第13話 動き出す状況
「ど、どうしたんですか?この魔獣」
既に事切れている蛇のような魔獣をレイピアで突き、ぐるぐると肩を回すグレースさんに問う。
見たところ、彼が倒したようだけど……。
「通路を歩いていたら、いきなり現れてね。こっちの話も聞かずに一方的に襲いかかってきたから、数十発程殴打して、返り討ちにしたの。他の魔獣と違って、かなり手応えがあったわよ?楽しめたわ」
「そ、そうですか」
規格外すぎる……。
僕らが苦戦した相手と同格の魔獣を手応えがあったで済ませるなんて……。見れば、鱗で覆われた身体は陥没している箇所が多く、腕などは奇妙な方向に折れ曲がっている。身体が頑丈であったがゆえに、余計な苦痛を受けてしまったようだ。
「杭を二本も外した状態のあたしを相手によくやったものね。途中で三本目も外そうかと思ったくらいね」
「そんなにかよ。そりゃ、かなり強かったな」
「いえ?本当は二本のままで十分だけど、あたしが楽しくなっちゃって」
「そういうことですか」
「あら、あたしが全力の四本外しなんかしちゃったら、この研究所を一蹴りで吹き飛ばしちゃうわよ?」
「バケモンかよ……」
エルトさんが無気力そうにうなだれる。やはり、グレースさんの魔法は僕の魔法なんかよりも強力だ。厄介な専有魔法をお持ちなことで。
「それより、別行動を取っていたわけなのだけど……何かわかったことはあるかしら?こちらは残念ながら、めぼしいものは見つからなかったけど」
グレースさんが真面目な話に切り替えたため、僕たちも真面目に報告する。
「僕らの方は、グレースさんと別れてすぐ、多くの子供たち幽閉されている牢を発見しました。中にいた子供たちは、皆生気を失っているようでして……僕らが通りかかっていることにも気がついていないようでした」
「まるで扱いは家畜か実験用の動物だな。生きてさえいれば問題ないみたいな感じだ」
「酷いわね……レイズちゃんの後ろに隠れている子は、救出した子?」
グレースさんに視線を向けられたソアはビクッと身体を震わせ、僕の腰にしがみつく。初対面の人は怖いみたいだな。人と言うか、変態だけど。
「このガキは研究員に追いかけられているところを助けたんだよ」
「脱走していた子、ということね?勇気がある子ね」
「ちなみにその研究員は俺が風穴開けておいたから安心しろ。どうせこんなことをしてるくらいだ。捕まえたって情報引き出して全員死刑だろ」
「向かってきたのなら殺しても構わないわ。報いだと思ってもらうから。ただし、全員は駄目よ?最低でも数人は生け捕りにしないと」
「子供の前で物騒な話はやめましょうよ……。特に殺すとか」
教育的によくない。毎度今みたいにソアの耳を塞ぐのは面倒なんだ。
「それもそうね。とにかく、先に進むことを優先しましょう」
「副室長はどうするんだ?またそっちに戻るか?」
「いえ、実は行き止まりになっていてね。あれを倒すついでにぶち破ったのよ」
「なるほど」
強引な手段だなぁ。
まぁ、同行者としてグレースさんが来てくれるのは非常にありがたい。エルトさんがそれなりに消耗している今、前衛をグレースさんが担当してくれるのだから。僕は今までどおり後衛からの援護に徹することができる。
カツカツと靴音を響かせながら通路を進んでいくが、警備獣が遭遇出てくることはない。既に全ての警備獣を倒してしまったのか、それとも、ここから先で警備獣を放つことができない理由があるのか……。
「……ここまで戦闘がないっていうのも、奇妙なもんだな」
「さっきまでは歩くたびに四方八方から警備獣が襲いかかってきていましたからね。歯が立たないと思ったんでしょうか?」
先程倒した二体のキメラは、戦った警備獣のなかでもかなりの強さを誇っていた。もしかしなくとも、奴らが警備獣の中で最強の奴らだったのではないか?そうなると、この先に警備獣が出てこなくなるのは必然的と言えるが……。
「っと、少し止まって」
先導していたグレースさんが突然立ち止まったため、僕らも一旦その場で立ち止まる。一体どうしたのか?何か見つけたのだろうか?
