第30話 戦局
「操り人形共はやられたか……」
学園中に蔓延したガスを吸った
「しかし、先程見えた黒い煙……悪煙を使うとは……時代錯誤にも程があるだろう」
悪煙はかなり昔に開発された魔法の一種。対象に悪夢を見せる趣味の悪い魔法だが、風魔法の種類が増えてからというもの、ほとんど対象に使っても効果がなくなってしまったため、もはや今では使う者がいなくなる程なのだが……それを習得しているというのは、盲点だったな。
確かに、操り人形共は単純な攻撃しかしせず、奴らを捕縛するための攻性魔法しか使うことがない。しかも、本人が使うことができる範囲で。自分に向かって放たれる魔法に対抗するための魔法は発動しないのが、私の魔法の難点だな。
しかも、相手は狙撃に特化したタイプの魔法士。数秒程度で十を超える数の操り人形を無力化する技量は、素直に称賛に値する。あれほどの名手、うちの組織に欲しいくらいだ。
しかし、残念ながら奴は敵だ。
恐らく勧誘したところでこちら側につくことはないだろう。年頃だし、女を使った拷問を行えば結果はわからないが、どのみち連れて帰ることはできない。ここで殺しておかなければ。
「それに……奴に姿を見られることだけは避けなければならない。視界に入れられれば、即座に死だ」
視認すれば一瞬で目標までの距離や障害物を計算し、最適な弾道を導き出して狙撃してくる。しかも、地形での不利などものともしない、ありえない狙撃を持って。
あの狙撃能力で王国周辺にいる魔獣は随分と数を減らされてしまったことだし、私がその餌食となるわけにはいかない。仮にも、幹部だ。部下共に無様な醜態を報告するわけにはいかないからな。
奴の前に姿を見せるのは……全てが終わった後。即ち奴らを捕縛し、確実な安全を手に入れてからだ。
右手に握った濁った灰色の宝玉を握り、その時が来ることを夢想した。
絶対に、手に入れて見せる。
◇
「ここなら、一先ずは大丈夫ですね」
操られた生徒や教師を退けた僕らは人気の少ない校舎裏に向かい、掃除道具などが収納されている小さな倉庫の中に入り身を隠していた。小さいとは言っても、四人が入るなら十分な大きさだ。微かにスライド式の扉を開け、ここに来るものがいないかを常に見張り続ける。来れば即座に気絶させ、再び戦いの中に身を投げることになるな。
僕はレイピアを抜刀したままの状態で、一緒に中に入った三人に目を向けた。
「このまま生徒たちを昏倒させていても、何も解決しません。術者を見つけ出して、叩きましょう」
人を操るこの霧は魔法によって生み出されたもの……いや、霧そのものが魔法だ。どれだけ生徒を殺さずに気絶させようとも、いずれは必ず目を覚ます。術者を殺すか捕縛しない以上、絶対にこの状況が打開されることはない。生徒や教師たちは、悪夢を見続けることになるんだ。
根本的に事件を解決するには、これしかない。
僕の意見を聞いたレナ様は頷く。
「それに関しては私も賛成よ。問題は、その術者が学園の何処にいるのか、ってことね」
「さっきから魔法を使っているけど、術者らしき人影は一度も目にしていないよ? 探すにしても、向かってくる生徒や教師を全て倒すことになる。贅沢かもしれないけど、魔力は温存しておきたい」
ミリーも僕と同意見。魔力は可能な限り温存し、術者との交戦に備えておきたい。
いざとなれば霊薬があるけど……あれはあまりホイホイ使いたい代物ではないからね。だとすれば、ここを出る前に術者が何処にいるのか、目星をつけておかないと。無作為に学園中を探し回ったところで、見つけられるとは思えない。
「敵の目的は恐らくリシェナ様だろうし……あぁ、学園長はこんな時に何をしているんだ?」
「あの、学園長は確か、昨日からしばらくの間出張に行くと……」
「そう、でしたね。敵はそれも狙っていたのかな」
学園長は魔法士としてかなりの実力者。リシェナ様誘拐の計画の障害は可能な限り少ない方がいいだろうし、敢えてこの日を狙ったのかもね。強かな野郎だ。
「術者……術者……う~ん、そもそも、この学園の中にいるんでしょうか?」
リシェナ様が首を傾げながら思考をフル回転させて呟く。
確かに、彼女の考えも僕は一度考えた。もしかしたら術者は学園の中におらず、遥か遠くからこの状況を静観しているのではないか、と。
でも、よく考えたらそれは考えられないことだった。
「確実に、この学園の何処かにいるはずです」
「根拠はあるの?」
壁に背を預けたレナ様に頷きを返した。
「予想も含みますが、恐らくこの霧で人を操る魔法は占有魔法です。占有魔法は使用者が一個人に限られ、その力は汎用魔法とは違い特殊で強力なもの。使用する魔力も膨大なものになります。更に、仮に術者がこの学園にいないとなれば、それは魔法式を物体に書き記して発動する設置型ということになります。設置型は自動的に発動され、術者がその場にいなくても発動が可能ですが、術者によるコントロールができません。大規模な魔法、加えてリシェナ様誘拐という重要なことを為そうとする時、何もせずに傍観するなんてことはしないはずです」
