクリーンを操作する。

 今回のブリーフィングに参加している役員陣は壇上に立っている久槻、そして羽田の二人のみだ。

「今回の任務は赤十字関連のNGO団体からの依頼となる。『亀石重工』が〈ブギーマン〉の密輸出を行うとのことだ。我々の目標は積荷である〈ブギーマン〉の破壊だ」

〈ブギーマン〉。

 その名を出された途端、その場にいた者のほとんどが表情を歪ませる。

 ホロスクリーンにはその〈ブギーマン〉の画像が表示される。〈キュクロプス〉や〈モビーディック〉はおろか、それよりもスリムな第二世代型DAEと比較しても小型だった。〈ブギーマン〉を初めて目にする美月には、まるで子供にしか乗れないような代物にしか思えなかった。

 まさか、と美月は思い返す。以前、父が教えてもらった少年兵用のDAE。それがこれだ。

「美月、コレ見るの初めてか」

 隣に座っているキリカが小声で話しかける。

「ええ。そういうのがあるのは知ってましたが」

「アレな、かなりクソだぜ。中で装着している奴が自分で操作して脱ぐこともできない。おまけに薬物(ヤク)の投与機構とか自爆機構まであしらえてやがる」

 製作者の悪意に吐き気を催す。兵器というのは敵を倒すことと同等に、それを用いる者の命を守ることが役目だ。特攻兵器など兵器としては下の下だ。ましてや、それを子供に使わせることを強いるなど。そこまで考えて、では自分はどうなんだという疑問が湧いた。

 強制されてDAEで戦わされる少年兵、自ら望んでDAEを纏って戦う自分。両者の決定的な差異を探そうとしていた。

「どした? ぼけっとしてんぞ」とキリカが訊ねる。

「あ、いえ、なんでもないです……」

 おそらく永劫に結論を下せないであろうその疑問は、ひとまず棚上げすることにする。今は目の前のことに集中するだけだ。

「なお、今回は『シュナーメル』と協力しての任務となる」

 同業者との共同任務は珍しくもない。そして昨日協力していた同業者が明日には敵になることも。

 シュナーメルもまた業界では名の通った者達だった。人員こそ少ない小規模の戦闘プロパイダではあるが、それは少数精鋭とも言える。事実、そのように評価できる実績も積まれていた。シマダ武装警備ともこれまでに幾度か協力、そして敵対もしたこともある。

「アタシ達だけで十分じゃないのか?」

 キリカが疑問を呈する。

「言い忘れていたが、今回の任務はシュナーメルの持ち込み企画だ。現状、敵の戦力が不明瞭だ。〈モビーディック〉が配備されているとのことだが、具体的な数もわからない。ということで私達に共同を依頼したのだろう」

「不明瞭って……」

 葵が零す。

「アタシ、共同任務って苦手なんだよなぁ。まぁシュナーメルの連中とは何度か経験あるだけマシか」

「今回も〈サーベラスチーム〉はDAEを装着しての任務となる。ただし〈サーベラス4〉」

 久槻は美月に視線を向けて言葉を続ける。

「残念ながら〈シンデレラアンバー〉の修復は間に合わなかった。今回君は〈フェンリルチーム〉と行動を共にしての援護が主な役割となる」

「承知しました」

 今回のような強襲任務は、その名が示す通り機動強襲課が最も得意とする所だった。いつも通り、敵を襲って殲滅。情報量の少なさが一抹の不安材料ではあるが、その程度の問題を現場で臨機応変に対応できる実力は皆持ち合わせている。

「何か質問はあるか?」

 久槻が最後の締めに入った所で、美月はおずおずと挙手した。

「影山」

「その……今回の任務と関係無いのかもしれないのですが、どうしてそのNGOは警察を頼らなかったのでしょうか」

「良い質問だね、影山さん。それは僕が答えよう」

 羽田がマイクを手に取る。

「今回のターゲットである『亀石重工』の社長は政府の皆さんと随分と仲良しこよしなようでね。与党議員の一人に対し多額の献金をしている。しかもその議員は元警察官僚ときた。おそらくその口利きもあって、警察は動かないんだろう。簡単に説明となると、こんな具合かな」

 羽田の答えに三条が呆れた表情を浮かべながら、うんうんと頷いている。権力に簡単に屈する古巣の疎略さを嘆いているのだろう。

「考えようによっちゃ、日本政府が紛争幇助を黙認どころか、進んでやらかしてるとも考えられるな」

 言って、からからとキリカが笑ってみせる。

〈ブギーマン〉は少年兵用という運用コンセプトとその仕様により、現在ではどこも仕様と製造は禁止されている。だがそのような規定は既に形骸化しているのが現実だった。開発元は兵器開発企業などではなく、とある一介の武力組織だ。現在はその武力組織も壊滅しており、〈ブギーマン〉の設計資料だけが持ち出されあちこちに流出。今となってはこの設計資料はほとんどオープンソースとなってしまっている。

