第22話 担任
「おい、席に着けー」
僕がリシェナ様とアーラの三人で話していると、スーツの上から白衣を羽織った若い女性が欠伸をかみ殺しながら教室に入って来た。
肩口まで伸ばされた赤い髪はカーブがかけられており、かなり美形な顔立ちをしている。が、紅玉の瞳の目元には分厚い隈が形成されており、如何にも睡眠不足が深刻そうだ。何だか足元もおぼつかない。
もしかして、あの人が担任となる人なのか?何だか頼りにならなそう……。
「あ」
大丈夫だろうかと思いながら見ていると、案の定教壇の段差で躓き、ゴン!と音を響かせながら黒板に額を強打してしまった。注意散漫、というより睡眠不足ゆえに集中力を欠いてしまったの、か??
強打した箇所を押さえながら、先生? は持っていた出席簿を教卓の上に置いた。
「あの人が担任の先生、なのでしょうか?」
「さぁ……だとしたら、少し不安なのと、心配ですね」
「心配、ですか? それって、ちゃんと授業をしてくれるのか、ということですか?」
「うーん、それもありますけど……」
ちらっと教壇に立った先生? を見る。
「先生の体調ですかね。睡眠不足って何日も続くと魔法にも影響してくるので、そこが不安です」
睡眠不足による身体の不調は一般生活だけでなく、魔法そのものにも影響が出る。主に体内の魔力循環に支障が出たり、集中力の低下から魔法式が読み取れなくなる、といったもの等。睡眠不足は魔法士にとってはあってはならないことなのだ。
だというのに、あの先生? は明らかに眠そうな顔をしている。激務のためやむを得ないのであれば仕方ないが、そうでないなら魔法士として問題だ。
「あー……今日から君たちの担任を務めることになったエルミナールだ。本来は教員じゃなくて宮廷魔法士なんだけど、王宮の方から魔法実技の講師として派遣されてきたっていう理由があるんだけど、そこのところはあまり気にしなくていい。とにかく、今年一年はこのクラスを持つことになったから、よろしく……」
ゴン!と頭を下げた途端教卓に頭をぶつけたエルミナール先生はそのまま止まり、微動だにしない。そのまま一分、二分と時間が過ぎていく。
段々と生徒たちも心配になってきたようで、ざわざわと教室内が騒がしくなってきた。
いや、別にそんな心配するようなことじゃないんだけど。
「ど、どうしたのでしょう? まさか、何か病気に──」
「いや、全然違います」
リシェナ様の言葉を遮って言い、少し前にいるミリーを見る。と、一瞬で視線に気が付いたミリーが振り向き、お互いにやれやれと首を振った。
全く、本当に宮廷魔法士なのか疑わしい。まぁ外見的にかなり若いだろうし、僕と同じく宮廷魔法士になりたてなのかもしれないな。
けど、担任の挨拶だけで長時間も過ごさせるわけにもいかない。ここは同じ宮廷魔法士として、律してあげなければ。
指先に魔法で水滴を生み出し、それに風を纏わせる。極僅かな風と水滴のため、他の生徒にはほとんど感じ取ることができない。感覚を強化する魔法を使っていたならば、話は別だけど。
生み出した風を纏わせた水滴を宙に浮かせ、僕はミリーに向けて打ち込んだ。
話し合いなどは一切していないが、先ほどのアイコンタクトだけで意図を汲み取ってくれているはず。
「……もぅ」
向かってくる水滴を見て、ミリーは不満そうに、それでいて嬉しそうに表情を綻ばせ、風を纏った水滴に小さな小さな風の塊を衝突させる。
すると、水滴はその衝撃で軌道を変化させ、真っ直ぐに教卓に突っ伏すエルミナール先生へと向かって飛んでいった。
流石は我が妹。僕の意図を瞬時に汲み取り、水滴を視認するだけで目的を果たしてくれた。昔はこういう風に、瞬時にお互いの意図を理解して魔獣を狩っていたっけ。まだ最近のことだけど、とても懐かしく感じる。
「……うっ」
僕らが放った水滴を額に浴びたエルミナール先生はビクッと身体を震わせ、あー、と頭を左右に振って目を擦る。
「あ、あの、先生?大丈夫ですか?」
「あー、うん。大丈夫……完全に寝てたわ」
比較的教卓に近い前の席に座っていたアーラが呼びかけると、エルミナール先生は片手を振って問題ないと伝える。
いや、問題なら大ありなんだけど。顔合わせ数十秒で突然立ったまま寝るってどういう教師だよ。あ、元々宮廷魔法士なんだっけ……って宮廷魔法士でもそんなことないよ!
