第12話 襲撃者(仮)

僕の部屋に入って来たレナ様は、壁に背中を預けて腕を組む姿勢に。


「リシェナのことなんだけど、もう刺客は送られてきたの?」

「いえ、まだ本格的な襲撃はされていません。精々、リシェナ様を監視していた者を捕まえたくらいです」

「それは、貴女が?」

「はい。私が倒しました」


一人称を変えるのはやはり慣れない、と思いながらもなんとか答える。


「数日前に牢に入った者がいたとは聞いていたけど、そういうことだったのね。ったく、ちゃんと細部まで報告させるように教育しとかなくちゃ……」

「あの、先ほどから思っていたのですが、何について言ってるんですか?」

「こっちの話よ。レイズにはちょっと話せないわ」

「凄く気になるんですが……」


ちょっとレナ様は色々と秘密を持ち過ぎじゃないか? 何だか裏で妙なことをしてるような気がしてならない。

正直知りたい。だけど、そう易々と教えてくれるわけがなかった。


「私にも秘密があるのよ。どうしても知りたいというのなら……」

「言うのなら?」


レナ様は僕のレイピアに触れ、トントンと数度小突く。


「貴女の占有魔法の詳細や、貴女自身の詳しい素性を教えてもらうわよ」

「……対価として釣り合っていませんよ」

「当然じゃない。取引は如何に自分に有利なよう持っていくかを考えるものよ」


それはそうなんだろうけど……それに応じるかは、僕次第だ。

この手には流石に乗らない。そこまで払って、知りたい情報でもないから。


「そこまでして知りたい情報でもないです」

「惜しいわね。貴女のことはできる限り調べておきたいのだけど」

「また別の機会に。それより、要件は敵のことですか?」

「あぁ、そうだったわね。一応、貴女の考えを聞いておきたかったのだけど。もし、今回リシェナを襲撃してくると仮定した場合──敵が占有魔法保持者である可能性はあるのかしら?」


息を呑む。

その可能性については、全く考えていなかったわけではない。現に建国祭の際も、対象の精神を操る占有魔法を用いての襲撃だったわけだ。仮にリシェナ様を奪うつもりなら、占有魔法保持者が来る可能性は十分に考えられる。


「大いにあると考えています。常に最悪の事態は想定しておくべきですし」

「そうね。相手が占有魔法保持者であった場合、学園に出る被害もかなり大きくなるでしょうし……わかったわ。聞きたかったのはそれだけよ。そろそろ行きましょ」


レナ様に続いて廊下に出ると、丁度リシェナ様が部屋から出てきたところだった。


「あれ? どうしてレナがレイズ様の部屋に?」

「お父様から手紙を預かっていたのよ。東都では世話になったって」


咄嗟に嘘を吐き、レナ様はリシェナ様の疑問を解消する。

そして何事もなかったかのように、僕らは入学式が行われる会場に向かった。



移動中も、僕はレナ様からの問いについて考えていた。

敵が占有魔法を持っていた場合、どんな能力の魔法なのかどうか。もし、全力を出さなければ勝てないような相手ならば……いや、元より僕らが相手にするのは常人では勝てない化け物じみた強さを持つ相手ばかり。相応の力を持つ者は、弱者を相手にすることなんてほとんどない。強者と戦うのは常に強者。楽々無双できる戦い何てない。


そもそも、占有魔法についてもわからないことが多すぎる。一体誰が創った魔法なのか、どうして世界で一人しか持つことができないのか、如何にしてその強大な魔法を生み出したのか、世界で幾つあるのか……。

確認されている数は精々十数個。しかし、敵は明らかに未公開の占有魔法を用いている。最悪の場合、判明している占有魔法の数を凌ぐほどの数を有している可能性も考慮しなくてはならない。


「レイズ様?」


考え込んでいると、リシェナ様が心配そうに覗き込んで来た。

いけない。護衛たるもの、主に不安を悟られない様にしないと。


「すみません。少し、入学式に緊張していて」

「ふふ、新入生代表でもないんですから、大丈夫ですよ。ただお話を聞くだけです」

「だと、いいんですが……それと」


ちらりと、周囲を見回す。

もう大分会場に近づいてはいるのだけど、近づくに連れて新入生の数も増えていき、今では彼らの視線の大半が僕らに向いているのだ。

理由は当然、リシェナ様だろう。なにせ、王国の王女殿下が護衛もつけずにお傍を歩いていらっしゃるのだ。平民の生徒も多くいる中で、彼女が目立たないはずがない。


「ごめんなさい……目立ってしまって」

「いえ、これは仕方のないことですからね。少し悪意に気づきにくくはありますが」


これだけ多くの視線があると、誰かが悪意ある視線を向けて来てもわかりにくい。魔力探知を行使しようにも、ここにいるのは試験を合格した者たち。必然的に、一定の魔力を持っていることになるため、魔力探知は意味をなさない。

