第27話 支配された学園
明らかに異様な光景に、僕らは唖然として言葉が出ない。
朝来たらクラス全員が生気のない顔で呆然としている。そんなこと学園生活の中で一度でもあろうものなら、こんな反応をするだろう。
とにかく、緊急事態ということしかわからない。どうしてこんなことになっているのかも……。
「お姉ちゃん、どうする?」
ミリーが警戒心を露わにしながら僕に尋ねる。
どうする、って言われても……一先ず、リシェナ様とレナ様の安全を確保すること、それから状況の確認が最優先事項だ。
「この状況でバラバラになるのは悪手だ。戦力を分散させるわけにはいかないし、四人で固まって行動しましょう」
この白い蒸気は明らかに自然発生したものではない。
つまり誰かが、この学園に対して仕掛けた攻撃ということになる。狙いは……言うまでもないか。どうやらミレナさんの言っていた通りの結果になったらしい。
「レイズ様、彼らは……」
「死んではいません。ただ、意識はないでしょう」
僕らが入って来たというのに、誰一人こちらを見ようとせずに、正面だけを向いている。
この白い蒸気には、吸った者の意識を奪う効果があるのか。いや、奪うとは少し違うか。誰も床に伏せるような状態になっていないし、うわごとのように掠れた声を上げている者もいる。
奪うまではいかずとも、朦朧とさせる効果の方が適当なのかも……ん?
「どうかしたの? レイズ」
「いや、人数が足りな──ッ」
ガタン!
突然一斉に立ち上がったクラスメイトを前に、僕は咄嗟にリシェナ様を背中に庇い、レイピアに蒼電を走らせる。少し後ろでは、ミリーも僕と同じように魔力を込めて戦闘態勢を再び整えていた。
「ミリー、この先の展開は、もう読めた?」
「侮らないでよ、お兄ちゃん。勘はまだ、衰えてないからね」
流石は我が妹。
この先に起こる、最悪に近い形のシナリオが予想できたみたいだ。
「リシェナ様。一応、貴女の意思を確認させてください」
「私の意思、ですか?」
「はい。僕の任務は貴女を護ることです。もしも貴女の身に危険が迫れば、その対象を僕は問答無用で始末します。例え、この学園の生徒としても」
「──ッ」
リシェナ様は息を詰まらせた。
僕が言っていることはようするに、彼女の命以外を切り捨てるということに他ならないんだ。それを、許容できるかということ。
寛大で心優しいリシェナ様のことだ。きっと誰の命であろうと、平等に扱うと思う。だけどこの状況では、命は平等じゃない。
と、その時──クラスメイトたちが虚無の表情のまま、一斉に僕らに向かって襲い掛かって来た。 くそ、やっぱりこういうことになるよね!!
答えに迷っているリシェナ様を横抱きに抱え込み、教室のドアを強引に蹴り破って廊下へ。
「ミリーッ! レナ様を連れて逃げろッ!」
「うんッ! でも、何処に逃げるの!?」
「とにかく走り続けるんだッ! 今この学園に──」
廊下を進んだ先にあった教室から、別クラス、別学年の生徒たちが、虚無の表情でわらわらと姿を現した。
まぁ、うちのクラスだけなわけないか!!
