第23話 教育

「……なんでこんなことに」


僕は現状身に起きていることを想い、大きく肩を落とした。

右手に持つ愛用のレイピアは相も変わらず刀身をキラリと光らせ、神々しいまでの輝きを放つ。手に馴染む感覚は既に慣れたもので、一心同体と言ってもおかしくはない。毎日手入れを欠かしていないことも、美しさの理由の一つでもあるのだが──。


「おいッ!!やる気あんのかてめぇッ!!」


レイピアの美しさとは対照的な粗悪で乱暴な言葉が叩きつけられ、僕はやれやれと顔を上げた。

髪が長いから、前髪が目にかかる。邪魔。女の子はよくこんな邪魔なものを切らずにいられるな。僕なら絶対に無理だ。

なんて他ごとを考えていると、また怒鳴られるかもしれないので、一応気怠そうに返事だけ返す。


「やる気があるかないかで言われれば、勿論ないよ。いきなり指名されて、私はびっくりしてるんだから」

「お前が強いからだそうじゃねぇか。いいか?手何て抜いたらぶっ殺すからなッ!!」

「えぇ……」


いや、僕が本気でやったら骨も残らないと思うんだけど……。それどころか、ここにいる全員が被害に遭う。八星矢なんて使えないよ。使うつもりなんて毛頭ないけど。


「レイズに本気出させるなんて絶対に無理なのに……馬鹿な男」

「でも、またあの魔法を見たい気持ちはあります!」

「あのねリシェナ。こんなところで使ったら私たち死ぬわよ」

「わ、わかってるよ!」


お嬢様方の楽しそうな声が聞こえる。

他の子たちと違って、彼女たちは全く緊張感がない。周囲のクラスメイト達は固唾を飲んで僕らの戦いを注視しようと目を光らせているのに。


「フッ、お姉ちゃんに勝てるわけないのに」


近くでミリーが嘲笑ってる。

君は一体何時からそんな表情を浮かべるようになってしまったんだ??


現実から目を背けるように周りに寄越していた視線を正面に戻し、僕と相対している男子生徒──今朝、教室で暴れていたドルト=ダリアスに向かって言った。


「あんまり動くと疲れますよ?」

「うるせぇッ!!てめぇもちったぁ魔法使えやッ!」


売り言葉に買い言葉。

炎の灯った右手を振りかざしながら突進してくるドルトを、大きく横に跳躍し。余裕を持って回避。苛立ち、突進し、それを躱す。

そんな闘牛のようなことを繰り返していると、ドルトも流石に痺れを切らしたのか、両手に炎を灯し、叫びながら襲い掛かって来た。


「あぁ、なんでこんな面倒なことに……」


再度嘆き、僕はこんなことになった十数分前を思い返した。



教室のある棟から東に進んだ実技棟。

白いドーム状のそれは窓が一切なく魔法具により生み出した光によって中は照らされている。

窓がない理由としては、万が一にも生徒の放った魔法が外へ飛び出してしまわないように、ということらしい。聞いたときはそこまで魔法制御の効かない生徒がいるものかと疑問に思ったが、実際毎年数名は魔力を暴走させ、魔法を暴発させてしまう者がいるのだとか。全員初級魔法は使えるはずなので、式や制御の難しい中級魔法を使用する際、特に多いのだとか。

一昔前、まだ実技棟に窓があった頃に魔法の暴発により他の棟の一部を破壊してしまう事故が起こってから、改修されたのだ。


その実技棟一階に集合した僕らは、エルミナール先生が木製の魔法杖を肩に叩くのを見て、一体何をするのかを察した。


「もうわかってると思うけど、実技棟に来たからにはやることは決まってる。魔法の実技──対人戦での模擬戦だ」


ざわっと生徒たちが騒めく。

多くの者たちが僕と同じで、自分の魔法の技量を再確認するのだろうと考えていたが、まさかもう模擬とはいえ、戦いに入るとは。

想定していなかったわけではないけど、ちょっと驚きだ。


「レイズ様、大丈夫なのでしょうか?いきなり、戦うって」

「心配いらないと思いますよ。あの人も宮廷魔法士ですから、危険なことはしないはずです」


実戦未経験の生徒に危険なことをさせるような人物を教師に抜擢するわけがない。危なくなったら介入して止めるとか、怪我をしない工夫をするとか、何かしらの対策があるはず。

