第11話 一人より二人

吐き出される毒を躱し、こちらも炎で迎撃する。燃えない身体は俺の前では意味を為さないが、あの溶蛇ようじゃの毒だけは厄介だ。機動力も、超再生能力も失われたわけではない。燃やしても、その部分を切り捨てられてすぐに新しい部品を再生してくる。面倒なことこの上ない。


「手数が減っているぞぉ?そんなに毒が怖いのか?」

「あったりまえだろッ!!お前みたいに回復能力があるわけじゃないんだこちとらッ!!」

「これだからただの人間は脆いんだ!!毒ぐらいどうにかできる魔法を作りやがれ!!」


無理を言うな。

魔法すら溶かす猛毒に対抗できる魔法なんて存在するわけがないだろう。厄介な毒だからこそ、危険種に分類されているわけだ……。


足元に吐かれた毒を、身体強化を用いた脚力で跳躍して躱す。空中に滞空している間に、次の攻撃の準備を──。


「──ッ、やべ」


数発の毒が俺の炎の壁を突き破って飛来してきた。やっぱ、質量のない炎じゃ受け止めることなんてできないか。

一秒後には毒が俺に直撃する。身体を捻って躱せば急所は回避できる。溶けるのはせいぜい腕と脚の一部くらいだろう。

傷口は焼いて塞げば問題ない。

最小限の負傷に留めるべく身体を捻る。

と──。


氷鱗飛斬ひょうりんひざん


俺の背後から小さな魚の鱗を模った氷が飛び、迫る毒に正確に着弾。毒は氷を完全に溶かす代わりに、推進力を失い垂直に落下した。


「チィッ!!厄介な氷だ!」


キメラは悪態を吐きながら更なる毒を飛ばすが、全て氷によって迎撃され、防がれる。


……そうだった。俺は今、一人で戦っているわけじゃないんだったな。


「ナイスアシストだ、レイズ」


着地し、後方をちらりと振り返りながら言うと、警戒心で満ちた声音が返ってきた。


「質量のない炎や熱じゃ、溶蛇の毒を防ぐことはできない。僕が氷で迎撃しますから、安心してキメラに接近してください」

「間違っても俺に当てるなよ?」

「誰に言ってるんですか?こんな数十メーラしか離れていない距離なら、針の糸を通すことだってできます」

「……そうだったな。俺を援護する後輩は、超一流の狙撃手だった」


忘れていたぜ。

レイズは室長とアリナが拉致ってきた超優秀な若人だ。滅多に他人に興味を示さない二人に、どんな手を使ってでも欲しいと言わせた男。可愛い顔した獅子だ。有言実行は当然。


共闘すんのは久しぶりだが、レイズが後ろに控えてるってだけで安心感が半端じゃない。


「全部防げよ?俺は一気に踏み込むからよッ!」

「了解」


前方に展開していた熱の障壁を解除し、俺はキメラに向かって突進する。毒を防ぐ必要がなくなった今、この熱の障壁は不要だ。逆に、レイズの氷を溶かす障害になってしまい、かえって邪魔になる。

キメラの攻撃なんか気にせずに、俺は前に突っ込むだけでいい!!


「ムッ!」


俺が一心不乱に突撃してくるのを見て、キメラは眉を顰めて毒を乱射。しかし、それらが俺に当たることはない。全てレイズが迎撃するからだ。

百発百中。一つ足りとも外しはしなかった。


「俺の毒をッ!!」

「やっぱり、持つべきは優秀な狙撃手スナイパーだよなッ!!戦うときの安心感が桁違いだ!!」


鉤爪に炎熱を纏わせ、一気に駆け抜ける。

縮まる距離に焦り、キメラは先程より多くの毒を飛ばすが、全て防がれるため埒が明かない。

毒を吐き出すのを止めたキメラは豪腕を俺に向かって伸ばしながら向かってくる。大方、俺の頭を握り潰そうとでも考えているんだろう。

あの巨大な掌に掴まれたら、いくら俺でも簡単に潰される。


「だったら、その腕をぶった斬ってやるよッ!!」


熱の効かない身体なんてお構いなしに焼き尽くす鉤爪がキメラの伸びた両腕を掴む。炎に覆われた鉤爪は腕を焼き、炭へと変えながら侵食していく。


「な──ッ!!」

「お前を殺すのに腕はいらないんだ。悪く思うなよッ!!」 


数秒足らずで腕は千切れ、断面から血を吹き出す。キメラは慌てて後退ろうとするが、動きが遅い。膝を屈めて飛び、俺は鉤爪をヤツの喉元へと突き刺した。


「ギ──」

「抵抗するための腕はもうない。このまま喉を切断してやるぜッ!!」


肉が分厚いからか、腕のようにスムーズに斬ることはできない。だが、確実に侵食している。このまま焼ききれるッ!


