第17話 追撃

「どうやら、無事に転移は成功したようだな」


明かり一つない真っ暗な森。新月であるため、月光すらない空間に、俺達は佇んでいた。

転移の魔法は、研究所から少し離れた木の下に設置されていたらしい。奴らが追ってくるような気配はない。

ベルマは木の幹に触れ、現在地を確認した。


「ここは研究所の南西三キーラ程の場所です。この魔法陣は離れすぎると効果を発揮しなくなってしまいますからね。追ってくるにはそれなりの時間がかかるでしょう」

「そもそも、奴らが俺たちを見つけ出すことができるか怪しいがな」

「普通の魔法士なら、無理でしょうね。ですが、彼らは普通ではない。居場所を突き止め、追ってくる可能性は十分にある」

「……一刻も早く移動した方がいいか。どの方角に?」

「このまま南西に向かいます。今回のことを、ボスにボスに伝えなければなりませんから」

「了解した」


いくら俺とはいえ、あの二人を相手に勝てる保障はない。となれば、逃げに徹することが最善策だ。

掌を地面へ向け、俺は魔力を練り上げる。


幻影技げんえいぎ──八咫烏やたがらす


俺の足元から黒い霧が立ち込め、瞬時に俺の身体を覆っていく。足先から順に覆われていく俺は数秒後、人間の姿ではない。


「相変わらず、素晴らしい魔法をお持ちで」

「……使い勝手がいいとは、思っている」

「ご謙遜を。貴方のその魔法は、全ての魔法の中でもトップクラスに強力な魔法ですよ」

「……どうでもいい。早く乗れ」

「では、失礼」


ベルマはニタニタと笑いながら、俺の背に乗り込む。今の俺は、人間の姿ではなく、三本脚の巨大な黒い烏だ。両腕は翼に変化し、身体の大きさは一般的な人の二倍程。この暗闇では、遠目から見ても完全に烏だと認識されるだろう。

違う点と言えば、体毛がなく、身体から若干の黒い靄が出ているところか。


「影を操る幻影技。いやはや、任務達成度百%、組織の要とされる人は格が違う。影の王──ヴィシュアの名は伊達ではありませんね」

「過大評価しすぎだ。俺は、自分の為すべきことをしているだけ。他の魔法は禄に使うことができないしな」

「それを補うほどの力が、その魔法にはあるのですよ」

「どうだか」


雑談を止め、星が煌めく空へと羽ばたく。

向かうは南西。組織の支部がある場所であり、俺は以前までよく活動していた拠点だ。そこで通信石を使い、ボスに連絡をする。


「しかしまぁ、大量の子供たちを置き去りにしてきたのは惜しいですね。折角生け捕りにして

もらったのに」

「研究に必要ならば、また攫えばいいだろう」

「そうですがね、やはり勿体ない。これも全て、あの魔法士たちのせい。今度あったらただでは済ましません。特に、若いほうはいい魔獣の実験体になりそうだ。生け捕りにして、気が済むまで身体を──」


ベルマが恨み言を吐こうとした直後、ドゴンッ!!!何かが爆発したような音が大気を震わせ、次いで重量のある物体が地面に落ちる轟音が聞こえた。方角は丁度、研究所があったほうだ。


「な、なんだ!?」

「……これはマズイですね。やはり彼らは、ただものではなかった。いや、我々の予想を遥かに超える存在でした」

「!?まさか──ッ」

「全速力で逃げてください。この距離だ、居場所は割れても、こちらを追撃してくることはないはずです」


ベルマの言う通り、俺は飛翔速度を上げて飛ぶ。


なんだ、あれは──。


思わず胸中でそう呟いてしまった。だが、無理もないだろう。得体の知れない物を見たのだから、誰だってこんな反応をする。まして、逃亡している最中なのだから尚更だ。


加速する際に旋回し、ちらりと見た研究所の方角には、一つの巨大な光が輝いていた。



数分前。


「行ってこいって……地上に出る手段があるんですか?」


グレースさんが突然いい出したことに、僕は首を傾げながら尋ねる。ここから地上へは少なくとも十数分はかかる。更に言えば、ここへはエルトさんが開けてくれた穴を落下してきた。それを上るとなると、時間がかかってしまう。


「確かに、ここは地下であり、研究所の最深部だろう。地上に出るには時間がかかる」

「じゃあ──」

「だが、それは正規ルート。通常通り階段を上って向かった場合の話だ。それに従う必要はない」


グレースさんは天井を指差し、見上げた。


「作戦は簡単。あたしがこの天井を今から地上までぶち抜く。貫通したところでレイズを掴んで放り投げ、お前は地上から奴らを狙撃する。以上」

「いや無茶苦茶すぎませんかッ!?掴んで投げて狙撃しろって……それに通常の魔法だと、多分防がれてしまいます」


僕の通常攻撃は初見で防がれてしまった。中級魔法とはいえ、あの速度に反応するくらいだ。上級魔法でも同様だろう。


「問題ない。お前には専有魔法があるだろう」

「ですが、それだと森が──」

「森のことなど気にする必要があるか?今は、あのクズ共を追撃することだけを考えろ。壊れた森ならアリナに直させる」

「……そういえば、そうでした」


植物を操り、生み出す専有魔法を持つ御方がいらっしゃいました。森の被害なんて、後から考えればよかったのか……。


「わかりました。追撃してきます」

「よし。じゃあまずは──ぶち抜く」


グレースさんが身体の魔力を練り上げ、拳を構える。突きの体勢入った彼は、練り上げた魔力を右手に宿し、裂帛の勢いとともに突き出した。


神拳しんけん──ッ!!」


衝撃波すら生む最強の拳は繰り出された途端、重厚な天井をいとも容易くぶち抜き、わずか数秒足らずで地上の星と対面することに。その破壊力は、まさに神の拳だ。防げるものがいるのならば見てみたい。

