第13話 妹
「いい加減にせいッ!!」
「──んみゃ!」
僕はいつまで経っても腰にしがみついて離れない駄々っ子の腰を掴み、微弱な電気を纏わせぐっと力を入れる。途端に、駄々っ子は珍妙な声を上げ、びくっと身体を震わせ、僕の腰に回していた腕を解放した。
あーあー、制服に皺が……まだ入学式が始まっていないのに。……なんか濡れてるし。涎?
「電気攻撃……久しぶりだぁ」
「最低電圧に抑えたから、ちょっとびっくりするくらいだろ。全く、甘えん坊は直ってないんだな」
「元はと言えば、お兄ちゃんが私を甘やかすからこんな風になったんだよ」
「原因は私か……」
がっくりと項垂れ、よろよろと立ち上がる。
久しぶりの再会を楽しみたいところだけど、流石に呆然となされているお二人を放置して話を進めるわけにもいかない。
「もうおわかりだとは思いますが、彼女は私の妹──ミリーです」
「兄がお世話になっています」
ぺこりと頭を下げたミリーに、お二人の視線が集まった。
「前からお話を聞いていた妹さんが……」
「そもそも妹がいるなんて初めて聞いたんだけど?」
「別に話すことでもなかったですからね」
護衛の身内情報を知ってどうしようというのか。いや、そういえばレナ様は異様に僕のことを知ろうとしていたな。殲滅兵室の中で最も情報が少ないメンバー、だからと言われたか。彼女の情報収集力は凄いようだけど、それも限度があるみたいだな。特に、王国の外のことは。
「とりあえず、座りましょうか。いつまでも立ち話をしているわけにもいきませんし、かなり目立っていますから。誰かさんのせいで」
「……(プイ」
こいつ……。
ミリーが突撃してきたせいで、会場にいた人の注目を集めてしまっている。僕はあまり目立ってはいけない立場だというのに。
顔を背けながらも僕の制服から手を離さない妹をジトッと見つめ、手近な席へと移動する。四つ並んでいる席の一列に、腰を落ち着けた。
「それにしても、ミリー様でしたか? よくこの姿のレイズ様を見破れましたね」
「当然です。魔力を憶え──むぐ」
「兄妹ですから、わかって当然だと思いますよ?なぁ?ミリー」
「うん。一目でわかったよ」
いらんことを口走りかけたミリーの口を制し、少し強引ではあるけど言い分を変えさせることに成功。
危ない。あまり自分の手の内をベラベラと話すのはよくないとあれほど教えたのに……。
リシェナ様は? と首を傾げているが、目敏いレナ様は何か察したように目を輝かせている。何だ、彼女は新たな情報が大好きなのか?
隣のレナ様に、耳打ち。
「(レナ様、妹の詮索は無用でお願いします)」
「(対価は?)」
「(……納得のいくものを考えておきます)」
「(期待してるわ)」
短い取引を素早く済ませると同時、今度はミリーが僕に問うた。
「で、お兄ちゃんはどうしてこんな格好してるの? 見た感じ、魔法で肉体そのものを作り変えてるみたいだけど」
「流石に観察力は衰えていないみたいだな」
「当たり前でしょ。それで、なんで? 趣味?」
「絶対に違う。冗談でもそういうことは言わないでくれ」
「わかった」
良い子だ。
というわけで、ミリーが変な誤解を抱いたままにしないよう、事情を説明する。はぁ、さっきから説明してばっかりだな。
「──つまり、お兄ちゃんはお二人の護衛のためにお姉ちゃんになってるってこと?」
「簡単に言えばそう言うことだ」
「ふぅん……戦いに支障は?」
「ないよ。この姿でも、十分戦える。確かに余分な魔力消費はあるけど、学園で占有魔法を使うなんてことしたら、ここが消し飛んじゃうから、元々使わないし」
「ならいいんだけど」
多少なりとも、心配なのだろう。
微かな魔力が勝敗に関係してくるほどの激戦をする可能性は低いと思うが、そこはなってみないとわからない。以前貰った霊薬がまだ多く残っているから、心配はないんだけどね。
「もう。お兄……お姉ちゃんはちょっと目を離すと変なことになってるんだから。今回何て、目を離したら王都に誘拐されてたし」
「誘拐というか拉致というか……あれはどうしようもない。あんな至近距離まで近づかれてたら、私にはどうしようもなかったんだから」
「いつもみたいに近づかれる前に仕留めれたはずでしょ?」
「ちょっと大物を仕留めたばかりで浮かれてたんだよ
油断大敵。その言葉を身を持って知ることが出来ました。
暫し、妹との久しぶりの会話をしていると、不意にリシェナ様がミリーに尋ねた。
「あの、ミリー様はレイズ様の妹、なのですよね?」
「はい。その通りです、リシェナ様」
流石に王女殿下が相手なので、言葉遣いを正して接する。そこは御祖母ちゃんがしっかり仕込んでおいてくれたみたいだ。
「となると、レイズ様よりも年下のはず。御幾つになられるんですか?」
「今年で十五です。姉の一つ下ですね」
「その、高等学校の入学は十六歳からのはずなんですが?」
グランティナ魔法学園の高等部は、確かに十六歳からの入学が基本となってくる。けれど、何もそれが絶対というわけではない、とミレナさんに教えてもらったことがある。
宮廷魔法士になるための道が複数あることと同様、この学園入学に際しても道が数本あるのだ。
「飛び級、といえばいいですかね」
「飛び級、ですか」
「はい」
よく耳にする制度だ。
その学年では能力が見合わない類まれなる生徒を、更に上の学年、若しくは学校に引き上げる制度。確かにミリーは、中等部で収まるような器ではない。
一部の魔法に関して言えば、既に宮廷魔法士級だろう。
「本当は中等部の三年生に編入するつもりだったんですが、編入試験の筆記と魔法が既に中等部を超えていると判断されまして。それで、高等部に入ることになったんです」
「兄妹揃って強いわけ??」
「それはまぁ、育った場所がそういう環境ですからね。村の外での遊びは、常に喰われる危険性がありましたから」
「ワオ、スリル満点ね」
「そうですね」
でも、そう言った環境で育ってきたからこそ、強い魔法士が生まれるのだと思う。ぬくぬくと温室育ちの者たちは、絶対に僕らに勝てないだろう。同じ年齢と言っても、こっちは幼少のころから厳しい環境に身を置き、生きるのびるために死ぬ気で魔法を習得したのだから。
魔獣との命のやりとりをしているからこそ、心構えも違う。
「私たちは周りとは違う力がありましたから、それもありますがね」
「え、それって──」
感づいたリシェナ様が言う前に、席の埋まった会場の光が落とされ、代わりに、拡声石を使った大きな声が響き渡った。
『ただいまより、王立グランティナ魔法学園高等部、入学式を執り行います』
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