「まだ、だぁッ!!?」


キメラは最後の悪あがきに口を大きく開けた。

この距離なら毒が当たると思ったのだろう。こんな至近距離で食らったなら、俺の頭はドロドロに溶ける。だが、その心配もいらない。


「生憎、あいつは氷だけが取り柄ってわけじゃないんだよな」

「なにを──」


キメラが出した舌が突如として切断され、鮮血とともに宙を舞った。驚きに眼を見開く奴の眼に映っているのは、口元を歪めた俺と、眼前で弾ける紫電だけだろう。


「レイズは全属性の遠距離魔法を操る。俺がお前の顔に近づけば毒を吐かれるのもわかりきったことだ」

「し……舌を出した瞬間に」


レイズはキメラが舌を出した瞬間に雷の矢を放ち、一瞬で切断したのだ。毒を生成する舌がなければ溶蛇の毒は使えない。本当の意味で為すすべはない。


「終わりだ。中々手強い相手だったぜ?久しく見ない、面倒な敵だった」


一気に火力を上げ、首を焼切りにかかる。

抵抗もできないようなら、後は俺が首を飛ばすだけだ。それで、決着が着く。


と、俺はそこで気がついた。

そういえば、何か一つ、忘れているような──。


「ヒヒ、かかったな」


首を焼かれながらキメラが笑った直後、異変が起こった。全身に悪寒が走り、次いで足先が徐々に動かなくなったのだ。


「ッ、忘れてたぜ……その眼」


眼を閉じ、見ないように注意する。これも気休めだろうが、侵食を遅らせることができるはずだ。

クソ、俺としたことが油断した。毒に気を取られていたせいで、もう一つの方をすっかり忘れちまっていたぜ。やつは舌の他に、眼球にも手を触れていたんだったッ!


「石化の邪眼……ゴルゴンの魔石か」

「その通り。これは俺の負担も半端じゃないから、あまり使いたくはなかったんだが……流石にそうも言ってられないからなぁ」


ぶしゅっと音を立てながら何かを潰すキメラ。恐らくは眼球だろう。魔石の元ゴルゴンという魔獣も、邪眼を使用した後は自らの眼を抉り、新たな眼球を再生させるという。


「両目を潰したが、別に構わねぇなぁ。これでお前たちはお終いだ。足先から徐々に石化していくのがわかるだろう?オリジナルのように一瞬で石に変えることはできないが、これで十分だ」

「……」

「片腕は既に再生した。これでお前の頭を握り潰して──」


キメラの戯言を聞き流しながら、奴の喉に食い込んだ鉤爪に力を込める。


「?何の真似だ?」

「いや助かった。お前の邪眼が一瞬で石化するものじゃなくて、時間をかけてゆっくりと石化するものでな。たとえ数分であろうが、時間は時間。お前を倒すには十分すぎる時間だ」


脚は半分ほど石化している。が、上半身は無事だ。ならば、全身が石化する前に決めるまで。

体内の魔力を一気に爆発させ、空気を焦がすほどの炎を身体に纏う。至近距離にいたキメラはその炎に焼かれ、暴れ狂った。


「ぐ、ぅおおおおああああああああああッ!!」

「喉を焼き斬ろうと思ったが予定変更だ。その邪眼があるってことは、首を斬っても死なないということ。なら、全身焼き尽くして殺してやるッ!!」


白炎はキメラの全身に燃え移り、その身を焦がし、炭とかしていく。ボロボロと崩れ落ちた肉からは、魔石と思われる鉱石がいくつも露出していた。


「ぬぅッ、これは敵わん!!滅茶苦茶やりやがるッ!!しかし!!」


焼け焦げた肉の舌からは、驚異的な速さで新たな部位が再生し、負傷箇所を覆い隠していく。

超再生の能力を最大限に高めているのか。俺の炎で焦がしたとしても、すぐにまた新たな部位が出てくる。これではイタチごっこを続ける羽目になるな。

けど、残念ながら、こっちは一人でお前を相手にしているわけではないんでね。


「が──ッ」


血を吐いて空気を吐き出すキメラ。

その身体の至るところ──先程魔石が露出した箇所全てに、迸る紫電が突き刺さっていた。


「一度魔石が出たなら、そこを狙うだけなので簡単ですね」


反響するレイズの声音は、どこか得意げだ。

それを聞き届け、一気に火力を上げる。行くぜ、ダメ押しッ!!


「そ、んな──俺、が……」

「ま、半端な魔獣として作った生みの親を恨むんだな、キメラ」


鉤爪を一気に振り抜き、首を完全に切り離した。

もう声は聞こえない。代わりに聞こえるのは、炎が残骸を焼き弾ける音だけ。


炎の下で消えゆくキメラを前に、俺は両手を合わせた。

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