第29話 妹の占有魔法

「ん……ッ!」


塞がれている唇から伝わる柔らかな感触と、息ができない苦しさに思わず声を漏らしてしまう。

く、苦しい……。もう数十秒は唇を塞がれているから、当然、か。

久しぶりにこの感覚を味わうけど、やっぱり慣れない。息ができないというよりも、妹と唇を合わせるという行為そのものが。

しかも、今はリシェナ様とレナ様の前。恥ずかしさやら何やらで、もう死んでしまいたいくらい。


「な、な、な」

「えっと……そういうのは人目のつかないところでしてくれないかしら?」


リシェナ様は顔を真っ赤に染めて口をパクパクさせ、レナ様は頬を染めながらそんな的外れなことを言ってくる。僕が好き好んで二人の前で妹と濃厚なキスをかましたと思っているのか? そんなわけないでしょうッ!

視線をそちらに向けていると、ミリーが僕を抱きしめる力を強めてきた。

曰く、私に集中しろ、ってことだと思うけど──。


「んッ!?」


吸い付く力が強くなってきたと同時に、ミリーの瞳が、酔いが回ったみたいにとろんとしてきた。唇の間から、飲み込めなかった唾液が零れ伝う。

こ、こんな姿を二人に見せながらやるなんて……お、覚えてろよ……。


恨み言を心の中で言いながら、僕は全身に魔力を込め始める。

すると、僕の身体全体が熱くなり、体表に幾つもの魔法式が浮かび上がった。

さっき言っていた悪煙に、これとこれ……ついでに、これも渡しておくか。使


「んむ」


ミリーが合わさった唇の位置を少しずらすと、僕の身体に浮かんでいた魔法式が次々とミリーの口に流れ込んでいく。

少し多めに渡したから、負荷が多いのかもしれないけど……これくらいなら余裕で耐えられるだろう。最後の魔法は特にきついと思うけど。


やがて全ての魔法式がミリーの身体に移ったことを確認し、僕らは互いに唇を離した。その間に、濃厚な銀の糸が引かれ、ミリーが舌なめずりをしたことにより、ちぎれる。

本当に、その仕草をやめれほしい。義理とはいえ兄妹なんだから、こういうことはダメなんだから。魔法の性質上、仕方ないかもしれないけど……また、雰囲気に流されたなぁ。


「御馳走様♡」


どこか艶めかしくそう言ったミリーに続いて、リシェナ様が僕の襟元を掴んで大きく揺さぶって来た。ちょっ、待ってッ!


「レ、れれれ、レイズ様ッ!? そ、そういうことはまだ早いと思いますッ!第一、貴方達は兄妹なんですよッ!? き、ききキスをなんて、それも、あんなに濃厚なものを……」

「お、落ち着いてください!あれは、必要なことだったんです! この状況を打開するために必要な行為であって……」

「戦いの最中に妹さんとキスをすることがどうして必要なんですかッ! す、するなら──むぐ!」


何かを口走りかけたリシェナ様の口元を、レナ様が背後から塞いだ。


「はいストップリシェナ今何を言いかけたのかしら?」

「む、むぐぐ」

「絶対後から後悔することになるから、その辺りにしておきなさい」


ぐるぐるおめめでレイズに詰め寄っていたリシェナ様は、レナ様に止められたことで一旦僕を解放した。それでも、顔を真っ赤にしたまま僕を恨めしそうに睨んでいるので、納得はしていないようだ。

