第5話 孤児院到着

リシェナ様と並んで歩くこと数分。


「あれ、かな」


前方に見えた小さな聖堂とも思える装飾が施された石の建造物。周囲を柵で覆われ隔離されており、その中の庭では小さな子供たちが走り回っている姿が見えた。


「ここが、その孤児院ですか?」

「おそらくそうだと思います。場所も、事前に聞いていた地区にありますから」

「随分と立派な建物ですね」

「昔の礼拝所だそうです。かなり前から使われなくなったそうで、早急に改築増築を施して孤児院に変えたと聞いています。新しく作る手間が省けたので、丁度良かったみたいです」


子どもたちが暮らす場所を探すことに時間をかけるわけにはいかない。時間的にも費用的にも、かなり合理的な判断だと思う。職員もきちんと送ってくれているらしいし、この国の上層部がしっかり物事を考えて行動してくれる人たちでよかった。


「今更なんですけど、突然私が伺っても大丈夫、ですかね?」

「本当に今更ですね……。問題ないと思いますよ。流石に王女殿下の訪問を断る人はいないと思いますし」

「そういう意味では……。その、驚かれないかな、と」

「勿論驚かれると思います。けど、孤児院の子供たちはそもそも王女殿下を知らない可能性が高いですし、驚くのは職員くらいかと」

「そうですか?」

「はい。寧ろ、僕としてはリシェナ様のことを知らない子供たちが無礼な真似をしないかが心配です。流石に孤児院にいる職員はそんなことしないでしょうから」


 子供とはいえ、王族に対しては敬意を払わなければならない。だが、そもそもそういった礼儀すら知らないこともありえるのだ。ここは念のため、リシェナ様の傍には僕が控えていた方がいいだろう。

 と、「内心で考えていると、リシェナ様は言った。


「多少の無礼何て、私は気にしませんよ?」

「しかし──」

「私としては、態度や礼儀作法などを強制されて、子供たちが嫌がることが不安です。まだ実験施設から助け出されて、間もないのでしょう?」

「それは……そうですが」


 まだ救出されて数日しか経過していないのは事実。

 確かに今、余計なストレスを与えるのはよろしくないことだろう。しかし、だからといって王族であるリシェナ様に無礼を働かせていいものか。


「……わかりました。多少は目を瞑りましょう」


 結局リシェナ様の意見を蔑ろにするわけにもいかず、多少の無礼は大目に見るということで妥協した。


「納得していただけてうれしいですよ」

「ただし、あまりにもお痛が過ぎるようなら叱ります。それは貴女が王族だからという理由ではなく、単純に他人と接するための教育という面目ですのでご安心を」

「それで構いません。レイズ様は、相変わらずお優しいですね」


 微笑むリシェナ様に苦笑し、手を横に振り否定する。


「優しいわけじゃないです。子供たちが大人になっても他人に無礼を働くようではいけませんからね。今のうちから教育をしておかないと。リシェナ様にも、不快な思いをされてはかないません」

「私のことも、子供たちのことも考えてくださっているから、優しいといったんですよ」

「……リシェナ様のことを考えるのは宮廷魔法士として当然のことですし、子供たちについても……まぁ、助けたのは僕らですから。多少心配はします」


 助けた身としては、子供たちが変な方向に育ってほしくないのだ。真っ当な人間として人並みの幸せを手に入れてほしい。王族貴族に無礼を働いて打ち首なんて悲惨な最期になってほしくない。

