第6話 変態への遭遇率高め問題

「さて、果たしてリシェナ様をこの中に入れていいものか、どうか……」


院長室の扉に手を置き、反対の手を腰に当てて長孝する。

僕としては涎を垂らして気持ち悪い笑みを浮かべている人の部屋に王女殿下を入れるべきではないと考える。彼女のお付き人に相談しても、同じような答えが返って来ることだろう。王家に名を連ねる御方を不審者に会わせることはできない。というか変質者をリシェナ様に会わせたくない。


けれど、先ほどの女性が院長だった場合──というか十中八九そう──会わせないわけにもいくまい。ここにいる以上、挨拶は必要だ。

……妥協するしかあるまい。

ソアに下へ行っておくよう告げ、リシェナ様に耳打ちする。


「リシェナ様。部屋に入る前に少し」

「? なんでしょう」

「中にいるとき、僕の傍を離れないでくださいね。具体的には、この中にいる人物の近くに寄らないように」

「……危険な人、なんですか?」

「大変危険です」


違う意味で。

身体的な危害は加えられないだろうが、精神的に不快になるかもしれない。

忠告と約束をした上で、僕はノックなしに部屋の扉を開け、中に入る。後ろについてくるリシェナ様は、僕が纏うローブの端を軽く摘まんでいる。

近くにいることを確認し、僕は窓の外から動こうとしない美女に声をかけた。


「あー……失礼します、院長」


そもそも聞こえているのか? と思ったが、彼女はハッと我に返った様子で口元の涎を腕で拭い、入り口で立ち尽くす僕らを見やった。


「あ、あら。お客さんがいらしたのね。でも、何も言わずに入って来るのはちょっと非常識なのでは?」

「もう何度もノックしましたが、全く反応がなかったので」

「ぐっ」


言い訳できないようで、迂闊だったと頭を下げた。

僕だけなら別に何も言わないけど、流石に王女殿下を待たせるのは不敬だ。少し強めに言っておかないと。


「今後は気を付けてくださいね。その魔力量ですから、探知系の魔法を使うこともできるでしょう?」

「……そうですわね。以後、気をつけますわ」


壁に立て掛けてあった長杖を持ち、僕らに頭を下げる。


「申し訳ございませんでした。王女殿下ともあろう御方をお待たせしてしまったこと、深くお詫びいたします」

「あ、い、いえ! 気にしないでください……って、あれ? 驚かないんですね」

「ふふ、ここには国王陛下も足を運ばれますから。突然来られるとは思いませんでしたが、特に驚きはしませんわ」


 朗らかな微笑みを浮かべる院長。

 変態のくせに、高貴な身分の人に対しての接し方は心得ているらしい。これで変態じゃなければなぁ……。

 呆れなら、僕は院長に尋ねる。


「それより、一ついいですか?」

「なんでしょうか?」

「貴女は何を見て、涎を垂らしていたので?しかも、表情が緩みきっていましたし……」

「あぁ」


問うと、院長は上気したのか赤くなった頬に手を当て、熱っぽい視線を窓へと向けた。その貌は……痛みを感じている最中のグレースさんと、どこか酷似しているように思えた。


「庭で遊ぶ、男の子たちを見ていたのです。つい数日前まで消沈していたあの子たちが、互いに打ち解け合って元気いっぱい走り回っている姿を見るとこう、こみあげてくるものがありますの」