「ん?扉か?」
「えぇ。一応、調べてみましょう」
通路の右側に、不自然な扉が一つ。硬質な金属で造られたそれは鍵が掛けられているらしく、隣にはパスワードを打ち込むものと思われる魔法具が設置されていた。
「暗号キー……僕らが知っているわけないですし」
「あん?何を真面目に開けようとしてるんだよ」
「え?──あ」
何を?と聞く前に、グレースさんが片手で扉を強引に引き剥がし、床に投げ捨てていた。そうでした。この調査は全て力まかせでいいんでした。
「さて、この中に何があるのかしら」
ワクワクしながら踏み込むグレースさんに続き、僕らも入室。最後尾の僕は敵が近づいていないか確認してから。
中はとにかく暗かった。灯りなんてものは一つもなく、しかも何だか異様な異臭がした。それはもう、強烈な。生ゴミを大量に詰め込んだとしても、ここまでの異臭はしないだろう。それに、何だか空気が漏れるような音も微かにする。
ここは……一体?
「エルトちゃん、部屋を炎で照らしてくれる?」
「この部屋をか?正直、異臭の原因を見たくないんだが」
「仕方ないでしょう?これも調査よ」
「へいへい」
エルトさんが指先に炎を灯し、室内を見回すように翳す。
そして──僕らは言葉を失った。
◇
「キメラが二体共、やられた?」
「は、はい。片方は原型も止めないほどに焼き尽くされてしまい、もう片方は全身を殴打され」
部下の報告を聞いた俺はすぐに室内にいる奴を見た。何せ、奴が大事にしていた合成獣たちが侵入者に殺されたのだ。発狂してこれまで以上におかしくなる可能性もある。
だが、予想外に奴は落ち着いていた。
「なるほど、倒されてしまいましたか。仕方のない子達ですねぇ。私が丹精籠めて作ってあげたというのに……」
目元を手で隠しながら、嘆く素振りを見せている。が、俺にはわかる。こいつのこの素振りは演技だ。
「それより、貴方」
「は、はい」
「先程、なんといいました?」
「え?」
「報告をした際、私の──このベルマの作った可愛いキメラたちを何といいましたか?」
白衣の男──ベルマは俺の部下に詰めより、その胸ぐらを掴みあげた。
「片方?片方だと?貴様片方と言ったな??それは私のキメラに対する冒涜か?侮辱か?軽蔑か?誰が物扱いしていいと言ったんだ????」
「ひ──ッ、も、申し訳ありませんッ!!」
「少なくともッ!!死んでしまったけれどッ!!お前なんぞよりもよっぽど役に立って死んでくれたんだぞッ!?敬意の一つも払えないのかねッ!!?」
叫び、ベルマは俺の部下の首に持っていたメスを突き刺した。飛び散る鮮血に塗れ、悶える部下はその場に倒れ伏す。はぁ、見てられん。
「おいベルマ。ただでさえ少なくなっている人員だ。無駄に殺すな。でなければ、俺がお前を殺すことになるぞ」
「おっと、これは失礼いたしました。しかし困りましたねぇ。これ以上使えるキメラはおらず、今から作るにしても間に合いません。どうするべきか……」
侵入者たちはこちらにかなり迫ってきている。このまま野放しにすれば、数分後には俺たちの元に辿り着くだろう。
思案していると、ベルマは部屋の端に置いてあった大きな鞄を運んできた。
「何を?」
「いえいえ。大したことではありませんよ。ですが、ここにいるのは危険な以上、すぐにでも脱出するべきでしょう?」
「ここを捨てる気か?」
「命より大切な物はありませんからねぇ。ここでなくとも、研究が続けられれば私はそれでいい。幸い、全ての研究データはここにあります」
「やれやれ、俺達は捨ておくということか?」
「あぁ、貴方だけは来てもらいますよ?護衛は必要ですからね。それも、可能な限り強い者が。その他の方々は、まぁ残念でしたということで」
くくく、と笑いながら、ベルマは謎のスイッチを取り出した。
「ですが去る前に、侵入者の顔だけは拝んでおかなければなりませんね。これだけ殺されたんだ。いつか復讐はさせてもらいますよ」
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