第4話 久しぶり

喫茶店を後にした僕らは王都の中央通りを一通り歩き、任務に必要と思われる物を多く買いそろえた。二か月間分の生活必需品や、多少は御洒落もした方がよいということで、髪飾りやネックレスなどのアクセサリー類を少々。

それなりに値の張る物だったが、全て経費で落ちるということだったので遠慮なく買わせてもらった。どうせ任務が終わったら使い道はないから、その時はソアにあげよう。

そして気づけば、陽も沈み始め、街が茜色に染まる時間になっていた。


「結構長いこと歩いていましたね。ほとんど私のものばかり買ってましたが」

「レイズ君が使う物を買いに来たんだから当然でしょう? 一日で女の子の振る舞い方も大分上手になったし」

「こうしてみると本当の女にしか見えない」

「一応男ですからね。私」


ばさっと髪を払いながら言うと、三人からは拍手が。

一応、様になっているということ認識でいいのだろう。今日一日で一人称も大分慣れたし、これなら任務に臨んでも問題はないと思う。


「はぁ。せっかく休暇貰ったのに、使える日がないなんて……」

「今全部でどれだけ溜まってるの? なんだかんだ、レイズ君には結構上げてると思うんだけど?」

「全部で……二十日?」

「一気に使われると、流石にこっちも困るわねぇ」


仕方ないとしか言えない。休暇を貰ったらすぐに任務なんてことは普通にあったし、溜まりに溜まっているのだ。今回も五日分の休暇を貰ったのに、速攻で二ヵ月の長期任務何て……。


「仕事押し付けすぎじゃないですか?」

「適当な人が君しかいないんだから、我慢してほしいわ。まぁ、今回上げた分は明日にでも使いなさいな。まだ王女殿下がご入学されるまで、一週間あるわけだし」

「わかりました」


確かに五日分なら使い切れるな。

しっかり身も心も休めて、任務に備えるとしよう。


「あ、あのお姉さん」

「ん?」

「お休みでしたら、その、孤児院に来て貰えませんか?」

「んー……いいよ」


羽を伸ばすのは明後日からでもいいだろう。あの実験施設から助け出された子たちの様子も心配だし。

と、突然ソアが不安そうに僕の手を引いた。


「その……院長先生はとても、少し変なところもあるんですけど、凄くいい人なんです」

「その変なところが心配だなぁ……。ちなみに、どんな風に変なの?」

「えっと、孤児院の男の子をジッと見つめていたり、女の子の服を見て笑ってたり……」

「んーそれはちょっとじゃないなぁ。大分、いや、かなり変だ」


聞いている限りだと変態なようだ。

グレースさんもしかり、最近僕は変態に遭遇する確率が上がっているのか? そんな確率調整いらないから戻してほしい。あそこまでの変態もかなり稀有な存在ではあるんだけど、別に遭遇しても嬉しくない。寧ろ困る。


「まぁいいや。院長のことは心配だけど、この際気にしない。明日の朝に向かうよ。正直滅茶苦茶不安だけど」

「はい!」


元気よく、嬉しそうに返事をするソアの頭を撫でつけながら、内心で変態と評される院長のことを不安に思う。

とりあえず、変なことされそうになったら痺れさせておこう。



翌日。

先日の魔法を解いてもらい元の姿に戻った僕は、いつも通りの魔法士ローブ姿で下宿先を出た。普段と違って魔獣討伐の仕事もない完全な休日なので、人々が活発に活動する時間まで休むことができた。こんな日がいつもならな、と思わずにはいられない程だ。


歩き慣れた王宮への道のりとは反対方向に歩く。この辺りはあまり足を運ばないため、見える建物が何だか新鮮に感じるのは、何だか不思議な感覚だ。王宮別館から毎朝この辺りも目にしているとは思うんだけど、やはり上から見るのと下からみるのではまるで違うみたい。