「あの、レイズ様?」
「あ、すみません、何でもないです」
自分の思っていた宮廷魔法士とかなりかけ離れた先生に頭を抱えていると、リシェナ様が心配そうに僕を覗き込んできた。
いけない、ここでは目立った行動は慎まないといけないのに……。
幸い、他の生徒は突然眠りこけた先生に注目しており、こちらを見ていなかったけど。
「あの、少しお休みになられた方が……」
「あー大丈夫よ大丈夫」
アーラが心配するも、エルミナール先生は白衣のポケットから謎の錠剤が入った瓶を取り出し、掌にジャラっと出す。何の薬なのかはわからないが、明らかに飲み過ぎな量だと思う。
「そ、それは?」
「これはね、眠気を抑制する薬。これを飲むとしばらくは眠らなくて済むから、こういう寝ちゃダメな時に重宝してるんだよ」
「そ、そうなんですか……あの、明らかに飲み過ぎな気が……」
「ん?そう?」
バリバリと錠剤を噛み砕きながら喉に通す先生。それは絶対水と一緒に服用するものだと思うのだけど、おかまいなしのようだ。
もうこの時点で、先生がどうして目元に分厚い隈を作っているのか、大体察した。僕だけじゃない、クラスメイトのほぼ全員が理解した。
「先生、もしかして夜にもそれを?」
「おー、よくわかったね。魔法の研究とかって夜の方が捗るから、よく飲んでる。でも寝なきゃいけないから、ほんの少しだけ」
「……ちなみに、どれくらいの量を?」
「今の半分くらい」
「「「飲み過ぎだッ!!!」」」
皆でツッコんだ。
そりゃ夜にあんだけ飲んだら眠れなくもなるよ……。最近の眠気抑制剤はよく効くんだし、普通は一錠でもいいのに、あの量……自分の身体を壊しにいってるとしか思えない。
「さ、私のことはこれくらいでいいか」
全員のツッコミを完璧にスルーした先生は窓を指さした。
「全員、これから実技棟に移動するぞー」
「「「え?」」」
困惑する生徒たちを見て、先生は説明する。
「いや、今日の授業は各担任の担当科目をすることになってるんだよ。私は魔法実技の担当だから、これから魔法実技の授業をする。わかった?」
いきなりの実技。
成績上位者で固められたクラスとは言え、反応は様々だ。
喜びに拳を固める者、不安で頭を抱える者。
しかし、ここにいる者は王宮魔法士を目指す者が大半。ならば、実技は避けては通ることのできない科目だ。
具体的な説明は実技棟でするとし、先生は先に教室を出て行ってしまう。
生徒は各々ローブを羽織り、魔法具を身に着け、と準備を済ませて退室する。
「行きましょうか。遅れるわけにもいきませんし」
「そうですね。はぁ、いきなりの実技で緊張します」
リシェナ様は胸に手を当て深呼吸する。
戦闘用魔法を苦手としている彼女は、やはり不安の方が強い様だ。
「まだ内容は知らされてないので、もしかしたら支援魔法の実技かもしれませんよ?」
「……何となく、違う気が」
「すみません、僕もそう思いますね」
態々人気の少ない支援魔法の実技を最初に行うとは思えない。
となると、やはり近距離魔法を中心に行うの、か。遠距離ならまだしも、近距離はかなり苦手だからなぁ……。
一抹の不安を抱えながらミリーとレナ様を加えた四人で、僕らは実技棟へと向かった。
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