第8話 動きだす敵
「では、子供たちの元へと案内いたしますわ」
それからしばらく他愛ない談笑をしていた時、院長は唐突にそう言い立ち上がった。向ける視線の先には、窓──そこから見える、子供たちが元気に走り回っている中庭。
「少し話し過ぎたようで、扉の外で拗ねている子もおりますので」
「いきなり行っても大丈夫ですか? 人見知りの子もいるはずですし……知らない人が突然目の前に現れたら、怖がってしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫ですよ、リシェナ様。人見知りの子は確かにいますが、そういう子たちは僕がどうにかします」
「レイズ様は子供慣れしているので?」
「まぁ、妹がいるので。かなり甘えん坊な」
幼少の頃を思い出し、懐かしむ。
もう離れてから一年程経つけれど、元気にやっているのか……。かなり強いし、僕がいなくても大丈夫だとは思う。というか、自制が効かなくなって変なことをしていないか心配だ。村の祖母も、何かと妹には甘々だし。
「妹さん、ですか」
「えぇ。僕が王都に来てからは、会ってませんが。別れの言葉も言っていないので、きっと怒っていますね」
「挨拶もなしに王都へ来たのですかッ!?」
「来たというか、僕は室長やアリナさんにここまで連行されてきたので」
「……それって、誘拐じゃ」
「そうともいえますね。ですが、僕は今が楽しいので、それで満足ですよ。とりあえず、行きましょうか。案内をお願いします」
「えぇ、任せて」
院長の後に続き、僕はリシェナ様の少し後ろを歩く。尾行している者を発見したばかりだ。以前僕が受けたように、遠くから刃物を投げつけられてもおかしくはない。なるべく部屋を出るときは僕が背後につき、リシェナ様の安全を確保しなくては。
僕は部屋を退室する直前、今一度窓の方へと向き、何もないことを確認して扉を閉めた。
◇
「あ。監視役がやられたみたい」
暗闇。自身の手先すらも見えない暗い部屋。
廃れた廃墟のような室内に響き渡る一つの声。とても軽薄そうで、まるで使っていた玩具が壊れてしまったかのような口調。
軽薄そうな声の主である少年は光の消えた机上の水晶を手に取り、何度か空中に放り投げて弄んだ後、勢いよく壁に叩きつけた。ガシャンっと音を立てて砕けた水晶の破片は、解れた糸が見える絨毯に落ち、散乱していく。
その様子を見て、ソファに座っていた男が咎める。
「別に壊すことはないだろう」
「あの監視役の視界に
どうでもいいように、手近な床に腰を下ろした少年。相変わらずの軽薄さだ。
次に、少女の声が響く。
「言っても無駄よ。そいつに常識なんてものは通用しないんだから」
「酷い言われようだなぁ。別に、使えなくなった水晶を割っただけだよ?」
「すぐに物を壊すから、常識がないって言っているのよ。捕らえた人間すらも、拷問ですぐにダメにしちゃうじゃない」
「……ひひっ」
思わず、私は眉を顰める。すでに幹部数人と行動を共にするようになってから長いが、相変わらず彼の奇声には慣れることができない。
不快な笑い声を発しながら、彼は寒気を覚えさせるような口調で言った。
「すぐに壊すのは僕に抵抗する意志を見せたお馬鹿な奴だよ。反抗されると、ついつい早く心を折って、汚して、殺したくなっちゃうんだよねぇ」
「下衆いな」
「何とでも言いなよ。逆に反抗しない良い子たちは、ゆっくりゆっくり、痛みという快楽を楽しませてあげながら殺すんだ。慈悲深いだろう?」
「どこがよ。拷問好きのゴミ」
「……あ?」
暗闇でほとんど何も見えないが、空気が変わるのはわかる。
これは、闘争心の現れ。
ここが戦場で、周囲を敵に囲まれた場所ならいい。けれど、ここは戦場でもなければ闘技場でもない。ただでさえ尋常ではない強さを誇る彼らが大暴れをしようものなら……。
早く止めなければ被害が大きくなる。
と、その時。
「やめんか。身内で殺し合ったところで利点はないことがわからんのか」
突然響いた厳かな声に、張り詰めていた空気が揺らいでいくのがわかった。
心を滾らせていた二人も、溜息と笑いを零す。
「……そうだね。僕としたことが、無駄なことだったよ」
「えぇ。私たちが殺し合っても、相手方の得になるだけだわ」
「わかったのならいい。くれぐれも、あの御方の足を引っ張るようなことはせんように心がけよ」
それっきり、その人物は口を開かない。普段から口数の少ない人だとは思っていたが、案外統率力のある人物なのかもしれない。
現在部屋の中にいるのは、私を含めて六人。
残りの一人は……。
「……」
相変わらず、一言も発さない。何処にいるのかもわからないが、まぁどうでもいいか。強さは皆が認めているのだから。
「チームの中での争いは避けるべき。はっはっは。そんな基本も基本をわかってないとか、教育からやり直したらどうだ?お前ら」
「そういう発言が喧嘩の原因になると思うんだよ。僕は。黙らないと殺すよ」
「私のコレクションになりたくなければ、今すぐに口を閉じなさい。でないと、一つでいいところを二つとも回収するわよ」
「おぉ~、怖。ま、それよりもよ」
唐突に話を切り替えた男は、暗闇の中で何かを投げる。
それは数秒後、カチャンと音を立てた。
「王女の監視につけたそいつが数日と経たずにやられたわけだ。学園入学式まであと数日。学園内では狙うことはできない。どうする?」
「別に入学式までに王女から力を奪えばいいんじゃないの?弱いんだろ?彼女」
「王女自体はな。問題は、王女の周囲には腕利きの護衛が常に数人控えていることだ。当然、俺たちからすれば雑魚でしかないが……雑魚は雑魚でも、群れられるとこちらも面倒だ」
「だったら、暗殺?もしくは誘拐?拉致って監禁して取るもん取ったらすぐに殺すのはどう?勿論、その役目は僕が担おう」
「今のでそいつには任せられないことがわかった」
「そうね。その馬鹿にはやらせてはならないわ」
「なんでさッ!」
話は脱線し、言い争い……とまではいかない、幼稚な口喧嘩へと発展していく。
見てられない。
私はこの部屋に入ってから、初めて口を開いた。
「手は打ってあるので、安心してください」
視線がこちらに向くのを感じ、私は続けた。
「事が上手くいかないのはいつだってそうです。なので、取ることのできる策は既に打ってあります」
「ほぉ。それは?」
男が試すような口調で問う。
口角を釣り上げながら、私は事前に打った手を簡潔に説明した。
「あの御方の命令は、王女の持つ占有魔法の奪還。であるならば、別に彼女が学園に入学した後、任務に動き出しても構わないでしょう?」
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