雨を待つ。

雨世界

1 ……もう、さよならだね。

 雨を待つ。


 プロローグ


 あなたのいる場所。……遠い場所。


 本編


 ……もう、さよならだね。


 雨の日が好きだった。

 いつも、雨が降らないかな? と思って、空を見ながら、私は毎日を生きていた。

 でも、雨はなかなか降らなかった。


 降るときは、もちろん、雨は降るのだけど、雨をこうして待っていると、なかなか雨は降ってはくれないものだった。

 

 雨降りの日には、私はいつも部屋の窓の近くにいて、そこから外に降る雨の風景を眺めていた。雨の音を聞いて、(たまに目を閉じて、あなたのことを思い出したりして)一日を過ごしていた。


 雨の降る風景は、私の心を安らかにしてくれた。


 雨の音は、いつも私を安心させてくれた。


 だから私は、雨の日が好きだった。


「どうして泣いているの?」

「うるさい。あなたには関係ないでしょ?」泣きながら私は言った。


 その日、私は泣いていた。

 ずっと、ずっと泣き続けていた。悲しくて、悲しくて仕方がなかった。だから、もうどうしようもなくて、本当は泣きたくなんてなかったのだけど、朝からずっと、ずっと、泣いていた。(泣いても、泣いても、涙は全然、止まらなかった)


 誰かがいなくなってしまう。

 ということが、どういうことなのか、私はその日までよくわかっていなかった。


 本当に悲しいってどういう気持ちなのか。

 その日、私は初めて知ることができた。


 私の心は後悔で埋め尽くされていた。

 もっと、もっと、してあげたいことがあった。もっと、もっと、してもらいたいことがあった。

 言いたいことがたくさんあった。言ってほしいこともたくさんあった。


 どこかに一緒に出かけたかった。

 もっと長い時間、一緒にいればよかったと思った。(たくさん、たくさん、あなたと、もっと無駄な意味のないおしゃべりをすればよかったと思った)


 でも、そんなこと考えても仕方のないことだった。

 死んでしまった人は、もう二度と生き返ったりしない。


 無になってしまう。

 なくなってしまう。

 煙になって、消えてしまう。(……空の中に消えてしまう)


 だから、私は後悔をしていた。

 ……取り返しのつかないことをしてしまった、と私は思った。


「大丈夫?」

 全然大丈夫じゃない。そんな意味を込めて、私は泣きながら、顔を左右に振った。


 するとあなたは私の横にきて、そこに泣いている私と同じようにちょこんと座り込んだ。

 それから、そっと、私の手をあなたは握った。


 その日は、朝からずっと雨が降っていた。


 冷たい雨。

 悲しい雨が降っていた。


 私の心の中と同じように、ずっと雨が降っていたのだ。


 私は一人ぼっちになった。


 私は『いらない子』だった。


 だから捨てられた。


 ごみ捨て場に捨てられて、一人ぼっちで泣いていた。


「泣かないで」あなたは言った。

 そんなの無理だよ。という意味を込めて私は顔を左右に強く振った。


 そんな私のためにあなたはずっと、私が泣き止むまで、私のそばにいて、私の手を握ってくれていた。


 汚れている手を。

 あなたの綺麗な手で。

 ちゃんと触ってくれた。


「ほら、見て」

 あなたは言った。


 私は顔を上げて、あなたの指差す方向を見た。そこは空の彼方だった。

 雨はいつの間にか止んでいた。


 雨が止むと空は晴れて、そこには青色の空があって、そしてその白い雲の向こうには、綺麗な、本当に綺麗な色をした、美しい虹がかかっていた。


「綺麗だね」あなたは言った。

「……うん。本当に綺麗」涙目のままで、にっこりと笑って、私は言った。


 空には綺麗な虹があった。


 その虹の色を私は今も、ずっと、覚えている。


 あなたと一緒に見上げた、あの空にかかっていた綺麗な虹のことを。


 私は雨が好きだった。


 雨の日が好きで、雨をずっと、待ち望んでいた。


 なぜなら、雨上がりの日には、綺麗な虹が、青色の空にかかるんだってことを、私は、経験的に、あなたに教えてもらったから、知っていた、からだった。


 雨を待つ。 終わり

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