第28話 公開処刑も同然の口付け
「ふふふ、やっぱり生徒たちは傷つけない方向にしたのね」
水晶に映し出された映像を見て、予想通りに動き出したことに、私は思わず笑いが零れてしまう。
如何に魔法士と言えど、ただ操られているだけの無関係な人間を殺すはずはないとは思った。それに、あの王女がそんなことを容認するはずもないし、なにより、あのレイズという魔法士もまだ十六になったばかりの子供。任務のために命を選別することはないという予想も立てていた。
計らずとも、あの王女の存在が、魔法士にとっての枷になっていることは間違いない。
「あんまり時間をかけるわけもいかないし、早いとこ数で潰してしまうのが一番かしら。近距離戦が苦手という情報もあるし……でも、問題は──」
隣にいる、あの魔法士の妹。
実力者なのはわかっているのだけれど、その詳細は全くわからない。どんな魔法が得意なのか、攻撃パターンや魔力量も、未知数。
学園で生活していた一か月間は、特に何も目立ったことはしていないのだけれど……この霧の中を動き回ることができる時点で普通じゃない。
「とにかく、様子見ね」
現状はまだこちらの優位に変わりはない。
任務達成のチャンスが訪れるまでは、静観することにしよう。
◇
リシェナ様の仰られた通り、僕とミリーは誰一人として傷つけないよう、迫り来る生徒たちを無力化していった。
脚に氷の茨を巻き付けて拘束したり、深い眠りに誘う煙幕を張ったり、昏倒させる程度の物理的衝撃をぶつけたり……とにかく、出来る限りのことはした。
けど、それでもきりがない。
学園の生徒・教師ほぼ全員が操られているとしたら、その全ては敵ということになるのだ。相手にしていたらどれくらいの時間がかかるかわからないし、何よりこちらは戦い方に制限をかけられている状態。
命とか傷とかを考えずに攻撃ができれば、もっと短時間でできるんだけど……厄介すぎる。
「あぁもうッ! 集団来たよッ!」
ミリーが苛立ちながら前方を指さすと、数十人の生徒の軍団が僕らに向かって走り迫っていた。ほぼ全員が魔法式を展開していて、今すぐにでも魔法を撃ちこんできそうだ。
ったく、王女殿下に怪我をさせるつもりかよッ!
レイピアをすぐにそちらに向け、先端から魔力球を連続して放つ。特に殺傷性はないけれど、魔法をキャンセルさせるならばこれで十分だ。
放った球はその全てが生徒たちの頭部に直撃し、その場に昏倒する勢いで的外れな咆哮に飛んでいく魔法でこちらに向かってくるものは一つとしてなかった。
これで一体何人倒したんだろう。
かれこれ数十分はこうして戦い続けているけれど、まだまだ魔力の気配はあるし、濃い霧のせいで視界も悪い。一度この霧を払おうともしたけれど、すぐに元も戻ってしまったから諦めた。やっぱり、術者を倒さないと何も解決しない。
「申し訳ありません、お二人共。お疲れかと思いますが、しばし我慢を」
「私たちは全然大丈夫ですけど、レイズ様とミリー様は、大丈夫なのですか? 先ほどからかなり魔法をお使いになられていますけど……」
「私たちは大丈夫ですよ、殿下。魔力内包量は、常人の何倍もありますから」
「ですが……」
「リシェナ。今狙われているのは貴女なのよ。二人じゃなくて、自分の心配をしていなさい」
落ち着き払ったレナ様に言われ、リシェナ様は反論しようと口を開きかける。
レナ様の仰られたことは正しい。今危険なのは、僕らよりもリシェナ様なのだから──大勢の足音が聞こえた。しかもこれは──。
「お兄ちゃん、ちょっとまずいかも」
「全方向且つ、周りの建物からもこっちを狙っているなぁ……」
まだ姿を確認することはできないが、魔力反応がこちらに向かって迫って来るのがわかる。
その数、ざっと百五十人。
操られた生徒たちが、リシェナ様を捕らえようと襲ってくるわけだ。
どうするのが、最善だろうか。
殺さず、可能な限り傷つけず、これだけの人数を無力化するには……ジっと視線を感じ、そちらを向く。
「……ミリー。なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「え? べ、別に嬉しそうになんて……ふふ」
「し・て・る! この状況で何を考えてるんだ……」
言ってしまえば絶対絶命の状況で笑うなんて……どうかしているよ。
ほら、リシェナ様とレナ様も困惑しているし。
と。
「お兄ちゃんさ。さっきの眠る煙を発生させる魔法って、どのくらいの範囲で有効なの?」
「眠る煙……
闇属性近距離初級魔法──悪煙。
濃密な魔力で生成された煙を生み出す魔法で、その煙を吸った対象は瞬時に眠りに誘われ、悪夢を見せられる。
本当は悪夢を見せることはよくないけど、今のところ深い眠りにつかせることができる魔法はこれしかない。後は安眠用の個人にかける魔法だから、大人数には使えないんだよね。
でも、それを使うところで問題は残る。
「悪煙を使ったところで、校舎の上に居る生徒はどうする? ミリーはあの十数人を数秒で撃ち抜くことはできないだろ?」
「無理だね。それはお兄ちゃんにやってもらわないと」
「となると、悪煙はミリーが使わないといけない。だけど、お前は使えな──ハッ!」
ミリーが何を考えているのかを察して、思わず後ずさる。
まさか、あ、あれをやるつもりなのか? リシェナ様とレナ様の前で、あんな辱めを受けろっていうのかッ!?
「ま、待つんだミリー。せめて、人気のないところで……」
「ダメだよお兄ちゃん。これは必要なことなんだから。殿下達を護るために、やらないといけないこと。現状、切り抜ける方法はこれしかないんだからね」
「グッ……」
何か回避する方法はないかと頭を回転させるけど、中々いい案が思いつかない。こうしている間にも段々と生徒たちは近づいてくるし、校舎の上にいた生徒に関しては魔法を発動する準備に入っている。
「あの、ミリー様? 何をしようとされているのでしょうか?」
「レイズが凄く嫌そうにしてるけど……」
「別に危険なことではないです。ただ、お兄ちゃんは恥ずかしがってるんです」
「「恥ずかしい?」」
どうして? と首を傾げる二人に、ミリーは一度ウインクをし、僕の首に両腕を回す。
しまっ──。
「こういうことだからです♪」
上機嫌そうに言って、ミリーは僕の唇に口付けた。
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