「──逃げ場何てない! 学園の人間全員が敵なんだからなッ!」
「え──キャアアアアアアアッ!!」
廊下の窓を砕き、外へと飛び降りる。
ここは校舎の最上階だからそれなりの高さがあるけど、死ぬわけじゃない。衝撃軽減の魔法を使えばどうとでもなるんだ。
ミリーとレナ様も僕の後についてきているし──って、追手が早いな。もう下に数人が待ち構えてる。
「ミリーッ!!」
咄嗟に名前を呼ぶと、既に準備していたようにミリーは片足に風を纏わせており、それを地面に向けて放つ。
着弾した風の塊は波状に拡散し、視界を覆い尽くしていた白い蒸気もろとも操り人形と化した生徒たちを吹き飛ばした。
壁に激突した彼らは完全に意識を失ったようで、動かなくなったけど。
「ちょっと強すぎじゃないか?」
「加減したから大丈夫だよ。それより、この煙、あんまり吸わない方がいいんじゃない?」
「いや、私……いや、もういいか。僕らは多分大丈夫だ」
「なんで?」
首を傾げるミリーに説明する。
「この煙は人為的に引き起こされたもので、その効力は煙を吸った魔力抵抗の低い人間を操ることだ。その証拠に、魔力が一般人より多い僕らは、煙の影響を受けていないだろ?」
ここにいる四人は誰も煙の影響を受けていない。
魔力内包量が多いから、その分抵抗力も増大しているんだ。だから、常に魔力を全身に巡らせておけば問題はない。
「こんな短時間でよくそこまでわかったわね……。殲滅兵室の魔法士は皆そうなの?」
「昔から、お姉ちゃんは勘がいいというか、状況の把握能力が桁違いに高いんです。あ、もうお兄ちゃんって呼んでもいいんだっけ?」
「どっちでもいい。それより、リシェナ様、答えをお聞かせ願えますか?」
ビクッとリシェナ様の身体が震える。
様子を見るに、答えはまだ出ていないようだ。
でも、悩んでいる時間はあまりない。僕とミリーは、可能な限りリシェナ様の意向に沿うようにしたいのだ。
「貴女を確実に守る方法の中では、再び起き上がれないように襲ってくる生徒を全員始末することが一番です。しかし、優しい貴女はそんなことを認めないでしょう。ですから、もう一度お聞きします。貴女は、それを許容できますか?」
厳しいことを言うようで悪いけれど、これはすぐに決断してもらわなければならない。
僕らだって、被害は最小限に抑えたい。煙が収まった後に、この学園の生徒が全員死んでいた、なんてことにはしたくない。
けれど、王女殿下の命には代えられないんだ。
彼女がそれを容認すれば、僕は宮廷魔法士としてではなく、殲滅兵室の兵器として、襲い来る
……その可能性は低いと思うけどね。
リシェナ様が何を言おうと、それを受け入れる覚悟でいると、不意にレナ様がリシェナ様の肩に手を置いた。
「リシェナ。わかっているでしょう?」
「レナ……」
「今は一大事で、悩んでいる暇はない。刻一刻と脅威は迫っているの。だから、考えるのはなしにして──貴女の思いを伝えなさい」
「私の、思い?」
「そう。貴女は自分に正直になればいい。忘れたの?レイズはそこらの魔法士とは違う。王国最強の魔法士よ。貴女のお願いくらい──簡単に叶えてくれるわ」
無茶を言う……。けど、その通りかもしれない。彼女の意志を汲み取るんだから、どちらにせよリシェナ様の思いを無下にはできないよ。
リシェナ様がレナ様の言葉を聞いて僕を──僕とミリーを見る。
聞きたいのは、それだ。難しく考えるのも、損得勘定も今はなし。
彼女がどうしてほしいか。
聞きたいのは、それだ。
「私の、思い……」
不安そうに見つめるリシェナ様に一度頷き返す。
大丈夫。何を言おうと、僕らは受け入れてあげます。
「レイズ様、ミリー様、その……私は──」
胸元に手を当て、ふぅ、と一息ついたリシェナ様は、視線を僕らに合わせて、告げた。
「絶対に、一人も殺さないでください。難しい選択を強いることになるのはわかっています。ですが……私は、私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌なんですッ!」
彼女の本意に、思わず笑みがこぼれてしまう。
ちょっと意地悪な聞き方をしてしまったけど、リシェナ様が最初からこう言うことは最初からわかっていたよ。
彼女は心の優しい王女様だ。そんな人が、生徒を殺してでも私を護れ、なんて言うはずがないでしょ?
これでも、結構一緒にいることが多いので、大分わかっているんです。貴女のこと。
僕はレイピアを胸元で垂直に構え、空いた手を腰の後ろへ。
騎士として、最上級の敬礼の構えを取った。
「仰せのままに──姫よ」
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