第1話 中学生時代の初恋の始まり。
中学生になって初めて紺のセーラー服を着た。
どこにでもあるような紺のセーラー。リボンは赤。
どこまでもド定番なものだった。
そのころ思春期だった私は、初めて恋をした。
私は、吹奏楽部に入部した。
楽器がキラキラ輝いていて、迫力のある音、ソロパートの特別感にひかれた。
私は、昔から目立ったことが好きだったが、目立つことはなかった。
キラキラに憧れている地味女子だった。
そんな私だから最初は、トランペットやフルートなどソロがありそうな楽器にひかれた。幸いなことに、どの楽器でも音を出せた。それが悲しい結果を生んだ。
決まったのは、トロンボーン。
女子では誰も音を出せなかったようで、私に決まったらしい。
言われると断れない私は、引きうけてしまった。
本当はもっと目立つ楽器がよかった。
(トロンボーンでもソロがあるが、うちの学校はあまりそういう曲はやらなかった。)
トロンボーンは中低音パートに属する。
チューバ・ユーフォニウム・トロンボーン。
うちの部はこの3楽器で構成されていた。
チューバは、高身長で白い肌に切れ長の目が特徴なケイ先輩(3年)。
ユーフォニウムは、見た目がムーミンみたいなトシ先輩(3年)と小さいムーミンみたいな同じクラスの男子ショウ(1年)。
同じトロンボーンの高身長で馬ずら、ちょっと見た目怖そうなユウ先輩(3年)。
私以外は全員男子。他はみんな女子なのに、なんてこった。とは思わなかった。
昔から、兄と兄の友達とも遊ぶことが多かったせいか、あまり気にしていなかった。
そしてこの環境から初恋が始まった。
トシ先輩は部長で面倒見はよかった。あれやこれやと教えてくれたのは主にトシ先輩だった。
ケイ先輩とショウ先輩は、口下手なタイプ。慣れてくれるまで結構時間がかかった。多分3か月くらい。
最初のころの楽器別練習は大変だった。
シュウ先輩と2人だったから無言に耐え切れず、とにかく楽器を吹いた。
おかげでほかの子たちより上手くなった。
3か月たって私に慣れた先輩たちからは、よくからかわれるようになった。
シュウ先輩がからかいだすと、ケイ先輩、トシ先輩となんだか3人の先輩からからかわれるようになった。
何もないところでつまずいたり、よくモノを忘れたり、落とすところをよく突っ込まれた。今思うと少し天然っぽかったのかもしれない。
そんなある日だった。いつも通り部活を終えた私は、教室に体育ジャージを忘れたことに気が付き取りに戻った。夕暮れ時。きれいなオレンジの光が教室にさしていた。今でも覚えているし、それ以来、よくその景色が見たくて、部活終わりに教室に寄っていた。
5分ほどその夕日を見ていた。当時は携帯を持っていなかったから、写真を撮れない分目に焼き付けたかったのかもしれない。
通学で自転車を使っていた私は、駐輪場に行った。
そこにはシュウ先輩がいた。
「なにしてるんですか?」
「ん?お前こそみんなと帰ったんじゃないの?」
「教室に忘れ物したんで取りに行ってたんです。」
「それにしても遅かったね。」
「え?」
「帰ろうぜ。途中までだけど。」
シュウ先輩の家と私の家は同じ方向にあった。
珍しいこともあるもんだなと、自転車のカギを差し込んだ時に私は気づいた。
「あ……自転車パンクしてる。」
なぜ、先輩がわざわざ待ってくれていたということに気づくのではなく、自転車のパンクに気づくのか。これはこれで私らしいが、女子としては鈍感すぎる。
「どれ?あ、ホントだね。どーする?親に迎えに来てもらう?」
「んー、うちの両親今日は親戚の結婚式で泊りだからいないんですよ。」
「あー、じゃあ歩いて帰る?」
「冗談やめてください。家まで歩いたら1時間はかかります。でも、それしかないか……。」
「じゃあ、俺の後ろ乗っていく?」
「……はい。お願いします。」
この時、初めて男子の自転車の後ろに乗った。
「ちゃんとおとなしくし乗ってろよ。」
「私はいつでもおとなしいです。」
「はいはい。知ってますよ。結構出しゃばりで、やかましいところは。」
「そんな言い方しなくたって!」
「事実だろーが。」
「さむっ」
「え?なに?」
シュウ先輩が自転車を止めた。