いやまぁ、確かに、いきなり護衛が妹と濃厚なキスをかましたら気分はいいわけないか。


「それで、レイズ。説明してくれるのよね? あのキスの理由を」

「勿論です。が、これは他言無用でお願いしますね」

「それは約束するけれど、何となく察しがついたわ」


なるほど、と頷きながら、前方で膝を突き手を地に触れているミリーに視線を移した。

流石は情報通というか、頭の回転が速いというか。


「お兄ちゃんッ! 上の人たちお願いッ!」

「了解。すみません、すぐに片付けますので」


抜刀していたレイピアを一振り。

瞬間的に生み出した幾つもの蒼い雷は、校舎の窓ガラスに着弾し、幾度も窓ガラスを反射した後、こちらに向かって魔法を放とうとしていた生徒たちに直撃した。

当然殺傷能力を抑えるために出力はかなり低くしてあるし、当たれば意識を失う程度の威力だ。

倒れる方向も密かに調整したので、屋上から落ちる心配もない。


「流石ね」

「恐れ入ります。そして、続きですが──」


目の前で魔法式を展開しているミリーを見ながら、説明する。

今、彼女が展開している魔法式は、彼女が習得しておらず使えないはずの──悪煙のものだ。


「あの子の占有魔法は、口付けた対象の保有する魔法式を複製し、一時的に自身のものにすることができるという魔法なんです。複製の他に、僕自身が譲渡することができます。そうなると、僕はその魔法を使うことができなくなりますが」


僕らを悪煙の煙幕が包み、全方向に向かって広がっていく。

影響を受けないように、僕はこの場にいる四人全員に対抗魔法を付与しているので、眠りこけてしまうことはない。

しかし、ただ操られているだけの生徒たちは煙に飲み込まれ、バタバタと倒れ夢の中へと旅立っていく。当然、魔法の性質上、見るのは悍ましい悪い夢だけど。


「名は──共有干渉。先ほど述べた効果の他に、口付けた対象に自身の苦しみを分散させる、魔力を吸収・譲渡する。などの効果があります」

「兄妹揃って占有魔法保持者って……凄いわね」


レナ様が感心するように僕とミリーを交互に見やる。

納得、してもらえたようだ。決してお互いにやましい気持ちがあって行為に耽っているわけではないんだ。魔法を発動するために、またそういう性質上仕方なく行っているだけであってですね。

……そりゃ、確かに行為の最中は頭がぼうっとすることも多いし、よくわからない快感を感じたりすることもなくはないけれど、相手は妹。赤の他人とは違うんだ……倫理的には赤の他人よりも不味いことだな。うん。


「だ、だとしても!」


リシェナ様は大分恥ずかしさが引いたようで、ムスッと頬を膨らませながら抗議した。


「そういうことをするのは、よくないことだと思います!」

「それは確かにそうね。あんまり人前で……というか、人前じゃなくてもやらないほうがいいわ。兄妹なんだし」

「で、ですので極力使わないようにしています!」


過去に使ったのは二回しかない。

これを二回しかキスしてないと考えるか、二回もキスしていると考えるかは、人の判断によるのだろうけれど。


「お兄ちゃん、終わったよ」


生徒たちを夢の中へと旅立たせたミリーが僕の元に駆けより、腕に抱き着いてきた。


「よく使いこなせたな」

「当然。私の占有魔法は、お兄ちゃんが使えるあらゆる魔法を自由に扱えるんだから」

「なんで僕だけ?」

「お兄ちゃん以外とするなんてありえないからね。ね、気持ちよかった?」

「……そういうことを考える暇なんてなかったよ」

「嘘♡すっごく目がトロンってしてたもん」

「そ、それはお前だろ!? 僕は別にそんなこと──」

「じゃあ、もう一回してみる?」

「しないよッ!」


忘れてるかもしれないけど、今は大変な事態の最中なんだから、こんなやりとりをしている場合じゃない。一刻も早く霧の術者を見つけて倒さないといけないのに……。緊張感を解き過ぎだ。


「やっぱり、魔法使う目的だけじゃないんじゃないかしら」

「うぅぅぅぅぅ、(ず、ずるい……)」


お二人の視線を受けて、僕はがっくりを項垂れるのみ。

完全に、悪印象凭れてしまったよなぁ……。

今後も、緊急事態以外は使うまいと心に誓った。

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