と思っていたんだけど……。


「ルールは基本的に何もない。全力で魔法をぶつければよし。以上」


思いっきり危険なルールだった。

嘘でしょ?と思ったけど先生は何も言わない。追加ルールとか期待してもいいのだろうか?


「あの、危なくないですか?」


たまらず一人の男子生徒が尋ねるも、先生は「大丈夫だからー」と呑気そうだ。

生徒たちの不安は膨れ上がるばかりだが、その中で、一際嬉しそうに声を上げる者が一名。

筋骨隆々、如何にも戦い好きなドルトだ。


「魔法なら何でもありなんて、最高のルールじゃねぇか」


好戦的だなぁ。

まぁ確かに、戦いと聞いて気持ちが昂るのはわからないでもないのだけど、もう少し抑えた方がいい。大体テンションが上がって、よからぬミスを犯すから。

と、先生はドルトを指名。


「よし、じゃあダリアス、前に出なさい。君からいこう」


すぐに前に出たドルトは少し離れた場所で魔法具の腕輪を撫でながら、好戦的な笑みを浮かべている。自分が負けることなど微塵も想像していないのだろう。一方的にボコボコにしてやろうという気持ちがあからさまに見える。

さて、一体誰が相手をするのか。やっぱり、喧嘩していた相手のメリーナだろうか?水と炎の相対する属性を得意とする二人の本気の戦いとなれば、かなり面白そうなのだが──。


「レイズ。相手してやれ」

「……え?」


自分を指さすと、先生は頷く。

……待ってくれよ?


「な、なんで私なんですか?」

「なんでって、私の気分」

「気分って」

「どうせ全員やるんだから、誰だって一緒だろう?怪我なんてしないから安心しな?」


一体何を根拠に……と思うけど、流石に駄々を捏ねるのは見苦しい。それに、この先生は多分何を言っても変えてくれないと思うし。


「すみません、少しご指名が入りましたので」

「頑張ってください、っていうのは少し違いますかね?」

「どちらかというと、加減を間違えないように、といった方がいいわよね?レイズ」

「軽くあしらう程度にしますので。ご心配なく」


小声でレナ様とリシェナ様に言い、次いでミリーに声を掛けようとし──止めた。

……暗い瞳で爪を噛み、小声で何かを呟いていたから。


「お兄ちゃんに怪我させたら、私があいつを叩きのめしてやる……」


お兄ちゃん呼びに戻ってるし。

怪我なんかしないから大丈夫と安心させるように頭を一度撫で付け、生徒たちの前に出た。

ドルトは明らかに不満そうな表情。そりゃそっか。強敵との闘いを望んでいたのに、出てきたのがか弱そうな女の子じゃ、不満もある。

けど、人を見た目で判断しない方がいいということを教えるには丁度いいか。


「一応先生からの指名だから、文句は言わないでほしいな」

「だったらお前をさっさと潰して、次の奴に変えてもらうまでだ」

「い、言うなぁ……」


知らないだろうけど、君の目の前に立っているのは現役の宮廷魔法士なんだよ?

レイピアを抜き、切っ先を下方へ。

戦いの準備はできていると先生に視線を送ると、彼女はすぐにクラスメイトたちを壁際に下がらせ、その前に透明な防御壁を張った。


「見物する子たちはしっかりと視てなよ。魔法士の戦いって、冷静さを欠いた方が負けるって、よくわかるだろうから──始め!」


戦いの開始を告げる宣言を聞き、僕らは互いに魔法を放った。

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