と、呑気に思っていた時、胸ぐらを掴みあげられ、グレースさんに穴に向かって投げ飛ばされた。


「さぁ、自慢の狙撃を見せてやれッ!!」

「──ッ、はいッ!!!」


投げ飛ばされた先は、ほぼ全壊していると言ってもいいほどの研究所──その中で唯一残った屋根の上だった。瞬時に無属性遠距離上級魔法──遠索敵えんさくてきを発動。込める魔力の量によって索敵する距離が変わるこの魔法に、僕は七割程の魔力をつぎ込む。

見えた。

ここから南西の方角、およそ九キーラの地点に、二人分の魔力を確認。

すぐにレイピアを床に突き立てようとするが、ここで魔力がほとんど空になっていることに気がついた。この遠索敵の最大の欠点は、魔力効率が非常に悪いことだ。使ってしまえば、敵の位置がわかるだけで、八星矢を使うことができなくなってしまう。

すぐに霊薬を取り出し、一気に飲み干した。すぐに心臓を凄まじい痛みが襲い、僕は膝を着く。しかし、あまり時間はない。数秒ほどで立ち上がり、痛む心臓を完全に無視してレイピアを突き立てた。一度補足した敵は効果が来れるまで僕の目に移り続ける。逃げることは、できないッ!!


「──解錠」


足元に浮かび上がった魔法陣。すぐに黄金の弓──星王弓が顕現し、僕の手に収まった。銀の糸を引く。異常なし。


「──風を」


星王弓に魔力を込めると、足元から八本の矢が出現、僕の周囲を回り始める。その中の一本──風の矢を選択肢、手中に収める。他の矢はすぐに消え去った。


弓を構え、矢の先端を向けながら、僕はもう一度目標を確認。未だ空中を飛んでいるようで、僕の魔力を感知したのか、先程よりも速度を上げているようだ。

だけど……その程度では、僕の矢からは逃れられない。

狙いを定めて引いた弦を、一息に離す。


「八星矢──風星神矢ふうせいじんやッ!!」


放たれた矢は空中で巨大な竜巻へと変換し、森の木々を巻き込んで進む。晴天の中、突然出現したそれは災害そのもの。

風星神矢は巨大な竜巻を射出する暴風の力。八星矢の中でも、使う場所を選ばなければあらゆる物を破壊してしまう、使いにくい矢である。しかし、一度この力を震えばあらゆる敵を無力化することもできる、謂わば戦略級の力を持つ。


「二人相手に使いすぎな気もするけど、どんな魔法で防いでくるかわからないからな。広範囲まで影響を及ぼすこの矢が、一番確実だ……けど」


目の前の光景に、僕は思わず顔を覆った。

風星神矢の威力は折り紙付き。そのため、目標に到達する前にも破壊活動は始まってしまう。先程まで僕の目の前に広がっていた木々が生い茂る森は、森林伐採によって荒れ果てた荒野のようになってしまった。ちなみに、背後や横は今までどおり。一直線上だけ、森が消失したのだ。


「これ……アリナさんに怒られるな」


一体元に戻す対価に、何を要求されるのか。想像しただけで恐ろしかった。


「だけど……任務完了かな」


僕の目には、もう魔力反応はない。

殲滅完了。と、2度の魔力酷使によって疲労した僕はその場に腰を落とし、二人が地上に出てくるのを待った。



「……まさか、あんな魔法を繰り出してくるとはな」

「驚きでしたねぇ」


ギリギリのところで攻撃を回避した俺達は、今度は探知されないように低空を飛行する。どうやら、探知はされていないらしい。あの強大な魔法を使ったためだと推測するが、果たしてどうなのだろうか。


「しかし、助かりました。まさか影の中に移動して難を逃れることができるとはね」

「俺は影を操る。その中に入ることだって当然できる」

「本当に、便利な能力で」


あの風から、飛んで逃げることは不可能。

そのため俺は、影の中に逃げ込むことで難を逃れた。俺の作り出す影は、どんなものの影響も受けることはない。風は影の中へ影響を及ぼさないため、逃げ込むには最高の場所となった。

とはいえ、欠点もあるのだが。


「さて、二撃もこないし、このまま拠点に向かうぞ」

「えぇ。お願いします」


呑気な回答。

だが俺は特に気にすることなく、星あかりの下を飛ぶ。

眼下には、彼の魔法によってなぎ倒された無数の木々が散乱していた。

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