第15話 学園長室

入学式から数十分後。

僕らは会場を後にしようと立ち上がった直後に拡声石によって名を呼ばれ、とある部屋に呼ばれていた。

扉の上部には、学園長室の文字。


「さて、まずはようこそ学園へ。と言っておこうか、宮廷魔法士殿。それに王女殿下も、お元気そうで何よりでございます」


対面に座る老人──学園長は頭を下げながらそう言った。

年老いた声だが、どこか奇妙な力強さを感じさせるものだった。

ソファに座っているリシェナ様の後方に立っている僕は横に立つミリーと顔を合わせ、口を開いた。


「歓迎していただき、光栄ですよ、学園長。それにしても、先程の洗礼は普通の生徒には少しばかり酷なのでは?」

「確かにそうかもしれんな。しかし、そなたはいとも簡単に受け止めて見せたではないか。横にいるそなたの妹も」

「それはまぁ」

「当然ですよ」


僕の言葉の最後を、ミリーが代弁する。

危険種と呼ばれる魔獣ですら生息する村で育った僕らだ。今更不意打ち程度の魔法を受け止められないわけがない。師匠の魔法なんて、もっと容赦なくて巧妙に隠蔽されて、その上超遠距離魔法だったから。子供とて手加減してくれなかったからね、あの人。


「お姉ちゃん、誰思い出してるの?」

「ミリー、言わなくてもわかるだろう?」

「うん。叔父さんでしょ?」

「そうだよ」


僕の考えていることを見透かしているようだ。

伊達に十年以上妹をやっているだけのことはある。頭をわしわしと乱暴に撫でると、機嫌良さそうに頬を緩めた。


「随分と仲のいい姉妹……いや、兄妹のようだね」

「私としては、少し仲が良すぎるような気もするけど」


レナ様がジト目で僕らを見やる。

??兄妹というのは普通仲がいいものじゃないのか?家族という近い仲で、なおかつ年齢も近い。これで仲良くならないのは少し変というものじゃ?


隣を見ると、ミリーも同じように首を傾げていた。


「??仲いいのが変なの?」

「さぁ??」

「もういいわよ、相思相愛兄妹」


レナ様は僕らをみやり、ため息と共に額に手を当て頭を左右に振った。

その隣で、リシェナ様がくすくすと笑っている。


「レナ、兄妹仲がいいのは褒められるべきことだよ。本当に、羨ましいくらい」

「それはわかってるけど……あ、ごめん」


謎のやり取り。

リシェナ様の声に、少し陰りがあった気もしたが……。


「そういえば、王女殿下は兄君方との仲があまりよろしくないようですな」

「仲が悪いというよりかは……合わないだけだと、思います。腹違いですと、何かといざこざもありますし。けど、それも個性ですから」

「ふむ、美しいのは心もですかな。母君と同様にお優しい性格でいらっしゃる。望むことができるのならば、平和に学園生活を謳歌してほしいところですが─

─」


不意に視線を鋭く、声を低くし学園長は僕に視線を向けた。


「そうもいかないのであろう? 宮廷魔法士殿」


入学式が終わった直後に僕らを──僕を呼んだのは、このことを聞くためか。

いや、自分の学園で大事件が起きるかもしれないのだ。心配して呼び出すのは無理もない。


「おそらくは」


リシェナ様を狙う、敵組織の存在。

目的は彼女が所有する占有魔法──心眼。他者の言葉の真偽を見抜くことができるこの魔法を狙う理由はわからない。だが現状、彼女は狙われている状態にあるのだ。先日の監視もしかり、警戒を怠るわけにはいかない。


「敵に常識や良識はありません。最悪の場合、学園内が戦場になることも十分に考えられます」

「……それは何としても避けたい事案だ」


学園の中で大々的な戦闘が繰り広げられれば、どんなことが起こるかわからない。が、確実に言えることが一つ。


「もしそんなことが起きれば、私の正体が学園の生徒たちに露見してしまいますね」

「それどころか、兵室のことまで露見してしまうわね。占有魔法については……使うつもりは?」

「現状では何とも言えませんが、できれば使わないようにしたいと思ってます。私の魔法は、どれも威力が強すぎるし、消費魔力が尋常じゃない」


八星矢は抜群の威力と有効範囲を持つ変わりに、異常な程の魔力を消費する。一発放てば、魔力内包量がかなり多い僕ですら微量しか残らない。学園なんかで使えば、それこそ敷地内が塵になるだろう。


「とにかく、王女殿下が襲われれば生徒たちにも危険が及ぶということであるな。何とも傍迷惑な連中なことだ……」

「私の任務期間は二ヶ月。その間に、奴らは仕掛けてくる可能性が高い。どこからこの期間を算出したのかは不明ですが、上司の言葉です。信用はできる」


ミレナさんはとにかくできる人だ。あの人が言うなら、二ヶ月の間に確実に襲ってくるだろう。

けど、本当にどうやって算出してるんだ? 未来予知……というには少し曖昧な気もするし、何かの魔法??


「ふむ。とにかく二ヶ月、私の方も警戒は強めておく。しかし立場上、王女殿下のことばかり考えているわけにもいかんのだ」

「それはおまかせを。元より私がいますので、リシェナ様とレナ様の安全は保証します。それに、今回は非常に都合がいいですからね」

「都合とな?」


眼を丸くする学園長から視線を外し、僕は隣のミリーの肩を抱き寄せた。


「妹と共にいる。それだけで護衛が──私が二人いるようなものなんですよ」


■ ■ ■ ■


短めです。

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