第16話 対面
「さて、必要な物は全て回収しましたね?」
「言われたものは全てな。研究結果などは、もっと多くあると思っていただが?」
「意外と少なかったでしょう?」
手提げの革鞄を床に置いたベルマは俺が持ってきた紙の資料を受け取り、鞄に詰め込んでいく。俺が持ってきた必要だという資料は紙で三十枚程度しかない。本当にあれで今までの研究の全てが記録されているのかと、疑問が残る部分がある。
「当然、これが研究の全てというわけではありません」
「だろうな。貴様が研究に費やしてきた時間は、そんな紙切れ数十枚に収まる程度のものではあるまい。なら、他のものはどこへ?」
「全てここに」
と言って、ベルマは鞄の中から一つの宝玉を取り出した。表面が青に輝く、魔法具と思われる物だ。
「それは?」
「これは記録の玉石。紙などに書いた文字を幾つかのメモリーに分け、そのまま記録することができるものです。今までのものは全てこの中に記録されています。持ってきていただいた紙は、まだこの玉石に記録していなかったものですね」
「なるほどな。便利な物を持っているわけで」
研究成果が全てあの中に入っているのだとしたら、あの荷物の少なさにも納得ができる。さしずめ、他のものは愛用の実験道具などがほとんどだろう。
「それで、ここから脱出する方法はあるんだろうな?正規ルートだと、魔法士たちが向かってきている。八合わせれば、あの三人を相手に正気は薄いぞ?例え勝ったとしても、その研究成果とやらを守りきれる自信はない」
「わかっていますよ。流石に、私もそんな危険なことをするつもりはありません」
ごそごそと白衣のポケットを漁り、中から魔法式の書かれた羊皮紙を一枚取り出した。あの魔法式は、見たことがないものだ。恐らく一般に流布されているものではない、一部にしか知られていない魔法式だろう。
「それが脱出用の魔法か?」
「はい。襲撃に備えて、研究所の外に転移の魔法陣を用意しておきました。発動と同時に、魔法陣の元へと転送されます。そこからは……お願いしますね?」
「安心しろ。俺の脚の速度に勝てるやつはいない。追ってくるにしても、ここから脱出するのにもかなり時間がかかるからな」
「頼もしい協力者がいると、心の安心感が違いますねぇ」
「俺は上から直々に使わされた者だ。相応の実力を伴わないと、示しがつかない」
「ふふふッ、そうでしたねぇ。貴方は上だけとは言わず、ボスの──」
と、その時。
部屋の後方──入り口付近の天井が凄まじい熱により溶け、ぽっかりと巨大な穴が穿たれた。通っていたパイプや線は全て消え、上階へと穴が繋がってしまった。
……想像以上に、奴らが来るのが早かったな。この階層に繋がる階段を、絶縁魔力壁で覆い隠したため、壁を強引に溶かして進んできたようだ。
「おやおや、どうやら魔法士の方々がご到着されるようですね」
「そのようだな」
ベルマは穿たれた穴を見つめ、微小すら浮かべて呟く。精神がイカれているとは思っているが、こういう時に動揺しないのは助かる。
「どうする?すぐに転移して逃げるか?」
「いえいえ、すでにいつでも発動できるようにはしてあります。それよりも、ここまで研究所を荒らしてくれたのですから、顔くらいは直に拝んでおきましょう。いずれ、仕返しをさせて貰いますからね」
ベルマがクスクスと笑いながら言った直後、大穴の空いた天井付近にあった部屋の扉が豪快に吹き飛び、その先から二人の男が入室してきた。
「貴方が……この施設の長ですか?」
レイピアを片手に持る、幼さの残る顔立ちをした藍色の髪の少年が問いかける。
彼の隣にいる紫髪の男は、鋭い視線を俺たちに向けたまま、だんまりだ。
俺は隣に目を向ける。ベルマはニタニタと相手を挑発するような笑みを浮かべ、一礼した後名乗りを上げた。
「お初にお目にかかります、侵入者の方々。当施設の施設長並びに、研究者──ベルマと申します。子供たちからは博士と呼ばれておりました。お好きな方でお呼びください」
◇
正面にいる二人は、それぞれが違った表情で僕らを見つめている。
白衣を纏った白髪の男は、ニタニタと口元を歪め、もう片方の黒髪長身の男はジッとこちらを観察するような視線を向けている。
さしずめ、あの黒衣の男は白衣の男──博士のガードマン、といったところだろうか。
どちらにせよ、敵に変わりはない。
「色々と聞きたいことはありますが……一応聞いておきましょう。投降するつもりは?」
「フフフ、あると思いで?」
「いえ?聞いてみただけです。貴方のような人を人とも思っていないような輩は、処分するのが一番ですね」
不意打ちの一撃。
一瞬でレイピアの切っ先を白衣の男に向け、神速の雷撃を放つ。迎撃など事前に準備していなければ間に合わない雷撃は正確無比に博士の眉間に吸い込まれていく。
が──。
「──、ッ」
完全に仕留めたと思われたそれは、博士の眉間を穿つ直前で防がれた。隣の黒衣を纏った男が伸ばした、黒いナイフによって。僕が放った雷を絡めとり刃に纏わせ、男は軽く振る。バチッと音を立て、雷は霧散した。
「油断しすぎだ」
「ありがとうございました。流石ですね」
「ふん、称賛するべきは俺ではなく、今の雷撃を放ったあの小僧のほうだろう。魔力を感知させず、今の洗練された一撃を放ったのだからな」
「それはそれは……優秀な魔法士なことで」
僕をジッと見つめる博士。
その視線が何だか危険なものに感じ、思わず方が強張った。
「……まぁ、今はいいでしょう。ここから離れることが大事ですからね」
「その方がいい。早く魔法を」
「えぇ」
博士が何かしらの魔法式が描かれた羊皮紙を取り出し、前方に掲げる。
「レイズ、下がってろ。俺が受け止める」
「よろしくお願いします」
未知の魔法式に警戒を一気に上げ、グレースさんが前に出る。攻撃の耐久度が低い僕は下がり、いつでも反撃できるように魔力を練り上げる。
「それではお二人様、我々はこれにて失礼いたします。あぁ、ここに残した研究員や子供たちは、貴方がたに差し上げましょう」
「逃げるのか?」
「今の貴方がたと戦うには、少々分が悪い。警備獣もかなり減ってしまいましたし、元々ここは戦う場所ではありませんからね。次に相まみえる時は、お二人を殺すことができる獣を用意いたしますので、お楽しみに。あぁ、それと──」
博士は僕に視線を向け、一言。
「良い獣になりそうですから、死なないでくださいね?」
不気味な笑みに身震いした僕は、先程よりも多くの雷撃を飛ばす。
だが、二人の身体は直撃する前に消えてしまい、雷は二人がいた空間を通過して壁に消えていった。
「……レイズ。魔力反応はあるか?」
「周囲……いえ、恐らく、この地下にはないです。逃亡するには、かならず地上に出る必要がありますからね。脱出用に転送陣を外に用意していたのだと思います」
「なるほど……つまり、地上に出られれば、お前が狙撃することは可能か?」
「……短時間で移動できる距離は限られていますからね。恐らく、できると思います」
答えると、グレースさんは天井を見上げながら、魔力を練り上げる。
「よし、じゃあ──行ってこい」
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