魔法士が何よりも信用するのは、磨き上げた自身の魔法の腕だ。重大な任務程、制御が効かない設置型魔法を作戦の決定打に使うことはなくなる。同じ魔法士としての勘も含まれるけど、そんな危険な綱渡りをすることはないだろう。
「根拠としては、そんなところですかね」
「なるほど……でも、レイズ様。肝心の術者の場所は……」
「それについてだけど」
と、意外なことに口を開いたのはレナ様だった。
「この霧を学園中に拡散させたいと考えた場合、大体の場所は思いつくんじゃない?」
「え、レナ、思い浮かんだの?」
「えぇ。まぁ、魔法の性質とかをよく理解していないリシェナには、わからないかもしれないけど……レイズとミリーはわかったんじゃないの?」
「???」
「いえ、今のところは……」
一度ミリーと顔を合わせたが、兄妹揃って浮かばない。
レナ様が若干ドヤ顔をしているのがムカつくところだが、ここは我慢してご教授願おうか、と彼女をジッと見据える。
それを合図と受け取ったレナ様は、人差し指を立てて話し始めた。
「外に充満しているこの霧は、空気よりも重い比重を持っているから、下に落ちていくのはわかるわね? さらに、私たちが通り抜けた箇所にあった霧は押しのけられる様に移動したけど、微風による影響は受けなかった。つまり、風への抵抗が凄く強いということよ」
「……今のところ、わからないのですが」
言っていることは理解できるけど、そこから術者の居場所には繋がらない。僕以外の二人も、同様に困惑した表情を浮かべている。
「だから、発生した霧は体積を増やすごとに外側へと押されて、綺麗に八方に広がっていくってことよ。風の吹いていない中、僅かなさざ波もない水の中に石を投げ入れた時にできる水の波紋のように、均等に霧は広がっていくの。そして、目的が学園全体を覆いつくすことだと仮定した場合、少しでも早く学園を覆いつくす場所にいるとは思わない?」
「……あ!」
そこまで説明されて、僕は納得の声を上げた。
霧は下に沈む、学園全体を覆いつくす目的を最も早く達成することができる。この二つの条件を嵌めた場合、導かれる場所は一つだ。
「学園中央──時計の高台」
「そこにいる可能性は大いにあると思う。もし私が術者と同じ立場になったなら、そこに陣取ると思うし」
「じゃあ、次の目的地はそこですか? 行く場所が決まったのなら、早速お兄ちゃんの唇から貰った悪煙を外に向かって使います!」
「その言い方はやめてくれ」
悪意満々の言い方をしたミリーに苦言を呈した──時、倉庫の壁がガタ、と音を立てた。
「っ」
僕は咄嗟にリシェナ様の肩を抱き寄せ、レイピアを扉の方へと向ける。
話し声が外に漏れ聞こえたのか? いや、ただ倉庫の壁に触れただけという可能性もあるが……どのみち、ここを出るには確認しなければならない。
僕はミリーと視線を合わせて頷き合い、近距離戦に適した彼女を先行させることに。
ゆっくりと扉に近づいたミリーは全身に魔力を走らせ、扉を少しだけ押し開いて顔を外に出し──鋭くなっていた視線を丸くし、「え?」と小さな呟きを零した。
どうかしたんだろうか? 生徒や教員じゃなかったとしたら、猫や小鳥などの動物類か? だけど、今の音は明らかに人が壁に手を着くような音だったけど。
「おい、ミリー──」
と、僕は妙な反応を示した妹に声をかけようとした時、扉の外から二人の人影が見え、それをミリーは招き入れた。
その二人に、僕もリシェナ様もレナ様も、思わず目を張り「え?」と小声を漏らした。
「ドルトに、メリーナ?」
安心した様子で倉庫に入ってきたのは、僕らのクラスに在籍している、喧嘩ばかりの問題児たる二人だった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
【謝罪】
昨年九月より更新が停滞しており、大変申し訳ございませんでした。
書籍の作業をしている中でWEB版との違いや、読み返す中で中々納得できない展開が多くあり、当作、そして更新を希望する読者の皆様の声に目を背けてしまっておりました。
これまではもうWEB版に手をつけることはないかな、と本気で思っていたのですが、近況ノートに書いてくださった読者の方の声、そして「お前が始めた物語だろう」という名言が心に刺さり、更新を再開することと致しました。
久しぶりに、ワークスペースの一番下に埋もれていたこの作品を開くと、フォロワー様も一万人を超えており、自分はこれだけの読者の方々を蔑ろにしていたのか、と猛省致しました。
今後しばらくは宮廷魔法士、並びに宮廷司書の更新に時間を割きたいと思います。
更新を心待ちにしてくださっている方、並びにこの作品を読んでくださった方々、本当に申し訳ありませんでした。
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