第12話 ぶち壊された壁

僕はエルトさんがキメラを討伐したのを確認し、背中にしがみついていたソアにもう大丈夫だよと伝え、手繋いでエルトさんの元へと歩み寄る。

今、彼は討伐したキメラに向かって手を合わせている最中だ。話しかけず、彼が手向け終えるのを黙って待つ。

やれやれ、中々面倒な敵だったな。今まで戦ってきた魔獣の中でトップクラスに討伐に苦労したかも知れない。僕はいつもどおり遠距離から攻撃していただけだが、それでも狙いにくかったのは事実だ。


「……もういいぞ」

「いつもより早いですね」

「いつもみたいに長いこと手を合わせているわけにはいかないだろう。早くお前の顔見知りの子供も助けなくちゃいけないんだし」

「そうですね」


エルトさんが立ち上がるのを横目に、僕燃えるキメラの死体に目を向けた。魔石は砕けて床に転がり、肉は骨が露出するほどに焼けてしまった。まだまだ、炭すら残さないほどにこの炎はキメラを燃やし続けるだろう。


「……」

「子供にはちょっと刺激が強すぎるかもな。見ないほうが良い」


ソアを抱き寄せ、僕の鳩尾辺りに顔を押し当てる。人間ではなく魔獣とは言え、生物の死体に変わりはない。小さな子供が直視するには少々キツイものがある。あまり見せないほうがいい。


「そもそも、子供がこんな怪しげな研究所にいる時点でよくないことだがな」

「誘拐されてきたんですから仕方ないでしょう?この施設で活動している大人たちは、全員強制連行です」

「それが一番だ。子供を危険な目に合わせて、怖い思いをさせてきたんだからな」


燃えるキメラを横切り、奥の穴が空いた壁に向かって脚を踏み出す。と──穴の中から数十人程の剣や杖を構えた男たちが出てきた。


「止まれッ!!これ以上先へは行かせんッ!!」


先頭にいた男の一人が剣を掲げて叫ぶ。

どうやら、キメラが倒されたことから新たな刺客を送り込んできたらしい。どこから観察されていたのかはわからないが、これ以上進まれるのはまずいということか?


「チッ、結構魔力を使ったってのに、めんどうな」

「でも、そんなに苦戦しないと思いますよ?」

「あん?」

「僕らを捕らえに来たにしては、全員が弱そうに見えます。ほら、持っている武器や脚が微細に震えている人が多い。キメラを倒した僕らにビクついているんでしょうね」


キメラは宮廷魔法士の切り札的な存在である僕とエルトさんが二人がかりで倒した怪物だ。そんな強さを持つ怪物と相対できるような人間がこの施設にいたのならば、キメラではなくそいつを僕らの元へ送り込んでくるはずだ。だからいるはずがない。

つまり、今きた奴らは全員が全員この施設に従事する職員のような者達であり、全員キメラより弱い。束になったところで足元にも及ばないだろう。


「エルトさんは攻撃しなくていいです。魔力を無駄に消耗するのは避けてください」

「あん?じゃあお前がやるのか?」

「はい。幸い、虚勢を張り続けている集団の対処方法は知っているので」


納刀したばかりのレイピアを再び抜刀する。

その瞬間、集団の男たちの間に緊張が走った。たかだか敵の一人が武器を抜いただけでそこまで警戒しなくても……。一対一ならわからないでもないが、数十人対一なのに。

先程僕らに警告を発した男が、明らかに動揺しながら叫ぶ。


「わ、我々を攻撃したところで……もう一体の最強の警備獣がいるのだッ!!消耗しきった貴様らでは、勝つことなど──」


その先をいい終えること無く、全身を赤く染めた男はその場にうつ伏せに倒れ伏した。後方にいた男たちは、自らの顔や体に付着した赤い液体に呆然と触れ、カタカタと体を震わせた。

倒れた男は、地溜まりの中で動かない。


「……お前、容赦ないな」


エルトさんが呆れたように言ってくるが、心外とばかりに僕は反論する。


「流石に僕でも、無理矢理僕らの相手をさせられたような不憫な輩を殺しませんよ。まぁ、子どもたちを家畜同然な扱いをしてきたことには変わりないので、許しませんが。彼らは王国で裁いて貰います」

「じゃあ、今使った魔法は何なんだ?どうみてもあの男は血を吹き出して倒れているんだが?」

「僕の血を一滴混ぜた水を膨張させて、赤い血を作り出したんです。脅かすようの使えない魔法だと思っていましたが、結構使えましたね。作り出した赤い水を高速で頭部にぶつけ、気絶させました。まぁ、突然隊長が赤い水を撒き散らして倒れ伏したんで、他の連中は死んだと思ったでしょうね」


恐怖した状態で唯一縋ることができる隊長が即座に無力化された。つまり、もう頼ることができる存在はいないということ。灯りを失った状態では暗闇を歩くことができないことと同様に、統率者を失った群れはまともに行動することができない。

完全にパニック状態に陥った男たちは踵を返して部屋から出ていき、色々と叫びながら走り去っていった。手にしていた武器も放り投げ、一心不乱に走る。チームワークの欠片も、仲間を思う気持ちもない。自分の保身のことしか考えていないクズどもだった。一瞬でも、よく僕らの前に立つことができたな。逆に感心してしまうよ。


「今のが虚勢を張っている集団の対処法か?」

「はい。リーダー格を真っ先に戦闘不能にする。加えて、全員に血飛沫が付着するくらい盛大に血を見せれば、あとは勝手にパニックになって錯乱します。簡単ですね」

「まぁ確かに簡単ではあるが……まぁいい。行くぞ」


倒れた男を跨いで、僕らは白い部屋を後にした。ソアには偽物とはいえ、男の血に見える赤い液体を見せるわけにはいかない。彼女を抱きかかえて部屋を後にした後、床に下ろそうとソアを見る。

……大分疲れたみたいだな。怖い研究員から必死で逃げ回り、非常識な戦闘を間近で見たのだ。小さい子には堪えるだろう。


「おいレイズ、その餓鬼貸せ」

「え?」

「疲れてんだろ、そいつ。俺がおぶっていってやる」

「でも……エルトさんも大分消耗しているでしょう?」

「だからだよ。今後は敵が来たら、お前が対処するために俺がおぶるんだ。手が塞がってたらレイピアを持てないだろ」

「……わかりました」


ソアは不安そうに僕を見上げていたが、エルトさんが頭をポンポンと撫でると静かに彼の背中にしがみついた。彼女はかなり軽いので、背負うくらいならなんてことない。

レイピアに魔力を走らせ、周囲を警戒しながら進もうと脚を踏み出した──瞬間。


付近の壁が盛大に破壊され、君の悪い魔獣が飛び出してきた。

全身が鱗で覆われた蛇のような魔獣だ。だけど、こんな魔獣は見たことも聞いたこともない。もしかして、これもキメラと同様の合成獣なのか?全身がボロボロで、どうやら絶命しているようだが……。


「な、なんでこんなのが──」

「あら?エルトちゃんにレイズちゃんじゃない。奇遇ね」


聞き覚えのある声。

思わずそちらを振り向くと、手や顔に紫色の液体を付着させたグレースさんが、満面の笑みで壁の向こう側から出てきた。


「ちょっと派手に暴れすぎちゃって……ぶつからなくてよかったわぁ」

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