トラックに撥ねられて

柚根蛍

トラックに撥ねられて!?

 やあ、俺だ、俺。

 突然自己紹介もなしに悪いけど、実は今俺ーーー


 トラックに跳ねられそうになってる。


 なぜか不思議な力で時間がゆっくりになっているので、まずは、落ち着いて状況整理しよう。

 俺の名前は、トビ ハネオ。色々込み入った理由で漢字は難しいので表記しない。

 

 俺は、いたって普通の高校生だった。

 趣味は、トラックを見たりするのが好きというありふれたもので、特に特徴も才能もない平凡陳腐な一般人。

 今日は、学校の帰り、下校中に交差点を通っていたのだけど……いつの間にか目の前にトラックが現れて今に至る。


 しっかり、安全確認をしたはずだ。しかし現に今轢かれそうになっている。スローモーションの世界の中、ただ俺の意識ははっきりしていて、ヘッドライトから出る光が目に痛い。

 なぜか昔からそうだった、車やバイク、どう注意しても撥ねられて、毎回奇跡的にほぼ無傷。不思議とそういう体質だった。「どういう体質だ」と言われてもそう説明するしかない。


 でも流石に今回はーー


「助からなさそうだな……」


 

 頭の中に走馬灯が時駆け巡る。

 お母さん、俺を生んでくれてありがとうーー

 お父さん、いつでもカッコいい見本の親父だったーー

 妹は……今は反抗期だけど、それでもやっぱり可愛いやつだーー


プ〜〜〜〜〜ッ!!!


 五月蝿いクラクションの音を最後に、いつの間にか、俺は意識を失っていた。


**********


「ん……ここ、は……?」


 それからどれくらいたった頃のことかはもう分からない。

 でも、何故か死んでいるとは思えなかった。


 誰かの呼び声が聞こえる、それに反応して体を動かすと硬いゴツゴツとした地面にいることがわかる。

 体はだるくはない、むしろ至って健康……というか何だこの感じ。

 体全体が大きくなった気がするし、とても人間のものだとは俺には思えなかった。


「はっ!?」

 

 突如、意識がハッキリとし俺は今置かれてる状況を確かめようとした!

 目を、目?これは目なのか?不思議な違和感を覚えるがしっかりと見える。

 

 あたりを慌てて見回すと、鏡がある。俺はそれに近寄り自分の姿を見た。


「………へぇっ!?」

 なんと、そこに写っていたのはーー



 トラックの姿形をした、俺の全身だった。


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 俺は確かめた、目はヘッドライト、手と足は全部タイヤ、耳は何故かバックミラーだし、胴に至ってはボディーに置き換わっているではないか!

 

 そして今度は辺りを再度確認する。

 ここは……車庫か?俺以外にも駐車されており、奥行き十数メートルと言ったところか。左奥にはシャッターがあり、外に繋がっているのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、誰かの声が聞こえた。


「もーうるさいわねー。静かに寝るくらいできないの!?」


 突然、パッ!と目の前のトラックのヘッドライトが点灯する。

 あまりの眩しさに俺はうおっ、と声を上げた。


 だんだんその光に目が慣れてくる……。

 その後に見た光景は、俺の心を一瞬にして鷲掴みにした。


「か、可愛いっ!」


 目の前にいたのは、黄色の軽トラックだった。

 可愛らしいカラー、くりんとしたそのヘッドライト、まるっとしたタイヤに美しい曲線をしたワイパー、清掃の行き渡り汚れない純潔のようなボディー。

 その美しさを言葉で表すには俺の表現力が追いつかなかった。


「はっ!?な、なななに言ってんのよ!いきなり可愛いだなんて!」


 そういって微かにフロントを赤らめるのを俺は見逃さなかった。


「いいや、君みたいな美しいトラック、今まで見たことないよ!」

「バッカじゃないの!?昨日まで散々ちょっかい出してきたくせに今更……」


 昨日まで?

 なぜか俺の思考は、いつの間にか自分がトラックである事に違和感を持たないようになってきていた。

 冷静かと問われればそうでもないが、今の状況を推察するくらいなら出来るはずだ。


 興奮して唸っていたエンジンを落ち着かせ脳があるのかわからない頭で考える。

 結論に至ったのはすぐだった。


 きっと俺は、トラックに撥ねられたせいでどこかの異世界に転生、このトラックの魂の主と入れ替わったのだろう。

 なのでトラックなのに喋れることも気にしてはいけないのだ、きっと。

 意識が飛んだ時と同時に頭のネジや考えも一緒にぶっ飛んだという可能性も否定しきれないが、この状況は妄想の域としてはあまりにも精巧すぎた。


 ということはここで俺はトラックとして生きろというのか?

 まじか。


 そんなことを考えていた時だった。


「ごはんよー!いらっしゃーい」

 と声がする。

 その声と同時に目の前の軽トラの子が慌てたように走り去っていった。


 これは俺も行けという事なのだろうか、考えがまとまらないまま取り敢えずその言葉に従ってみることにした。


**********


「な、これが食事……?」


 俺は目の前の光景を信じられないかのような目で見る。

 車だからといって、主食がガソリンだというのか!?


