第31話 合流と突撃

 周囲を伺いながら倉庫の中に入ってきたドルトとメリーナはすぐに扉を閉め、僕たち四人を見て笑みを浮かべた。


「やっぱりお前らなら無事だと思ってたぜ」

「こそこそ隠れながら探した甲斐があった。私たちをボコボコにしたんだから、こんな変な霧にやられてなんていないと思ったよ」

「君たちは、無事なのか?」


 目の前にいるのは確かだけど、それでも信じられなかった。ほぼ全ての生徒や教師が霧によって人形も同然の姿になっているのに、二人は影響を受けずにピンピンしているだなんて……もしかして、二人は僕が思っていたよりもずっと優秀な子たちだったのか? その割には、戦いでは隙だらけだし、短気で子供っぽいけど。

 

「見ればわかるだろ。この通りだ」

「まぁ、結構しんどい部分はあるんだけどね」

「何か特別な対策でも講じているのかしら?」


 レナ様も警戒を解かずに問うと、二人は頷きを返した。


「霧を吸って一瞬意識が飛びかけたんだが、体内の魔力を必死に循環させて、抵抗力を高めたんだよ。体力は消耗するが、これならこの霧の中でも行動できるからな」

「でも、私たちは魔力が多い方とはいえ、結構きついんだよ。あんたたち、よくそんな平気そうな顔で平然としていられるね」


 そういう二人をよく見てみると、うっすらと汗が滲んでおり、顔色も少し悪いように見える。確かに魔力の循環を早くすれば、体内に影響を齎す魔法の効力を減衰させることはできる。だけど、それを持続し続けるにはかなりの体力を持っていかれるし、魔力だって減り続ける。多いとは言っても、通常の魔法士の範疇にいる二人では、もう長くは続かないと思う。

 見ている傍から膝を着きそうになったメリーナを、慌てて駆け寄ったミリーが支えた。


「私たちは二人とは比べ物にならない魔力を内包しているから、いつもと変わらず黄道できるの。とにかく、もうフラフラなんだし、この倉庫で休んでいて」

「マジかよ、普通じゃねぇとは思ってたけど、そこまでか……」


 乾いた笑い声を上げたドルトはずるずると壁に寄りかかってしゃがみこんだ。 

 まずいな、早いとこ術者を見つけだしてこの霧を消滅させないと、二人まで傀儡の人形になってしまう。

 だが……倉庫の外を覗くと、再び傀儡の生徒たちが集まっていた。人が密集しすぎたのかな。

 それに、悪煙を受けて眠っていた生徒も混じっている。元々意識がないも同然だから、効果が薄かったのかもしれない。


「結局のところ……」


 と、ドルトが唐突に言った。


「この霧の原因はなんなんだ? 生徒や教師がこうなっている以上、自然に発生したものってわけでもないんだろう?」

「うん。この霧は恐らく、王女殿下の誘拐を目論む者が引き起こしたものだ」

「レイズ様……」


 リシェナ様は言ってもいいのか、という眼差しを向けるが、ここで誤魔化しても意味はない。何より、彼らは巻き込まれた被害者なんだ。ここで嘘の情報を伝えるのは、気が引ける。


「王女殿下は以前から刺客に狙われたから、今回も同じ集団が引き起こしたことだろう」

「なるほどな……で、そんな情報を持ってるってことは、お前は王女の護衛か何かか?」

「……想像に任せるよ」


 曖昧に濁しながら答えるも、ドルトとメリーナは確信したらしく、苦笑した。


「どうりで強いわけだ」

「まぁでも、それなら悔しさも少しは紛れるよ。あんたは別格なんだって理解できたからさ」

「……」


 二人は僕が宮廷魔法士だと理解したわけではないと思うが、少なくとも王族の傍に仕える騎士か何かだと解釈したらしい。確かに宮廷勤めという点では同じだけど、少し違うかな。具体的な解釈はわからないので、何も捕捉を入れたりはしないけど。


