第18話 エピローグ
その後、グレースさんが通信石で王宮のミレナさんに連絡を取っていてくれたようで、数時間の後に騎士団が研究所に押し寄せてきた。
彼らの迅速な事後処理により、捕らえられていた子供たちの救出、残っていた実験道具の回収、残存していた研究員の捕縛などは一夜のうちに行われた。その際、地下数百メーラ下から地上まで空いた大穴や、太陽が落ちたかのように溶けた痕跡のある地面、一直線上に消失した森などを見た騎士団の団員たちは、終始驚き、畏怖しながら作業を執り行っていた。
とはいえ、僕らの存在を知るのは室長や団長など、各機関、各部署のトップの面々のみ。一介の騎士が僕らのことを知ることなどない。
まぁ同行していた騎士団長と副団長からは唖然とした視線で見られたけど。魔力を枯渇していた僕は、それに苦笑いして答えるしかなかった。
一連の事後処理は全て騎士団に任せ、僕らは一台の馬車を拝借してひと足早く王宮に戻り、疲れた身体を休めた。
そして翌日──。
「レイズくん。説明しなさい」
ミレナさんの部屋に呼ばれた僕は、入室直後に怖い笑顔を向けられた。明らかに怒ってるのがわかる。
「説明……と言われましても、何のことだか──」
「言わなくても、わかるでしょ?」
「ひ──ッ」
背後から寒気を感じた直後、突然聞こえた声に素っ頓狂な声を上げた。この声は……今、僕が一番会いたくなかった人の声!
「あ、アリナ……さん」
「任務お疲れ様、レイズ。私がこんなに怒ってるんだから、説明の意味、わかるよね?」
「は……、はい」
花瓶に生えた観葉植物の蔓が僕に伸びてきて、首に巻き付き、頬を優しく擦る。この時点で、僕は逃亡することができないことを悟った。
「レイズ君が説明しなければならないのは、森の大伐採についてよ?私、そんなことしなさいなんて一言も言ってないと思うのだけど?」
「いや、その……はい」
「説明、できるわよね?」
怖すぎる。どうしてこういうときの女性の笑顔ってこんなにも怖いんだろう……。こんなの絶対逆らえないでしょ。
とはいえ、別に隠すようなことでもない。森の破壊に至った経緯を細かく説明すると、ミレナさんは頷いて納得するような素振りを見せた。
「敵の追撃のために行ったのね。でも、もう少し威力の抑えた攻撃でもよかったんじゃないの?」
「博士と呼ばれた男はともかく、もう1人の黒い男は初見で僕の攻撃を防ぎました。相当の手練でしたし、破壊力と有効範囲の広い魔法がより確実だと考えた結果で──」
「私の仕事を増やした、と」
背後から僕を抱きかかえる形で、胸板に手を這わせてくる。僕の身長はアリナさんと同じくらいなので、よくこんな風にされるのだが……。小さいとか言わないでほしい。これでもまだ成長途中なんだ……と思う。
「自分で増やした仕事の処理を、私に押し付けるんだ?」
「いや、グレースさんが、森はアリナさんが直すからやれって──ぐッ!!」
「言い訳無用……本当に植物の養分にしてあげようか?」
「ご、ご勘弁をッ!!何か一つ言うこと聞きますからッ!!」
首を締める力が徐々に強くなる。
こんなことをされたら、降伏せざるを得ない。
「……貸し一つ」
それだけ言うと、アリナさんは僕の首に絡ませていた植物を離し、もとの観葉植物の状態へと戻した。一体後から何を要求されるのか怖いが、仕方ない。森を直してもらう代償だと思えば、安いものなのかも知れない。
「じゃあ、森の件はこれでおしまいね」
「まだ何かあるんですか?」
「えぇ。というか、森の件はついでみたいなものね。本題はこっち」
ミレナさんは机の下を覗き込むと、「出てきていいわよ」と優しく言いながら手招きをする。
と──。
「そ、ソアッ!?」
僕らが研究所で助けた少女──ソアがそーっとこちらを伺うように出てきた。身体の半分は机に隠れている。恥ずかしがっているのを構わず、僕は彼女の元に駆け寄り、抱え上げた。
「お、お兄さん」
「無事だったんだな……エルトさんのところに置いてきたから大丈夫だとは思ってたけど、良かった」
ワシャワシャと頭を乱暴に撫でつける。よく見ると、腕やら首に擦り傷の後や打撲痕が見られる。研究所の者たちにやられた痕だろう。痛々しい。
「昨晩、王都の病院に移送されたんだけど、彼女がずっと貴方のことを呼んでるから、担当医に無理を言って私が連れてきたのよ」
「名前教えてたっけ?」
「その……赤いお兄さんが呼んでるのを聞いて、覚えました……」
「あ、そういうことか」
「何にせよ、貴方が途中から黙っていなくなったから不安だったそうよ。ずっとエルト君が慰めてたんだから」
「も、申し訳ない」
無我夢中だったとは言え、無責任すぎた。小さい子を残して1人突っ走るなんて……情けない。
反省だ。
「それと、貴方のお知り合いのお孫さん、大事には至ってないわ。軽症だって」
僕が探していた店主のお孫さん──ルド君は、僕が狙撃しに行っている間に、グレースさんが同階の地下牢を探したところ、鎖で繋がれているのを発見したらしい。予め特徴を教えておいて良かった。かなり消耗しているようだったが、数日入院すれば問題ないだろう
「振り返ると、僕ってまだまだ未熟ですね。自分で見つけなければならないルドくんをグレースさんに見つけてもらって……ソアに怖い想いをさせてしまって」
任務をこなしたり、魔獣を倒したりしていたせいで自惚れていた。勝手に自分は一人前だと勘違いし、驕っていたようだ。僕はまだまだ子供であり、未熟であり、成長途中なのだと、痛感させられる。
「レイズはまだ子供。だけど、貸しは貸し。きっちりと利息を含めて返してもらう」
「わかってますよ……」
「アリナちゃんも、そんなにいじめないの。はぁ、やっぱりうちの部署って、困った人が多いわね」
「それはミレナさんも」
「ん?」
「すいません何でもないです」
速攻で謝る。彼女を相手にして勝てる自信はない。命、大事。
「そういえば、ソアは今後どうなるんですか?」
「あぁ、救出された子供たちは、孤児院に引き取ってもらうから安心しなさい。今回だけで、百二人も子供たちが救出されたんだもの。それなりに大きい孤児院よ」
「それなら、よかった」
この子達が露頭に彷徨うことがないのは、ホッとした。何の施しもない、ということはありえないとは思っていたけれど、実際に聞くと安心感はやはりある。
「あの、お兄さん」
「ん?」
「その……たまに、でいいから、遊びに来て欲しい、です」
「うん、いいよ。仕事がある時はちょっと厳しいかもしれないけど、時間が空いたら顔を見に行く」
「……約束、です」
小指を差し出してきたので、僕もソアのそれに自身の小指を絡め、約束を交わす。
「あぁ、約束な」
「──はい!」
この笑顔を護ることができただけでも、今回の任務に同行した意味はあったな。
内心でそんなクサイ台詞を吐きながら、笑うソアを撫で続けた。
敵組織による少年少女誘拐、及び実験動物化事件。
最終被害者総数不明。
生存者百二名。
捕縛関係研究員六十五名。
逃亡者──二名。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
この章は、後々のお話の伏線的章になります。
なので、お姫様の出番が一切なかったです。
次章から、ちゃんと出てきます。
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