となれば、自分の注意力や観察力など、自力を頼るしかない。

流石に今仕掛けて来るようなことはないと思うが、念には念をだ。周囲を警戒する。


「護衛っていうのも大変ね」

「リシェナ様の身の安全には変えられませんからね」

「申し訳ありません……」

「大丈夫ですから」


必死に宥め、会場の中へと入っていく。

堂内の螺旋階段を上がり、二回の大ホールが入学式の会場になっている。この堂は学園の全校集会時に用いられている建物で、最大で二千人が一度に入ることができる程の広さだ。

座る座席は基本的に自由。

しかし、新入生は毎年必ず平民と貴族で固まって座ることになるのだそうだ。特に理由はないが、まぁ身分の違いを無意識に意識してしまっているのだろう。身分差別はしないとする学園でも、入学したての生徒の意識を変えることはできないのだろう。


「まだあまり人はいませんね」

「式が始まるまで、まだ時間がありますからね。外の生徒たちも、始まる直前になるまで入らないと思います。どうなされますか?」

「時間があるって言ってもそんなに待つわけじゃないし、座って待ちましょ」

「そうですね。でもま、その前に──」


指先を天井へと向け、魔法を放つ。

呆気に取られている二人は、僕がどうして魔法を放ったのか理解していない模様。


放たれたのは、白く発光する光の鏃。光属性遠距離中初級魔法──白光矢。指向弾とは違い、自分で弾道をコントロールすることはできない。その代わり、鏃の形状や大きさなどを変更することができる。加えて、ガラスや鏡などの反射物に反射するという光属性魔法特有の性質も兼ね備えている。


今回僕が狙ったのは、天井に備え付けられているシャンデリア、並びに壁面に着けられているガラスランプだ。白光矢はシャンデリアを幾度か反射した後、壁面のガラスランプを経由。最終的に向かった先は──僕の背後にある柱だ。


「一体何者なのかはわからないけど、一先ず気絶していてもらおうか」


振り向きざまに言う。

鏃の先端は丸くなっているため、殺傷するようなことはないだろう。しかしその速度、側頭部にでも当たれば一発で昏倒してしまうはず。

僕が捉えた背後の魔力反応は狙いも完璧で、気づかれた様子はない。

と、思ったのだけれど──。


ぼふんッ!!


「──は!?」


透明化していた人型の魔力反応は白い煙のようなものを巻き上げ、その場で爆発してしまった。同時に、魔力反応も消失。

まさか、囮!? いや、それにしては──待てよ?? この魔法ってもしかして。

思い当たる節があり、気を緩めた──次の瞬間。


「ぶ──ッ」


腹部に強い衝撃が走り、僕は勢いよく椅子に座り込んでしまった。そしてそのまま、締め付けられる感覚に襲われる。結構な力だ……。

痛てて、と呻きながら下方を見ると、僕と同じく藍色の長い髪をした少女が、僕の腹部に顔面を押し付けて唸っていた。いや、唸るというか、深呼吸をしているようにも見える。


「大丈夫ですかッ!?」

「も、問題ありません。ちょっと、お待ちを──おいこら。早く離れなさい」


リシェナ様に手を振り大丈夫と言った後、腹部にしがみつく少女の頭を乱暴に撫でつけ、指示。

もうこの子の正体に関しては完全に検討が尽いている。というか目の前にいるからわかる。はぁ、何だか前々から妙な予感はしていたけど、まさかこんなことをしてくるとは……僕への嫌がらせなのだろうか?


「嫌ッ!! 久しぶりなんだから、もっと甘えるッ!」


僕の指示を拒否し、彼女はより一層強くしがみつく。

慣れているとはいえ、かなり苦しい。


「駄々っ子め……」


無理矢理引き離したいところだけど……まぁいいか。

久しぶりだし、黙って出て行ったのは(連れ去られた)のは僕の方だからなぁ。まだまだ独り立ちはできていないみたいだ。それが微笑ましくもあり、懐かしくもある。

遠い目をしながら当時のことを思い出していると、レナ様が怪訝そうな眼差しで僕に説明を求めてきた。


「レイズ。そろそろ説明してもらってもいいかしら? この子はどなた?」

「わ、私も気になります!」

「あー、この子はですね──」


と、僕が説明しようとしたとき。

しがみついていた少女がガバッと貌を上げ、リシェナ様達を見やった後、僕の方へと尋ねた。


「……お兄ちゃん、誰?この人達」

「「お兄……ちゃん??」」


お二人の視線は驚きのものに変わり、変わりに僕は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

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