「お兄ちゃん、早くしないと」

「わかってる。生徒たちが集まってるから、急いでここを出ないと」

「出たとして、どうするんだ?」


 ドルトの問いに、即答する。


「勿論、術者を見つけ出して一気に叩く。魔法は術者が死ねば自動的に消滅する代物だからね。この霧が設置型の魔法なら話は変わるけど、どのみち術者を生かしておくことはできない。可能ならば、生け捕りにしたいところだけど」

「人……殺せるのか?」

「必要なことだからね。私情や感情を切り捨てなければ、護るべきものも護れなくなる。線引きは大事だよ」


 この時の僕がどんな顔をしていたのかはわからない。だけど、隣にいるリシェナ様が若干怯えた様子だったので、きっといいものではなかったのだろう。


「幸い目星はつけたし、これからそこに向かって突っ走る」

「向かってくる生徒たちはどうするの?」

「王女殿下から殺さずに無力化してくれって言われてるからね。ちょっと気絶させるくらいで、無力化するつもりだ」


 そのお願いを無視するわけにはいかない。僕だって、無関係に巻き込まれた生徒を殺すようなことはしたくないし。問題は、それでリシェナ様を危険に晒す可能性が高まることだけ。でもま、ミリーもいるから何とかなると思ってる。現状は、何とかなってるし。


「レイズ、行くならさっさと行った方がいいわ」

「はい。では、リシェナ様」


 リシェナ様の手を取り、僕は扉を開けて走り出そうと構える。

 が、その直前、座り込んでいたドルトとメリーナが立ち上がった。


「何を?」

「こっから先は別行動だろ? だったら、ちょっとばっかし手を貸してやろうと思ってな」


 いつもの快活さは皆無の状態で、ドルトは僕を押しのけて扉の前に立った。その後ろについたメリーナも、同様に外へと飛び出すつもりらしい。


「あたしたちが先にここを飛び出して、外に群がっている生徒たちをひきつけてあげる。戦わなくても、注意を引きつけて逃げ回ることくらいはできると思うから」

「──、生徒たちは正気を失っている状態だ。捕まったら、殺されるかもしれないよ?」

「うわ、そりゃおっかねぇ。けど……」


 ドルトが振り返り、拳を握った。


「ここで黙って眠っているのは、最高に格好悪い気がするんだよ。女にばかり戦わせて、男の俺はここで眠りこけてるってのは、プライドが許せねぇ」

「いいじゃん。ここでくたばって霧の奴隷になるより、最後まで足掻いた方が格好つくし。何もできずにリタイアするなんて、まっぴらごめんなんだよ。まぁ、こいつと一緒ってのは凄く気に喰わないけど」

「それについては同感だ。俺もお前みたいなクソ女が一緒なのは気に喰わねぇ」


 いつもの調子を演じつつも、二人は覚悟を決めた眼差しをしている。

 なんだよ、喧嘩ばかりの問題児だと思ってたのに、格好いいじゃん。僕だけじゃなくて、他の三人も同じように微笑みながら彼らを見つめる。

 ここで止めるのは、二人の覚悟を無駄にするも同じ。なら、彼らを信じてみようか。


「わかった。二人とも、外の生徒たちをひきつけてくれ。その隙に、僕たちは術者の元に向かうから」

「あぁ。術者に負けました、なんてことは勘弁だぜ?」

「馬鹿。信じてくれたんだから、あたしたちも信じなきゃダメでしょ。ほら──行くよッ!!」

「応ッ!!」


 扉を勢いよく開けて外に飛び出した。

 姿を見せた二人を視認した生徒や教師たちは彼らに引き寄せられるように進行方向を変え、二人の追跡を開始した。

 ものの十数秒で倉庫付近は無人になる。

 このチャンスを逃すことなく、僕たちは倉庫を飛び出し、時計塔を目指し走り出した。

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