「んふふー、おいしーい」

「いっぱい食べるのよー、レギュラー、ハイオク、ディーゼル。好きな味でどうぞ」


 いやっ!?わっかんねーよ!なんだよそれ!

 あまり食べたくないけど不審に思われるかもしれないし……


「レギュラーで」

「あら?いつもディーゼルなのに不思議なこともあるのね、はいどうぞ」


 そう渡されても……ってどうやって渡してるの!?

 母さんは中型トラックでさっきから無言の、多分父さんなんだろうなー、は大型トラック。

 それで俺が中型で、さっきの可愛い子が軽トラ、って。


 もしかしてこの構成だと、俺、妹にさっきあんな事言ってたのか?

 そうだよな、普通……じゃないけど、考えたら妹だ。あ、なんか本能的に分かる感じ。


 そりゃ気まずくなると、俺は若干妹に目を合わせないようにしながらガソリンを給油口から流し込んだ。


「なんだこれ、美味いぞ」

「あら、久しぶりに言われたわぁ。嬉しいわねぇ」


 どういう味だとかもはや表現できるモノではないのだが、美味しいと感じる。

 これも俺の体がトラックになったせいなのか!?


 

 その後食事をし終えた俺は、色々この世界について学ぼうとした。


 まずここは、小さな村、イズスの村という所らしい。

 俺はその村の中の一家の一人、長男であり妹、父と母がいるということ。


 俺は、村の休憩スペース、もとい駐車場でのんびりと考えていた。

 この村でトラックは俺たち一家だけであり、他にはバイクや、いろんな種類の車が住んでいるらしい。


 長老をみたが、黒塗りの高級車で昔はかなりの強さだったというらしい。

 ぶつかった相手は容赦しない、徹底的に追い詰める鬼のブラックというまあなんとも恥ずかしい名前で呼ばれてたとか。

 そしてこの世界には魔法がある、俺にもいくつか使えたがステータスは見れない。直感的にあるとわかっている感じだ。

 

 そうだ、さっきの事俺の妹……だよな。謝らないといけないよな、確かーーー


「きゃーーーー!助けてーー!」

「なっ!一体何が起きてるんだ!」


 しかしその声は確かに先ほど聞いた声だった。

 俺はエンジンを鳴らし、猛スピードでそこへと向かう!


**********


 そこには、俺の妹、軽トラと……自転車!?すごく禍々しい気配だーー


 周囲には村の人々、しかし誰も助けようとする者は居ない。

 俺がやれってーー事なのか!


「うおおおおおぉぉぉっ!」

「お、お前さん!不用意に魔物に近づくんじゃない!」


 村の人々の注意を無視して、俺は猪突猛進する。

 自転車目掛けて猛アタック!


「へぇ?この俺、支店王してんのうのチャーリー様に楯突くとは!お前なんだあ!?」


 くっ!話しながらアタックを避けられた!?

 悔しいが、なかなかの強敵らしい。


「関係ない!俺の妹は、渡さないぞ!」

「こいつの兄貴様かよぉ!いいねいいね!そういう考えなしなとこ!」


 そう言うと、奴は負のオーラを全開にする。

 あたりは闇に包まれ、不穏な風が吹いた。


「俺を倒す気でかかってきなぁ!」

「やってやる!」


 エンジン全開!

 限界突破!

 いけ!俺の魔法クルマジック


超加速エンジンブースト!!!」

「なっ!早すぎて、避けれーー


 自転車が俺のフロントにめり込む!

 そのまま御構い無しにアクセルを入れ、最高速で走る!


バァァン!

「グゥァェッ!」


 なぜかそこに丁度あったコンビニに突っ込んだーー!

 超加速されたトラックがコンビニ諸共自転車野郎を破壊した!

 

※しっかり安全運転を心がけましょう

※適度な速度で運転しましょう


**********


 その日、俺の名前は全世界に轟いた。

 世界を支配している、魔王の配下、支店王の一台が倒されたというのだ。


 俺は、色々な経緯がって勇者になってしまった。

 

「これを……この村に伝わる、聖なるガソリンじゃ」

「こ、これは!」

「そう、エリクサーじゃ」


うおおおぉぉぉぉっ!


 村人たちの歓声が聞こえる。

 俺はエリクサーを受け取ると、給油口に流し込んだーー


 体の奥から、今まで感じたことの無いような力を感じる。

 今なら時速500キロは出せそうだ。


「兄貴!そ……そのっ!頑張って!」

「ああ、頑張って魔王を倒す!」


 妹を含め、家族、村のみんなも応援してくれている。

 その日、夜通しで宴は催されたという……

 



 これが俺の第一歩!

 待ってろ異世界!俺はとりあえずこの世界を救うーー!

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トラックに撥ねられて 柚根蛍 @YuneHotaru

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