第3話 方針決定
「ひとまず、レイズ君は一人称から変えましょうか」
「一人称……あぁー、なるほど」
ミレナさんからの提案に納得する。
見た目は女の子(認めたくはない)なのに一人称が僕ではかなり不自然だ。世の中には自分のことを僕という女の子もいるのだろうけど、そういう子は大体目立つ。
ここは無難に、女性らしく私というべきか。
「わかりました。じゃあ、この姿の内は私でいきます」
「それがいいわ。女の子にしては背が高い方だから、清楚っぽさも出るし」
「見た目が完全に育ちのいいお嬢様って感じだから、一番合ってる」
アリナさんも同意した。
とりあえず、僕としては何でもいいから早く終わってくれと思うだけだ。
「ところで、何処に向かってるんですか? 大分歩いていると思うんですけど」
「もうつく。レイズも行ったことある店」
「僕……私が行ったことのあるところですか?」
記憶にない。僕が普段行くところと言えば、本屋と紅茶店、それに市場の食材売り場程度だ。まさかそんなところに行くわけがないし……。
悩んでいると、アリナさんが前方を指さした。
「前にレイズをパシッ──おつかいに行ってもらったところ」
「パシッたって言おうとしたの誤魔化せてませんからね?」
アリナさんにジト目を送るが、何食わぬ顔で前方に見える店に向かって行ってしまった。やれやれと肩を竦め、僕はその後に続く。
その店の名は、喫茶店チェリー。
少し前、アリナさんが僕の執務室に押しかけ、ケーキを買ってくるように脅迫されたがために訪れた店だ。ここでレナ様と初めて会ったんだっけ。
「お姉さん?」
その時のことを思い出していると、手を繋いだソアが疑問気に僕を見上げていた。
何でもないよと頭を撫で、先に行ってしまったアリナさんとミレナさんの後に続く。
店内は以前来た時のように繁盛していて、ほとんどの席にお客さんが座り、それぞれがケーキやプリンなどのスイーツを楽しんでいた。女性ばかりで少々気まずい店内を恐る恐る進み、二人が座っていた一番奥の席に着席する。
「何をびくびくしているのよ。今はレイズ君も女の子なんだからね?」
「そうはいっても……慣れないものは慣れないです」
「今からそんなことでどうするの。これから先──というか、数日後には王女殿下に接触して、護衛できるようにしなければいけないのよ?」
「わかってますけど……凄く不安です」
年頃の女の子の傍に侍る女装……ではなく変身男。傍から聞けば唯の変態でしかない。バレたら今後の人生終わるな。
「これとこれとこれとこれ」
アリナさんは手慣れた様子で注文を取りに来た女性店員に全員分のメニューを頼む。一体何を頼んだのかはわからないが、恐らく甘味だと予想。というか願う。
「なんか、最近大変な任務が全部私に回って来てる気がするんですけど……」
「そう?」
「はい」
毎朝の魔獣狙撃討伐から始まり、狙われた王女殿下の護衛、東部の農業地帯に起きた異変解決、子供を誘拐し実験動物として扱う敵組織の研究施設襲撃。ここ数ヵ月、宮廷魔法士として、殲滅兵室の一員としての仕事が大変過ぎる。しっかりと休めてもいるが、それでも重大な任務を僕に任せすぎなような気もする。
「適材適所なんだから仕方ないでしょ? 隠密に対象を処理する必要があるんだから。アリナちゃんも考えたけど、この娘の場合周りに影響が出るから」
「学園が植物で覆われることになりますね」
「そこまでにはしない。けど、周囲に露見する可能性が高い」
植物を生み出して敵を倒す。その戦闘スタイルを得意としているアリナさんが敵を倒すことになれば、無関係の学生たちに宮廷魔法士であるということがばれてしまうだろう。加えて、彼女の場合使用する魔法は占有魔法だ。リスクが大きい。
そうなれば、占有魔法を使わずに戦うことができる僕が護衛役を担うのは適当なのだろう。近接戦はあまり期待できないけど。
「お待たせいたしました」
あまり周囲に聞かせてはならない会話をしていた時、先ほどとは別の店員が、アリナさんの注文したものを運んできた。四つのスイーツは全て種類が違い、どれが誰のものなのか全くわからない。
「ごゆっくりどうぞ」
言い残して立ち去った女性店員を見送った後、僕らは机の中央に並ぶように置かれた四つの皿を凝視した。
それぞれの皿には、マロンケーキ、ベリーチーズケーキ、ショートケーキ、チョコケーキが乗せられている。どれもとても甘そうで、美味しそうだ。
「どれが誰のものなんですかね」
「それは自由。だけど、食べたいものが被ったらじゃんけんで」
「それが妥当かしらね」
「あの、私は余ったもので──」
「ダメだよソア。ここは素直に自分がどれを食べたいのか言わないと」
遠慮しがちなソアに言いきかせ、僕らは一斉に指をさす。