煉瓦の石畳を踏みしめながら歩くこと数分。

そろそろ孤児院が見えてくる頃という時、僕はふと立ち止まった。


「……視線を感じる」


警戒し、腰元のレイピアに手をかける。

不意に感じた視線は、僕の周囲一帯から発せられている。狙われる理由は……多すぎるな。最近も実験施設を破壊したばかりだし。

まぁ、僕を狙っているならば、理由は仇討ち、復讐といったところか。もしくは今後の活動に悪影響を及ぼすと判断して、早めに消しておきたいのか。


「なんにせよ、近づかれる前に──」


鞘から蒼い刀身を抜きながら呟いた、その時。

久しぶりに聞く、とても可憐で美しい声が響いた。


「レイズ様!」


僕はレイピアを鞘に戻しながら、声の響いた方向へ振り向く。

そこには、白銀の髪を靡かせた美しい一人の少女が、華の咲くような笑顔を輝かせてこちらに駆け寄って来るのが見えた。

……本来、お一人で出歩かれてはならない御方の姿が。


「り、リシェナ様!?」

「お久しぶりです!!東都でお別れした時以来ですね!」


僕の右手を両手で包み、ブンブンと激しく上下に振る。

彼女にされるがままに腕を振られ続けながら、僕は驚きに問うた。


「王女殿下である貴女がどうしてここに!? しかも、お一人なんて……護衛の者はどうなされたのですか??」

「フフッ、一人ではありませんよ。確かに一人でお出かけもしてみたいですけど、流石に許してもらえないので」


当然だ。一刻の王女ともあろうお方が一人で街に繰り出し、万が一何らかの事件に巻き込まれでもすれば大問題だ。そうならないためにも、最低でも五人程度の護衛をつける必要があるのだが……。

そこで、僕は納得した。


「なるほど。この視線はリシェナ様の護衛か」


視線に殺気なんかは含まれていない。恐らく、護衛の人達が付近にいる僕が怪しい者ではないか判断するために視線を寄越したのだろう。で、宮廷魔法士でリシェナ様の知り合いだとわかって、視線を緩めたのか。

路地裏に置かれた樽の後ろに隠れた人を見つけ、会釈。すると、彼は自分が見つかったことに驚いた後、フードを上げて軽く会釈を返してくれた。


「護衛はたくさんいるみたいですね」

「はい。でも、レイズ様が一緒にいてくださるなら、他の護衛は必要ありませんね」

「あー……すみません。僕はこの後用事がありまして」

「用事?どこに行かれるのですか?」


小首を傾げる姿も絵になるなと思いながら、答える。


「孤児院です。先日、敵組織の運営する実験施設に囚われていた子供たちを幾人か救出したので、その子たちの貌を見に行くんですよ」


確か、百人くらいいたんだったかな? それなりに、というかかなり大きな孤児院だと聞いた。王国が出資してくれたのと、王都の人々からの募金もかなり集まったらしい。


「孤児院ですか。子供たちに会うのは、初めてで?」

「ほとんどはそうですね。けど、一人女の子にはよく会っていますよ。僕らが助けた、最初の子です」


ソアのことを軽く話した途端、リシェナ様の貌から笑顔が消えた。

次いで、僕の右手がギュッと握られる。


「リシェナ様?」

「……まずいですね」

「な、何がですか?」


聞いても、リシェナ様は答えてくれない。それどころか、僕に聞こえない程小さな声でブツブツと何かを呟いている。口元は少しだけ笑っている。それが、逆に怖い。


「……では、その孤児院には私も同行しますね?」

「え? い、いや、リシェナ様は他に用事があったんじゃ──」

「いいんですよ。別に、街を散策してみたいと思ったくらいですし」

「でも──」

「いけませんか?」

「……ダメじゃないです」


絶対に逆らえない圧力が重くのしかかった気がする。この子こんなに怖い子だったっけ? もっと御淑やかで弱腰そうな子だと思っていたんだけど……。

了承を出すを、彼女は再び笑顔に戻ってくれた。


「ありがとうございます♪ では行きましょうか」

「…………はい」


これ絶対に逆らったら首切られるやつだ。

そう確信を抱き、内心で震えあがりながら、僕は道を進む。

見た目はとても可愛いし、普段は性格もとてもいいんだけど……怖いです。

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