 少年兵を閉じ込め、外部から出られないようにし、薬物を用いて戦いに駆り出す。

 故に〈子供攫いの怪物(ブギーマン)〉である。


 ブリーフィングを終え会議室から美月と夕夜が出たところを、電動車椅子に乗った朝海が通りがかった。

「あー、ゆうくん浮気してるー」

 茶化す朝海に夕夜はやれやれと呆れた表情を浮かべと、やおら隣にいた美月の肩を抱き寄せて見せた。

「せ、先輩っ!?」

「は? 殺すぞ?」朝海が凄む。

「冗談だ」

 夕夜は鼻で笑いながら、美月をそっと離す。小声で「ごめんな、冗談だ」と付け加えた。

「美月ちゃん、こいつ蹴っ飛ばしていいから。何なら任務中に背中撃っていいから」

 朝海は車椅子から身を乗り出さん勢いで憤慨していた。

「で、ブリーフィングにいなかったけど、何かあったのか?」

 夕夜が話題を切り替えて朝海に訊ねる。

「今回の任務、私は欠席」

「そうなのか」

「別件で私個人に依頼が入っててね。ちょっと幕張の方に出張。それに出番無さそうだし」

「俺達も次は千葉の港が現場だから、すぐ近くだな。気をつけろよ」

「大丈夫。警備課のスタッフも付いてきてくれるし。もー、ゆうくんは心配性だなぁ。お姉さんのこと好き過ぎじゃないかなぁ?」

「そのゆうくんっての、やめろ。愛してる」

「ゆうくんも気をつけてね〜。いやマジで。今回の任務、敵の具体的な数が不明瞭なんでしょ? あとついでで言うのやめれ。安っぽくなるわっ」

「だろうな。おそらくここ最近、邪魔してきてる連中がいよいよ本腰を入れてきやがった。どうせまた何かあるだろ」

「聞いたよ、劉博士の報告。なんか嫌な予感がする」

 三人で並んでエレベーター前まで歩く。夕夜は下階のボタンを、美月は上階のボタンを押す。

「俺なんか毎度毎度嫌な予感がしているけどな」

 夕夜のその言葉に美月も胸の内で、本当にそうだと同意した。

「夕夜は今から何すんの?」

「東雲。劉博士から新しい腕を受領してくる。次の任務で使って欲しいんだと」

 ぺしぺしと自らの左腕を右手で軽く叩いて示した。

「次の仕事終わったらしばらくスケジュール空くんでしょ? どっか出かけない?」

「そうだな……行きたいとこあるのか?」

「特には……二人ででかけたいなーって」

「早稲田の名画座で見たい映画があるんだ。ご禁制の」

「へぇ、面白そう!」

 下りのエレベーターが開いたのはその時だった。夕夜はそれに乗り込むと「じゃあな」とその場を後にした。

 上りのエレベーターはまだ来ない。扉の上のランプを見上げる。一つ進んでは止まってを繰り返すエレベーター。待つ間の沈黙が何だか居心地が悪く思え、美月は口を開いた。

「あの……つかぬことを訊きたいんですけど……」

「どうしたの?」

「真崎先輩と朝海さん、付き合ってるんですよね」

 夕夜と朝海が恋愛関係にあるのは、周囲の人間、機動強襲課の者達は皆知っていた。時折、人目も憚らず痴話喧嘩を繰り広げてる始末だった。

「うん、そうだよ。あげないよ?」

「あ、いえ結構です。遠慮しておきます」

 即答である。すると朝海も声を上げて笑ってみせた。

「あいつ、後輩に全然尊敬されてないじゃん! マジ受ける! あははっ!」

「ああ、いえっ、尊敬はしてますよ! 傭兵としてすごいですし!」

 慌てて訂正するが、取り繕っているようにしか見えなかった。

「それで訊きたいことってなぁに?」

「朝海さんは真崎先輩のどういったところを好きになったんですか?」

「んっ! 顔っ!」

「か、かお……?」

 こちらも即答だった。身も蓋もない回答である。

 確かに美月から見ても夕夜は目鼻立ちの整った顔立ちをしている。背丈は同年代の男子と比べてもやや低い方だが、その程度のことは瑣末事と思える程に鍛え上げられた体躯の後ろ姿は大きく見える。テレビやストリーミングでよく見る男性アイドルと並んでも違和感は無い。

 そんな甘いマスクとあまり似つかわしくない、煙草で少しガラついた低い声も耳に心地よい。

「口と態度悪いだけで良い奴だよ、夕夜は」

 その口と態度の悪さが致命的なほどなのだが……そしてそれは果たして良い奴と言えるのだろうか、という反論を喉元で押さえ込んだ。

「まぁ、でも……」

 朝海は少し目を伏せながら言葉を続ける。

「互いに失くしたものを埋め合わせてるっていうのもあるかもしれないね……」

 シマダ武装警備でコンバットコントラクターなんてものをやっている人間は皆何かしら失くした物がある。夕夜なら左腕を、朝海なら両脚の自由を。

 美月も失くしたものがある。だが自分で何を失くしたのか、失くした物さえ自分でも把握できていなかった。

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