第7話 王女殿下は狙われている

「……ん」


魔法を解除すると、リシェナ様は数分も経たないうちに目を覚まし、ゆっくりと瞼を開いた。しかし、まだ完全に意識が覚醒しているわけではないらしく、僕の膝上に頭を預けたまま視線を彷徨わせ、状況の把握に努めている。可愛らしいそんな姿に苦笑していると、僕と彼女の視線が交差した。


「……へ?」

「おはようございます。よくお休みでしたよ」


端正な貌にかかっていた銀髪を払ってあげると、リシェナ様は徐々に頬を赤く染め、口元をあわあわと震わせ始めた。

まぁ、この反応は予想できた。

突然眠ってしまったと思ったら、目が覚めると異性に膝枕されているのだから、驚くと同時に恥ずかしくなるのは当然だ。けれど、彼女は仮にも王女殿下。枕もないソファにそのまま寝かせるわけにはいかない。と思っての行為だったのだけど、もしかして嫌だったかな?


「失礼しました、リシェナ様。すぐに離れますので──」

「いえ! もう少しこのままで!」


言葉を途中で遮られ、思わずビクッと身体を震わせる。

……まさか。


「何か、御身体に異常が? 倦怠感などはございますか?」

「? い──じ、実は、身体が少し怠くて」


一瞬いい淀んだが、リシェナ様は異常を訴えた。

やはりそうか。睡眠誘導は魔力耐性の強い者には効果を発揮しない。代わりに、魔力耐性の低い者には相応の効果を発揮し、目覚めた後も倦怠感などを感じさせる副作用がある。僕は感じたことがないが、リシェナ様はその症状が現れてしまったようだ。

このまま隠し通そうと思ったが、流石に嘘を言うわけにはいかない。ついたところで、リシェナ様には無意味なのだ。正直に謝罪しよう。


「申し訳ございません。実は、院長とあまり人に知られてはならない会話をしておりまして。リシェナ様には、少しの間眠っていただいておりました」

「あ、そうだったんですね。通りで突然眠気が……」

「睡眠誘導は現在リシェナ様が体感なさっている倦怠感を伴うことがある魔法です。僕の配慮が足りませんでした」

「いえ、聞かれてはならない話があった以上、仕方のないことです。私は別に気にしていませんよ」

「そう言っていただけると──」

「た・だ・し」


完全に脱力したリシェナ様は眠そうに目を細め、口元を綻ばせ言った。


「身体の倦怠感が抜けるまで、このままで」

「……仰せのままに」


僕も肩を竦めて了承。

案外、甘えたがりな王女様だ。

と──。


「もうそろそろ会話に入っても大丈夫かしら?」


蚊帳の外だった院長が面白そうに僕らを見つめ、問うてきた。

しまった。完全に忘れてた。


「すみません、院長」

「いいですのよ。男女の会話に入り込む程、無粋な真似はしません。それより──」


パチンと院長は指を鳴らす。

その瞬間、孤児院の周囲から何者かの魔力反応が生まれた。


「──っ、これは?」

「つい先ほどから孤児院の周囲に留まり、この院長室を覗いておりましたの。どうやら高度な魔力隠蔽も使用しているらしく、私の結界にも反応しませんでした。お二人が二人の世界に入り込んでいる間に結界へ意識を向けたところ、発見いたしました」

「魔力隠蔽ですか……一切気づきませんでした」


僕も常に周囲を警戒し、魔力を探知している。その技量は達人とは言わないまでも、かなり高水準なものだ。だが、今感じている魔力反応は全く気付くことができなかった。しかも、先ほど感じた王女殿下護衛の者の中にはなかった魔力。


「もしかして、私を狙って来たのかもしれません」


僕らの話を聞いていたリシェナ様が不安そうに言う。


「何か、心当たりが?」

「はい。ここ最近、どこからか監視されているような視線を感じていて……。護衛の方に話したところ、人数を増やすので安心してほしいと言われたんですが」


なるほど。リシェナ様の護衛の数が多く、妙に殺気立っていたのはそういう理由だったか。そりゃ、王女殿下が狙われている可能性があるなら、ピリピリしていても仕方ない。

それに、狙われる理由はたくさんあるのだ。

彼女の占有魔法を狙い、親衛隊のアルセナスが操られた件。

数ヵ月前から、リシェナ様は狙われているのだ。それに付け加えて、実験施設の破壊もあった。本来なら殲滅兵室の僕らが狙われてもおかしくはないが、何分実力がある。並大抵の者では近づく前に消される。というか僕が消す。

だから、戦闘力の乏しく、王族というお立場にあるリシェナ様を狙うのだ。


「それで、どうするのですか?」

「決まってます」


院長の問いに、僕はリシェナ様を膝枕しながら、すぐ隣に立てかけてあったレイピアを手に取り、抜刀。切っ先を魔力反応のある方角へと向ける。


「リシェナ様に危害を加える可能性がある以上、先手を打たせてもらいますよ。この方には傷一つ負わせない。ただ、動けなくするだけで、殺しはしません」

「──っ」


言うと、膝上のリシェナ様が満面の笑みを浮かべ、正面の院長は苦笑。


「お願いしますね、レイズ様」

「お任せを──指光弾」


蒼い刀身に白い光が灯り、切っ先より二つの光弾が射出される。

それは窓の外に向かって進行し、家々を幾度も反射し、魔力反応がある場所へと到着。

一つは魔力反応がある場所の下方。もう一つは、家の壁に掛けられていた小さなランプの付け根。

姿を視界に入れてはいないが、魔力を持つ人物の足を確実に貫通したはず。現に今、その人物と思われる魔力は姿勢を変え、その場に倒れ伏しているような形になる。

少し遅れて、静かな街中にガシャンと音を立ててランプが割れる音が聞こえた。


「やりましたの?」

「えぇ。指光弾は怪しい人物の足を貫通し、家のランプを地面に落としました。音が聞こえたと思います」

「凄まじく精密な狙撃ですこと」

「ありがとうございます」


素直に称賛を受け取ると、リシェナ様から疑問気な声。


「あの、ランプを落とした理由は何でしょう?」


そこか。

まぁ彼女なら思いつかなくても仕方ないか。


「リシェナ様の護衛に回収してもらうためですよ。ランプを壊して大きな音を立てれば、不審に思い護衛の方がすぐに駆けつけることでしょう。一応、近くに護衛の方がいるのは確認してあるので……早速二人、向かってくれましたね」


魔力反応が二つ、ランプが落ちた方へと向かった。

数十秒程で到着し、不審な人物を捕らえてくれることだろう。一件落着ということで。


「一先ずこれで完了。ですが、学園入学前にこれですか……」


不安だ。もう仕掛けて来るなんて。

魔力探知に回す魔力を増やし、索敵の精度を上げておくことも検討するべきか。

考え、リシェナ様を今一度撫でる。


「レイズ様?」

「大丈夫です。貴女はいつも通りに生活していればいい。危険は僕らが排除しますからね」


執務室に行ったら、ミレナさんに相談しておこう。

学園生活中、僕以外の護衛を回すように。


ただ孤児院に挨拶しに来ただけなのに、不安を煽るようなことになってしまった。

僕一人で対処できる程度なら、いいのだけど。

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