第14話 洗礼
薄暗くなった会場の中央──壇上に天井から降る光が当てられ、集まった生徒たちの視線はそこに注がれる。
置かれているのは、演台とそこに固定された拡声石、加えて種類のわからない花が活けられた花瓶が一つ。
入学式のスケジュールを考えれば、初めに学園長からの挨拶があるはずなのだが……、誰かが上がって来る気配はない。
「誰も来ませんね」
「そうね。でも、始まる時間にはなっているから、誰か来ると思うのだけど」
隣ではリシェナ様とレナ様が誰も来ない壇上について、疑問を浮かべながら囁き合っている。周りでは、ほぼ全ての生徒が困惑と疑問に首を捻っているのがわかった。
中には、もしかして何かミスがあったんじゃないか?という者も。
「お姉ちゃん」
僕が囁き合う者たちに視線を向けていると、肩を突いてくるミリーが耳元に口を近づけた。
「ん?」
「皆、見えてないのかな?」
「うん。見えてないんだと思う」
言った途端、露骨に気落ちしたように溜息を吐いた。
「はぁぁぁぁ。もしかして、高等部でもこのレベルなの?こんなちゃちな魔法も見破れないレベルのお子様ばっかり?」
「そう言わない。というよりも、普通学園に入学してきたばかりの子にはこれは見破れないと思うよ」
「でも、私よりも年上なわけでしょ? それに、お姉ちゃんは見破ってるじゃない」
「当然。じゃないと、護衛は務まらない」
肩を竦めて笑う。
そう。壇上の上には誰もいないように見えるが、実際には確かにいる。
眼では見えない。それは当然だ。
何故なら、壇上の上にいる人物は肉眼では捉えられないようにする魔法──透明化の魔法を使っているのだから。
「まだ彼らは十六歳になる少年少女。全てのものを肉眼で捉えようとしているから、壇上の彼は見えない。そうではない、魔法を使った視覚を獲得していくことを、これから学んでいくんだよ」
「……ちなみに、お姉ちゃんは何で見てる?」
「私は目じゃなくて、魔力探知で感知してる。ミリーは?」
「お姉ちゃんと同じ」
「兄妹だなぁ」
同じ場所で育ったため、索敵の仕方も同じ。
戦闘スタイルは大幅に変わって来るけれど、基礎の基礎は同じだ。
「ま、何人か見えている子もいるみたいだけど」
後方、左、右、見える範囲でも十人ほどの生徒が壇上を注視し、その人物を捉えている。恐らく彼ら彼女らが、この先優秀な魔法士となる期待の株になるのだろう。
と、壇上の人物──腰を真っ直ぐに伸ばしたご老人が透明化を解き、姿を見せた。
それと、同時。
「──っ、お姉ちゃん!」
「わかってるよ」
ミリーの焦った忠告を受け、軽く返答。
老人の持つ杖に魔力が込められ──正確には、彼の周囲に無数の極小の魔法式が展開したのだ。その数は数えきることができない。どれも魔力が小さく、子供でも発動できてしまうほどではあるが、如何せんその数が多い。
しかも、それを一秒の半分も掛からずにこなしてしまう。並みの技量では不可能だ。
なんて考えているうちに、無数に展開された魔法式から小さな、極小の電撃が射出され、それは会場に座る生徒たち全員に向かって飛ぶ。
当たったとしても、少しびっくりする程度で外傷などは一切ない程の微弱なものだ。防ぐ必要すら、感じさせない。
けれど、僕の隣に座っているのは、僕が護衛を任された御方。このような電撃だとしても、決して命中させるわけにはいかない。
ミリーとアイコンタクトを交わした後、レイピアを引き抜き、レナ様とリシェナ様の眼前に突き出す。
次の瞬間、刃に進路を阻まれた電撃がバチっと弾けた。
「「──!?」」
驚いた様子の二人に苦笑し、レイピアを戻す。
反応すらできていなかったのは……成長の余地があると受け取っておこう。僕が護るから、反応できていなくてもいいんだけど。