 こほんと咳ばらいをし、にまにまと僕を見つめるリシェナ様に促す。


「早く行きましょう。待っていると思いますから」

「ふふ、そうですね」


僕は彼女がついてくるのを確認し、孤児院の入り口の扉を数回ノック。

数秒後、ギギッと音を立てながら扉は開き、中から顔なじみの少女が姿を現した。


「お兄さん!」

「おはようソア」

「待ってました!」


腰に抱き着いてきたソアの頭を撫でると、自分から擦りつけるように左右に振る。

その様子を見ていたリシェナ様は、とてもいい笑顔を僕に向けた。


「レイズ様。もしかして、その子が?」

「あ、はい。僕らが最初に助けた、ソアです」

「?」


ソアがリシェナ様を見やり、この人は一体?と疑問気な表情を浮かべる。

流石に説明しないとまずいか。


「ソア。この方はリシェナ様。驚くかもしれないけれど、この国の王女様だよ」

「王女、様……って、ええ!?」


声を上げ、ソアは予想通りのリアクションを見せてくれた。

まーいきなり僕が王女様を連れてきたら驚くよね。わかっていたよ。

硬直したままのソアに視線を合わせ、リシェナ様は挨拶される。


「初めまして。ソアちゃん、でいいのかな?」

「は、はは、い」

「フフ、そんなに緊張しなくていいのよ。レイズ様が紹介していただいたけど、私はリシェナ。王女だからって、変に気を遣う必要もないからね」


頭を何度も振るソアに、僕は思わず苦笑する。

やはり、王女殿下はハードルが高かったようだ。緊張で僕を抱きしめる力が強くなってしまっている。やれやれ、まだまだ子どもみたいだ。


「さ、中に入ろうか。院長に挨拶をしないといけないし」

「あ、院長先生の部屋なら、案内します」

「助かるよ。そういうわけで、リシェナ様。申し訳ありませんが、まずは院長に挨拶へ向かいます」

「構いませんよ。私も同伴しても?」

「勿論です。お一人にさせるわけにはいきませんからね。傍にいてください」

「──ッ!?」


何故かビクッと身体を震わせたリシェナ様は、慌てて頭を左右に振る。

? 何かあったのだろうか?


「い、言い方に、悪意を感じます……」

「え?」

「何でもありませんッ!!早く行きましょう!」


貌を背けて急かす。

理由はわからないが、機嫌を損ねてしまったらしい。とりあえず……ソアに案内をお願いするか。


「じゃあ、お願いね?」

「は、はい」


ソアは困惑しながらも、僕らを院長室へと案内するべく孤児院の中へと入る。

不機嫌そうなリシェナ様を連れ添って、僕はソアの後についていった。

ちなみにリシェナ様の機嫌は、すぐに直った。



「ここです」


ソアに案内されてやってきたのは、孤児院の二階に作られたとある一室。その扉の前。

建物の中はそれなりの広さがあり、一階部分の元・礼拝所は子供が百人入っても半分以上のスペースが余ると思われるほど。それでも世界に存在する大聖堂などに比べれば小さいのだ。生活をする分には申し分ない程だが。


「内装も、装飾が細かいですね」


リシェナ様の何気ない言葉に同意する。

柱や壁に彫られた動物や植物のレリーフ。陽の光を受けて七色に輝く薔薇窓。一階最奥に置かれた大きな女神像等々、かなりお金をかけてつくられたことは想像に難くない。


堂内を興味深げに見回した後、僕はソアにお礼を言って院長室をノックする。

しかし、いつまで経っても中から返事はない。


「……留守か?」


試しにもう一度してみるが、やはり、返答はなかった。


「どうしますか? 出直して、また後日来ますか?」

「うーん……というか、本当にいないんですかね?」

「?」


あまりピンと来ていないリシェナ様に、簡単に説明する。


「中から、魔力を感じられるんです。それも、かなり大きな」

「魔力、ですか?」

「はい。なので、誰かしら中にいると思うんですけど……」


室内からは僕も驚くほどの魔力が感じられる。恐らく、これほどの魔力を持つ人はそうはいないだろう。少なくとも、殲滅兵室の面々に匹敵するほどはある。

これで中に誰も居ません、なんてことはないと思うのだけど……。


「マナー違反ですけど、ちょっと中を覗いてみますか」

「だ、大丈夫ですか?」

「少し覗くだけですから」


ちょっとした悪戯心というか、確認したいというか。

僕は部屋の扉を少しだけ開け、そっと中を覗き──窓の外を見ながら涎を垂らす美女を視界に収め、そっと扉を閉じた。


「……」

「どうかしました?」


純粋な疑問から尋ねて来るリシェナ様の貌を、僕は見ることができない。

目を覆い、左右に頭を振る。


あれ、少なくともリシェナ様に会わせたら駄目な部類の変態ですわ……。

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