「……」


 変なことは言っていない。逆に、子供を育てる大人としては素晴らしいことを言っているだろう。子供の成長を喜ぶ、素晴らしい教育者。

 なのだが、僕は先ほど彼女が浮かべていた表情を思い浮かべる。

 あれを見た限り、院長の言葉は普通通りに捉えてはいけないだろう。


「子供たちのことをしっかりと、我が子のように考えているのですね!」

「当然ですわ。わたくしはいつだって、子供たちのことを考えています。あの子たちを任せられた身として、務めは果たします」


 リシェナ様が感激したように院長へと話しかけてしまっている。

 まぁ、この王女殿下はこういうことに疎いし、院長は本当に子どもたちのことを考えているのだろう。心眼を使っても、嘘は見抜けない。嘘をついていないから。

 ……仕方ないな。


「院長。王女殿下を立たせたままというのはあれですので」

「そうですわね。お二人とも、あちらのソファにお座りになられてください。私はお茶を淹れますので」


 と言い、部屋から出て行った院長の後ろ姿を見届け、僕らは促されたソファに並んで座る。と同時に、僕は魔力探知を発動。部屋のすぐ近くには、魔力反応はない。

 リシェナ様が警戒する僕に、首を傾げた。


「レイズ様が仰られていたような危険な人ではないように思えましたけど?」

「……リシェナ様には、そういった風に聞こえたかもしれませんね」


 少なくとも、ソアから事前に簡単な情報を貰ってる僕は、院長の先ほどの言葉をそのままの意味で受け取ることはできない。

 あの院長の本性を見破りたいところだけれど、リシェナ様がいる以上、彼女も下手なことは言わないはず。

 そういったわけで、リシェナ様には悪いけれど──彼女の頬に手を添える。


「れ、レイズさ──」

「睡眠誘導」


 突然の行動に驚いたリシェナ様だったが、言いきる前に意識を失い、僕の膝に頭を乗せ倒れられる。そっと頭を撫でると、やがてすやすやと安らかな寝息を立て始めた。

 無属性近距離初級魔法──睡眠誘導。

 その名の通り、対象を眠りに誘う魔法だ。申し訳ないけれど、あの院長が本性を見せるには、リシェナ様がいない、もしくは話を聞いていないことが条件になる。だから、リシェナ様には少しの間眠っていただくことにした。


「申し訳ございません」


 可愛らしい寝顔で眠る王女殿下に謝罪する。

 心が痛むが、院長とのお話が終わるまではこのままでいてもらおう。

 と、院長がティーカップの乗ったお盆を持って入室してきた。


「お待たせしまし──あら、王女殿下はお休みに?」

「えぇ。少し、眠っていてもらいます」

「なるほど。貴方が眠らせて?」

「はい」


特に隠す必要もないので、僕は頷く。

院長はティーカップを机上に置くと、その内の一つに魔法をかけた。

魔法式から察するに、保温の魔法だろう。


「もしかして、ではありませんわね。何か彼女に聞かせてはならない話をするつもりで?」

「えぇ。王女殿下の心は清らかなままでいてもらいたいので。単刀直入に言いましょうか」


前置きを長くする必要もない。

僕は院長の深緑の瞳を真っ直ぐに捉えて問うた。


「院長、貴女は……小さい子が好きなんですか?」

「? 当たり前ですわ。そうでなければ、孤児院の院長何て役目を請負は──」

「もう一度言いましょう。貴女は、小さい子が好きなんですか?」


同じ質問だが、少し強めに聞く。

それに目を見開いていた院長だったが、すぐにフッと不敵な笑みを浮かべ、足を組んだ。


「……鋭いですわね」

「いや窓から外で遊ぶ子供たちをあんな気持ち悪い貌で視てたら気づきますよ」

「気持ち悪いとは失敬な。私はあの幼く純情な子供たちを見て興h──胸を躍らせているだけです」

「今興奮って言いかけましたよね?」

「言ってませんわ」


露骨に貌を背ける院長に、僕は額に手を当て溜息。

つまり、あれだ。彼女は小児性愛ペドフィリアなのだ。それも、かなりやばいところまで踏み込んだ思想を持っている。実際に襲ったりはしていないだろうけど、その内感情が爆発するかもしれない。

はぁ。黙って普通にしてれば、見た目もいい美人なのだが……。

深緑の瞳と髪に、手入れを欠かしていないであろう肌。胸も大きく、男が好みそうな体躯。美女であることに変わりはないけれど、変態だ。

いや、僕は別にそういった特殊性癖を否定したいわけじゃない。世の中には色んな思想を持つ人がいて、それらを尊重するのが正しいことだとわかってもいる。


だけど、受け入れられるわけじゃないんだ……。


「小さな男の子たちが頑張って身体を動かしている様子を眺めるのは、私にとって至福の時なのです。成長しきっていない体躯、無邪気な笑顔、裏表のない表情、大人にはない素晴らしい魅力があるのですっ!」

「あーわかりましたから涎拭いてもらっていいですか?」

「失礼」


じゅるりと腕で口元を拭う院長。だらしない。

本当にこんな人にここを任せて大丈夫なのか?下手したら犯罪が起きかねないんだけど……。


一抹の不安を抱えながらも、僕にはどうにかする権限はない。

がっくりと諦めながらも、今のところ何もないようだしいいか、と頭を切り替え、早々にリシェナ様を起こすことにした。

院長の本性は確認できたからね。

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