「寒いって言ったの。」
「これ着てな。」
シュウ先輩がワイシャツの上に来てたジャージを脱いで私に渡した。
「自分のあります。」
「もう、めんどくさいからそれ着てろ。」
そういうとシュウ先輩は自転車をまた走らせた。
ジャージを羽織った時にいい匂いがした。先輩が使っていた香水の匂い。
今となっては銘柄は忘れたけど、柑橘系のようなすっきりとしたさわやかな香りだった。
この時季節は夏から秋に変わろうとしていた。
夏服の時期のセーラーは白で襟が水色、半袖タイプだったので、夕方は少し冷えた。
シュウ先輩は、スラックスにワイシャツ。男子の夏服はなくて学ランの上を脱いだだけの格好だった。
「先輩。寒くないんですか?」
「別に。おまえの分もこいでるから平気。」
「それ、私が重いってことですか?」
「そーかもな!」
そういうとシュウ先輩は勢いよく自転車をこぎだした。
この時に感じた、草木の匂いと海の匂いが混じり合った、田舎独特の匂いと少し肌寒い風は今でも覚えている。
私の家の前についた時には日が沈んでいた。
私はシュウ先輩の自転車から降りた。
「先輩、ありがとうございました。わざわざ家まで。」
「しゃーないじゃん。明日ジュースおごれよ。」
「しょうがないですね。」
「じゃ、俺帰るから。」
「気を付けてください。ありがとうございました。」
(あ……ジャージ返し忘れた。)
自分の部屋について制服を脱ごうとするまでこれに気づかなかった。
やはり私は鈍感なのである。
次の日も体育があるので私のジャージと先輩のジャージを洗濯機に入れ祖母にお願いした。
箱入り娘でもないのだが、高校を卒業するまで洗濯と料理はしたことがなかった。
祖母の作った夕食を食べているとバカでかい声で洗面所から祖母の声がした。
「リーちゃん!これ、誰の?」
それはシュウ先輩のジャージだった。
「あ……先輩に借りた。」
「あんたもジャージもっていってたのにかい?」
「あー、そうなんだけどね。色々あって……。」
「ふーん。ボーイフレンドかね?」
「ちがうよ!そんなんじゃないよ。同じ部活の先輩。」
「ふーん。」
祖母はゴシップ好きだった。芸能人のもさることながら、兄に彼女ができた時もあれやこれやと聞いていた。
兄はそんな祖母を嫌がりもせず、よく恋バナをしていたのを覚えている。
うちの兄は女々しいのだ。
(ボーイフレンドね……)
これまで、恋愛というものに興味はあったが、なんせ保育園からの同級生に恋をするはずもなく、今まで来てしまっていた。
女子の恋バナにも参加するものの、特に話すことはないのでいつも聞く専門だった。
女の子はみんなおませさん。誰がかっこいいとかなんとかかんとか。
小学校、いや、保育園からみんなそんな話をしていた。
しかし、私は同じクラスの男子にはそういう感情は一切抱けなかった。
お風呂に入り、毎週欠かすことなく見ているドラマを見終わって、私はベッドに入った。
今日あったことを思い出していた。
シュウ先輩はなんであの時、駐輪場にいたのか。
私を待ってくれていたのか。なんてことはないか。でも、いや、そんなことは。
なんとなく、この間まで朝読書の時間で読んでいた恋愛小説を思い出した。
学園ラブコメディーで、主人公はキラキラ高校生活を満喫している女子高生で、クラスでは目立たない男子に恋をされ、知らないうちに惹かれ合っていくという、ありきたりな内容だった。
そういえば、この2人も自転車で二人乗りをしていたことも思い出した。
(シュウ先輩が私のことを……。だとしても、だとしたら……。)
帰りに自転車がパンクしていて、たまたま出くわした先輩に自転車で家まで送ってもらった。
これは事実。なんで先輩は私のこと待っていたのか?みんなが帰った後もなんであの場所にいたのか?そもそも私を待っていたのだろうか?
頭のなかの思考が止まらず、しばらく私は眠りにつくことができなかった。
これが私の初恋の始まり。
まっとうな恋愛をしたのは、これが最初で最後ではないかと思う。
この恋だけは、そんなピュアな物語である。
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