「ありがと、ミリー」
「全然。この程度、防げないと村の外ではやっていけないくらいだよ」
僕は自身の防御をミリーに完全に任せてしまった。瞬時にアイコンタクトの意味を理解してくれたのは、兄妹ゆえか。
普段は可愛いんだけど、こういう時はかなり頼りになるんだよなぁ。
「……何が飛んできたのですか?」
リシェナ様が目を丸くしながら僕へ尋ねる。
「あの壇上のご老人が、新入生全員に向けて微弱な電撃を放ったのです。恐らく、現在のある程度の実力を知るのが目的かと。現に、周囲の教員の眼がかなり鋭かったですし、人数もかなり多い」
彼らが試験の採点員ということか。入学試験である程度の実力は知っているだろうに、更に試験を用意するとは。
さしずめ、これは索敵と咄嗟のことに対応できるかどうかを見るということか。
僕以外にも、冷静に対処できた者は、かなり少ないけどいるみたい。
「あんな速度、良く反応できたわね」
「護衛ですから」
これくらい反応できないと、リシェナ様の護衛には抜擢されないだろう。
と、壇上のご老人が拡声石に手をかけた。
『──あ、あー。ん、入っているようだね』
正常に動作することを確認したご老人はゆっくりと話し始めた。
『おはよう、諸君。私は当校の学園長だ。
突然、驚かせてしまってすまなかったね。今私が行ったのは一種のテストのようだと思ってくれ。一流の魔法士を目指す諸君の実力を試すテストだ』
その言葉に、ほぼ全ての新入生が息を呑んだ。
対応できずに電撃を喰らった全員が、何かしらの減点があるのか、と内心不安がっているのだろう。
『勘違いしてほしくないのだが、今の電撃に対応できなかったとしても、何も問題はない。中には対応できたレベルの高い者もいるようだが、ほとんどの者は対応できていなかった。だが、もう一度言う。対応できなかったとしても、何も問題はない』
今一度新入生全員を見回し、学園長が言う。
『これはいわば、諸君の成長の記しをつけるための行為。この学園で多くのことを学び、人として、そして魔法士として成長した諸君が学園を巣立つ三年後、今の魔法に対応できることになれば、それは立派に成長しているということの証拠になる。三年後、今この場にいる全員が魔法士として強く成長できることを、願っているよ』
生徒の心に響く、強い言葉。
壇上から立ち去った学園長に向かって、多く拍手が注がれる。流れに乗って、僕も一緒に拍手。
「……もう防げる私たちは、一体何を指標に学べばいいの?」
「それは言わない約束」
ミリーが不満気に言う。
実際、そこらの魔法士よりも全然強いミリーが高等部で学ぶことなんて、人間関係の構築と人との接し方くらいだろう。それは魔法学園でなくともいい。御祖母ちゃんは何を思ってミリーをここに入学させたんだろうか……。御爺ちゃんが生きてたら絶対止めてただろうな……。
「どうしました?」
「いえ、何でもないです」
リシェナ様にそう返し、着々と進行する入学式を聞き流す。
祝辞を聞いてるときって、かなり眠くなる。とはいえ護衛なので眠るわけにはいかない。入学式の最中に襲ってくるような奴がいるのかはわからないけど、王女殿下の安全は常に確実に確保するべき。この二か月間、油断はできないのだ。
眠気を覚そうと頬を張ろうとしたとき、不意にミリーが僕の袖を引っ張った。
「ん?」
「お姉ちゃんに一つ聞こうと思ってたんだけどさ」
「うん」
「これ、見覚え無い?」
と言い、ミリーが自身の制服の襟元を軽く引っ張って首元を見せ──僕は絶句した。
ミリーの首元には、殲滅兵室の全員がかけられている、
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