第2話 初めて知った胸の苦しさ

祖母の声で目が覚めた。

いつもと変わらない朝がきた。


朝ごはんを食べて、支度をし、家を出た。


「おデブ!ジャージ忘れてる!」

「デブじゃない!」


窓から兄が私を呼び止めた

兄は私のことをおデブと呼ぶ。

そんなに太ってたかな?

細い方ではなかったけど、、


「私ジャージ持ったよ?」

「上だけ忘れるやついるか?」


兄はジャージを窓から投げた。

私はそれをキャッチし、昨日のことを思い出す。


(あー、先輩のか。忘れてた。)


「ありがと。いってきます!」

「おー。轢かれんなよ。」


あくび交じりに返事が帰って来た。

高校生の兄は今日は文化祭の準備日らしく、担任に顔を見せるだけで出席になる為、何時に行ってもいいらしい。

高校ってそんなとこなのか?!うらやましい。


自転車がないことに気づいたのはその時だった。

兄の自転車を拝借してとりあえず、私は朝練に向かった。

帰宅後兄にド叱られたことは言うまでもない。


自転車を走らせながら、昨日のことをまた思い出した。

先輩は私のことをどう思っているのだろうか?

これで、何の感情もなかったら私ただの勘違い女だ。

恥ずかしっ。


でも、仮にもし、いや、万が一。

先輩が私のことを好きだったとしても……困る。

だって、私はケイ先輩がいいなってなんとなく思ってたし。

あくまでなんとなくというのが煮え切らないところだが……。


ケイ先輩は、シュウ先輩とは違って、いたってクールだ。

どちらも、見た目はクールで近寄りがたい感じなんだけど、シュウ先輩にはからかわれることも多いし、なんか子供っぽい。

でも、ケイ先輩はいつもそれをはたから見て、クスって笑う。

冷たい見た目からは考えられないほど、優しい顔で。

要するに、ギャップ萌え。

いつも周りから一歩引いている感じで、ミステリアスなところが多い。

今思えば、そんな人を好きな年頃だったのだと思う。


そんなことを考えているうちに、坂の上にある中学校についた。


音楽室には静寂しかない。

この空気が好きだった。

自分の心臓の音、呼吸の音が聞こえるだけのこの空間が好きで、朝練はいつも一番乗りだった。


楽器を取りに準備室の扉を開けた。


「えっ……。」


私は思わず、声が出た。

いつも朝練になんて来ない人物がそこにはいた。

静かに楽器の手入れをしていた。

シュウ先輩だ。


「お、おはようございます。」

「おう。」

「先輩が朝練なんてめずらしいですね。今日、槍が降りますね。」

「楽器の手入れ最近できてなかったからな。」

「あー、そうなんですね。」


私は、妙に気まずくて楽器を棚からとると、準備室を後にした。


ここで私はジャージを借りていたことを思い出した。

カバンに入れいたジャージを出して、眉間にシワがよる。

話しかけにくい。なんか、気まずい。

でも、まぁ、まだ誰も来てないし、今のうちに渡してしまおう。


ジャージを持って、もう一度準備室に入った。


「先輩。昨日はありがとうございました。これ、お返しします。」

「あぁ。ジュース奢れよ。」


クスクス笑いながら、先輩がジャージを受け取ろうとした瞬間に、準備室のドアが開いた。

無意識にドアの方向をみると、そこに立っていたのは、ケイ先輩だった。


ケイ先輩は、あっというキョトン顔だった。

そりゃそーだ。

いつも朝練にはいないシュウ先輩が、楽器の手入れをしてて、その目の前で私はジャージを渡そうとしていたのだから。


「……おはよ。」


間がだいぶ空いて、ケイ先輩からやっと第一声が出た。

シュウ先輩がいることへの驚きの間なのか、私がジャージを渡していることへの違和感への間なのか。


「おう。」

「おはようございます。」

「あのさ、俺、今、2つの事で驚いてるんだけど。」


あっ、どっちもだったか。


「まず、シュウが朝練とか、今日、槍降るよ。」

「リンにも同じこと言われた。」


のんきに笑うシュウ先輩。

ケイ先輩の次の一言が私にはエスパーの如く、わかってしまった。


「で、なんでリンがシュウにジャージ渡してんの?え?もしかして、お前らってそういう関係?!」


普段、感情があまりでないケイ先輩が驚いているが全面に出ていた。

そりゃ驚くだろ。

私の中学では、彼氏のジャージを彼女が着るということが流行っていた。

まって、ケイ先輩にだけは、その誤解はされたくない!!


「いや、あの実はこれには深い訳がありまして……。」

「別に深くはねーだろ。実は昨日こいつの自転車パンクしてたから、俺が自転車で家まで送ってやったの。その時寒いってわがまま言うか、俺のを貸したってわけ。」

「わがまま言って無いですよ。自分のも持ってたのに、先輩が!」

「あー、そういうことね。なるほどね。仲がいいっていいね。いいことだね。」


シュウ先輩……。

皆まで言うな、皆までは。

ケイ先輩が柄にもなくニヤニヤしている。

これは、ダメな方向に勘違いされてる!絶対そうだ!


「ケイ先輩!誤解してません?!」

「してないよ?」


ニヤッとして、自分の楽器を取ると、ケイ先輩は準備室を出ていった。


「なんで、昨日の出来事全部話しちゃったんですか?」

「いやだって、事実だし。隠すことか?」

「変な誤解されると思わなかったんですか?」

「んー、どうかな。」


どうかなって何よ!

私はジャージをシュウ先輩に投げつけて、準備室をあとにした。


でも、ケイ先輩のあのリアクション。

新鮮だったな。あんなに驚いてるとこ、初めて見た。

でも、あれじゃあ、私に脈はないだろうな。

なんか、私とシュウ先輩見て面白そうだったし、ニヤニヤしてたし。


胸が苦しい。ちょっと悲しい。

なんとなくでも、いいなって思ってた人が自分に脈がないと分かるということは、こんなに苦しいのか。

しかも、ケイ先輩はトランペットで同じクラスのユカ先輩と仲が良かった。

ユカ先輩の前だと、クシャッとした笑顔で笑っているのを何回か見かけていた。

今も音楽室に入ってきたユカ先輩と何気ない会話しながら、クシャッて笑ってる。


胸が苦しい。


ユカ先輩は、美人でスタイルも良くて、ソロも上手で、成績もクラスで上位だって聞いたことがある。

かなわない。かなうわけがない。


なんとなくいいなではなくて、好きだったのかな?とこの時やっと気づいた。


シュウ先輩が、昨日のことを話さなければ、ケイ先輩の私に対する思いを知ることはなくて、私も自身の気持ちに気づくことも無かった。

そして、この胸の苦しさも知ることはなかった。


シュウ先輩のバカ。

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これが私の人生~夢なら覚めて欲しい~ Rin.K @rin4869

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