結果、
僕→マロン
アリナさん→チョコ
ミレナさん→ベリー
ソア→ショート
という配分に。
概ね全員が妥協しているので、平和的な結果となった。店の中でケーキを巡って戦争になるのは避けられた様だ。
ホッと胸を撫で下ろしながら、僕はフォークでケーキの頭頂部に乗っている栗を突き刺し、口に運ぶ。水あめで薄くコーティングされているがゆえに、とても甘い。
「……食べ方については、問題ないわね」
「食べ方まで見るんですか……」
「当たり前でしょ。高貴な方の傍にいるんだから、そこも見ておかないと。レイズ君なら、大丈夫そうだけどね」
「あの、あんまり上品すぎても逆に目立つと思うんですが?」
「最低限でいいのよ。あと、一応言っておくけど、エルト君みたいに豪快に食べるとか、食べた後に口元を腕で拭うなんてことは絶対にしないように」
「そんなことしたことないですよ」
エルトさんは確かに凄い食べ方をするけど、真似をしようと思ったこともない。女性らしい食べ方と言えば……少しずつ、とか? 性別が違うから全くわからないけど。
「お姉さんの任務って、長いんですよね?」
「うん。ちょっとね」
「その間、ずっと女の子のまま?」
「うん……そうだね」
自分で言ってて悲しくなる。
任務とは言え、性別を偽って人と接しなければならないとは……。
「はぁ、今までで一番キツイ」
「そうかしら? 東部の調査の方がキツイと思うけど」
「体力的な問題じゃなくて、精神的な負担がとても大きいんですよ」
「変な性癖に目覚めたらダメだから」
「目覚めませんよ!! 僕を何だと思ってるんですか!」
「「男の娘」」
口を揃えて言う先輩と上司に、机に頭を打ち付けて項垂れた。
背中をソアが摩ってくれる。
「幼女に慰められている美少女……」
「アリナちゃん、やめてあげなさい。私たちは普段通り弄ってるけど、レイズ君は大分心に来ているはずよ。ま、周辺の林を散々薙ぎ倒した罰ということで」
「罰が重すぎませんかね?」
「「全然」」
この二人を敵に回すと口では勝てない。しかも、この場に味方はいない状態。
僕は仕方なくソアの頭を撫でまわし、やけ気味にケーキをぱくついた。
と──。
「やめてくださいッ!!」
店の入り口付近から聞こえた叫び声に、僕ら──店内にいたほとんどの客がそちらに目を向ける。そこでは、二人の若く軽そうな男が会計場にいる店員に言い寄っている姿が。
「ナンパ、ですかね?」
「そうでしょうね。それにしても、女の子の方はかなり嫌がっているようだけど」
「あんな軽薄そうな男に誘われたら嫌がるのは当然」
「怖そうな人、ですね」
僕らが様子を見ながら言い合っていると、女性定員に言い寄っていた男の一人が突然彼女の腕を掴んだ。
驚きに戸惑う女性店員と、笑顔で悪びれることもなく逃げられない様に掴み続ける男。しかし、店内の誰もがどうすればよいのかわからずおどおどするだけ。
「いいじゃん。ちょっとこれから遊びに行くだけだからさ」
「──ッ」
男が空いているもう片方の手を女性手員の腰に伸ばした瞬間、ミレナさんが僕に向かって言った。
「気絶させる程度で」
微笑んで頷き、人差し指に微弱な電気を纏わせる。
流石に店内でレイピアを抜いて魔法を使うわけにもいかないが、男一人を気絶させる程度、レイピアを使う必要もない。
「微弱感電」
風属性遠距離初級魔法──
低圧の電気で対象を気絶させる、比殺傷系魔法。使い勝手がいいとは言えないが、こういった時はとても役に立つ。
人差し指の先端で静電気のように小さな雷が弾けた途端、腕を掴んでいた男が一瞬で意識を失い、もう一人の方へと倒れた。
静寂に包まれる店内。
何が起きたのかわからない様子の男に向かって、僕は声をかける。
叫ばずとも、周囲が静かなために十分届く。
「あんまり問題を起こすと、この程度じゃ済みませんよ?」
睨み付け、パチパチと電気が弾ける指先を突きつける。と、男は「ひっ」と情けない声を漏らして逃げるように店から出て行った。勿論、気絶した男を引きずって。
男が去った後、言い寄られていた女性店員が僕の元にやってきた。
「あの、ありがとうございましたッ!」
深々と頭を下げる彼女に手を振り、問題ないと告げる。
「今度ああいうのが来たら、騎士団の詰め所に言ってくださいね。何とかしてもらえますから」
「はい!」
女性店員が何故か貌を若干赤くしながら言うと、その様子を見ていたアリナさんとミレナさんが貌を見合わせて肩を竦めた。
「こういう感じでいいかもね」
「今後は、お姉様キャラで決定」
何やら不穏な会話が聞こえたが、とりあえず全力で聞かなかった振りをした。
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