第19話 教室へ
一先ず教室に行きましょう。
リシェナ様の一言を聞き、僕らはこれから学園生活を送るAクラスへと歩き始めた。周囲には同じように教室へ向かおうとする生徒たちが大勢。
新たなクラス、生活、人間関係。
皆一様に不安と期待に満ちた初々しい表情を、浮かべていた。
そんな子らを見て、一言。
「なんか、懐かしいな」
「何が?」
道行く生徒たちを見ながら呟いた僕の言葉を聞いていたミリーが顔を覗き込んでくる。瞳にあるのは疑問。
まぁ何を言いたいのかはわかるよ。
「お姉ちゃん、学校に通ったことなかったよね?」
「うん。これが初めてだよ」
「じゃあなんで、懐かしいなんて……」
ミリーから再び周囲の生徒へ視線を向けて、僕は言う。
「学校に通ったことはないけど、今の彼らのように不安やら期待に溢れている気持ちは、前に体験したことがあるんだよ」
「??いつ?」
首を傾げるミリーの耳元に口元を近づけ、囁く。普通の声量では周囲の生徒に聞こえてしまうかもしれないからね。
「宮廷魔法士に、なったときだよ」
あの日、初めてきた王都やこれからの宮廷魔法士としてのことを考えると、不安と緊張でいっぱいだったと同時に、新しい生活に少し期待も抱いていた。
あの時のことを考えると、とても懐かしくなり、時が経つのは早いなと感じる。もう、一年程は経ったのか……。
「人は新しい環境になると、凄く緊張する……はずなんだけど」
僕は近くを歩くリシェナ様とレナ様を見る。
二人共、普段と変わらず平常心を保っているようだ。
「お二人はあまり緊張されていないようですね」
言うと、二人は当然とばかりに頷いた。
「私たちは普段から社交界のような場所に出席していますからね」
「笑顔を無理矢理貼りつけて相手の顔色伺う場所なんかより全然マシよ。普段通りにすればいいから。私たちは学生なんだし」
「そんなものですか」
そんな上流階級の方々が集まる場所になんて言ったことがないのでわからないが、二人の顔を見る限りとても大変な場所のようだ。
「私たちとは住んでる世界が違うんだね……」
「あ、あぁ。身分が高いと色々と責任も生まれて来るし、面倒くさいんだろう、な」
そんな高い身分の生まれではないので何とも言えないけれど、きっと大変なのだろう。特に、貴族間の人間関係とか。自身の立場もあるだろうし、精神的な疲労は僕らの想像を絶するものだろう。
「学園生活は楽しみしかないですね。何かあっても、レイズ様が守ってくださいますし」
満面の笑みを浮かべるリシェナ様。
流石に、ずっと一緒というわけにはいかないので、少しは緊張感を持ってほしい。
「あくまで私は二ヵ月間しか一緒にはいられませんので、そこはお忘れなきように」
「わかっていますよ」
僕自身どうしてミレナさんが二ヵ月という期間を設けたのかはわからない。その間に事が起こる可能性が高いって言われても、信憑性が高いわけでもない。
今回の護衛任務に関しては色々と府に落ちない点が多くあるけれど、とにかく、言われたことを遂行しよう。
目の前の事だけを考え、校舎の中に入る。
何時襲撃があってもおかしくないと、気を引き締め直して。
◇
僕らがこれから授業を受けることになる教室は、Aクラス専用の棟の中にあるのだという。1~3年のAクラス生徒が在籍している場所であり、教室の中で簡単な魔法を実演することができるほど設備が整っているようだ。
他のクラスは、近くにある棟の中に教室があると聞いた。
差別のしすぎではないかと思うのだが、学園が国から方針を決められているらしく変えることができないのだそう。
優秀な人物には相応の待遇を。王国の将来に直結するため、最大限の支援を。
こんな方針が出ているらしい。
まぁ、授業の内容は特に変わらないらしいので、単純に設備の問題だが。
「えっと……確か私たち一年生は三階、だったわね」
レナ様が棟を見上げながら呟く。
学年ごとに階層が違い、僕ら一年生は最上階の三階。毎日階段が面倒な位置にある。階段の数はわからないが、見上げなければならない程に高いため、それなりの数はある、と思う。教室に行くのも、一苦労だ。
嫌だなぁ、と思いながらも校舎に入り、階段を上っていく。床には自動的に汚れを浄化する魔法がかけられているため、土足のままでいいとのこと。何とも便利な廊下だ。
なんてことを考えていると、早々に三階に到着。上り切った先に見える赤く豪奢な扉が教室の入り口。上には、1-Aの文字が。
「何の扉ですか? 貴族の私室?」
もはや教室の扉とは思えない。強いて言うなら、王宮の書庫──それも、重要書物が納められている部屋の扉は似たように豪奢で強固なもの。それと同等のものが教室の扉として使われているのは、何とも複雑な気持ちになる。
「じゃあ、行きましょうか」
と、唖然とする僕の前に出てリシェナ様が扉に手を伸ばす。
流石は王族。教室を前にしても一切緊張した様子はない。
と、何気なく感心の念を送っていると、不意に扉の向こう側で魔力が膨れ上がった。
「──ッ」
咄嗟にリシェナ様の手を制し、背後に下がらせた。
リシェナ様は困惑、レナ様は表情を引き締め、ミリーは僕の隣に歩み出た。
「どうしたの?」
「教室の中で魔力が膨れ上がった。魔法を行使している証拠なんだけど……流石にここで仕掛けて来るか?」
「わからない。だけど、敵なんて何時襲撃してくるかわからないものだし」
仰る通り。
対象の予想を超えるのが戦いというもの。誰だって正確に予測することはできないし、ありえないことだってありえる。
ミリーと顔を見合わせて頷きあい、最大限の警戒をしながらそっと扉を開けた──瞬間、子供の背丈ほどの氷の槍が、僕が顔面スレスレの位置に命中し、バラバラに砕けた。
だけど、それよりも……目の前に光景に呆然としてしまう。
「……なに?あれ」
「お姉ちゃん、ここ、高等部だよね?」
隣に立ったミリーが僕と同じような表情を浮かべて、教室の中を見つめる。そこにあるのは呆れというか……憐み?
「な、何かあったので──」
「うわぁ、なによこれ。どういう状況?」
氷の砕ける音を聞いたリシェナ様とレナ様が僕らの背中越しに教室の中を見て、僕らと似たような反応を示した。
けど、まぁ、仕方ないよね?
この惨状じゃ、微妙な生暖かい反応をするしかないです。
「なんでお前と同じクラスにならないといけないんだよッ!!」
「それはあたしの台詞でしょうがッ!絶対に嫌だって思ってたのにッ!!」
「ふ、二人共、教室なんですから落ち着いてくださいいいい」
教室の中では、一組の男女が互いを罵りあいながら様々な魔法を放ち続け、一人の小柄な女子生徒が仲裁に入るという、新しい生活を迎える朝には到底似合わない、妙な光景が広がっていた。
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